2009/6静岡県三島・函南:水と溶岩と七不思議の町をあるく〜ゲジと三嶋大社と私(写真追加)
2009年 06月 05日







ゲジゲジはおろか巨大昆虫に溢れる入梅の伊豆。なんか不思議。


溶岩の上の町、三島。小松宮別荘跡の楽寿園の池も震災や河口湖からの伏流水の減少で今は溶岩の剥き出しな湖底が露呈。はからずも三島の原風景を見せ付けている。


白滝公園など市街には溶岩から染み出した地下水の勢いよく流れて「いた」場所が多い。汲み上げなどしているようだ。白滝神社は滝(今は池)から江戸時代に移築され川にせり出した乙な風景を作り出している。
富士山のもと地震や火災に襲われ続けた、しかしそれを防ぐための看板建築も殆ど残らない参道商店街から旧東海道を渡ると三嶋大社。
外陣参道入り口の鳥居の右手にたたり石。

祟るわけではなく東海道の標石になっていて、紡績のたたりからきているらしい。
大社の境内は神仏分離で塔など取り去った結果縦に長い鶴岡八幡宮式の配置になっている。神域はずっと狭くなってしまっているらしいが内陣規模からして鶴岡八幡宮よりは小さいのは確か。
不思議に世俗性と神秘性が自然体で同居しているのは奈良時代から廃絶なく連綿と、特に時の権勢を受け持つ武家の信仰を受け続け、幕末よりは天皇がたにつき社体を維持し続けられたことと関係があると思う。京暦と双璧で知られた三嶋暦は武家から大衆まで広く使われていたが、三嶋大社の神域で連綿と作られてきたものであり、付随して大衆的側面が長く共にあったためだろう。

で、参道は神池に挟まれて始まる。左手の弁財天は大蛇神で、新しい社になっているがそこに手を伸ばすように異様を示す大楠が印象的だ、というか三嶋大社の一番の見所と思った。



楠は古くうろがあり辛うじて樹木医のケアにより立っているようにも思うがそれでも、損なわれた側面こそまるで象が前脚を挙げた腹を見るような迫力をはなち、これが大蛇のヒモロギであり、本殿内に控える小さな狐狗が霞むくらいに大社の外陣を守護しているんだなあと。
写真添付限界につきつづく

