揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆Twitterまとめ日記。過去旅行の整理、歴史・絵画など。

見て歩く者

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心象風景の中をあるくという感覚は案外、男だけのロマンチシズムなのかもしれないなあ。
Commented by kenzjpn at 2009-01-17 23:05
予定は未定だけど何年かぶりに東京に住む事になるかもしれない。
駄目になる可能性のほうが大けどね。
来週のうちに決定するかも。
東京は撮りたいところがいっぱいあるな。
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-17 23:59
毎度です・・はは・・・・これは建○寺の半層○から・・・六国○コ=スですねww
展望台いや岩山でしょうか・・・相変わらす茶屋のおでんは高いのでしょうか・・・。
Commented by r_o_k at 2009-01-18 00:03
なんと、ずいぶん東へ西へ移動されますね。私は自然や古い文物が好きなので、開発されたり焼けたりでさんざんな東国より奈良から西のほうが被写体的には好きですが、、、特に最近横浜や鎌倉は変わりすぎだと思います。

それにしても大変ですねえ。。。
Commented by r_o_k at 2009-01-18 00:10
〉円海山さん

天気がいいので六国峠円海山あたりに出没してみましたw天園は十年近くぶりです。まあ、高いですおでんも大山豆腐も。。
Commented by kenzjpn at 2009-01-18 00:23
わしゃ流浪の民が好きのなのだ。

流浪の民といえば、女や子供をわざと殺戮している元祖がいるなぁ。
日本はアメリカの方針には追随出来ないぐらい言えないのかねぇ。
言える訳ねぇか、あの文盲じゃなぁ。
Commented by r_o_k at 2009-01-18 00:42
あれはもうどうしようもないですね、、、愚かさも千年単位で古いままなのか、、、

建国のときは世界中の白系音楽家が牧歌的な理想主義にうち震え名だたる指揮者や演奏家が次々と・・・

それすら愚かに思えてきます。
Commented by kenzjpn at 2009-01-18 12:13
六国峠!
そうか、むかし大船に住んでいた頃、マウンテンバイクで山道に入っていったらハイキング集団に遭遇した。
その人たちと一緒に自転車を担ぎながら歩いたのはここだったのか。
なにやら記念のバッチをあげると言うのでいやいや僕は通りすがりのものですからって言ったけど記念ですからってバッチをもらったのだった。
そのバッチはなくしてしまったけど、そうだそうだ。
今ルートを検索したらなんとなく思い出した。
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-18 14:12
毎度です・・・
>愚かさも千年単位
というしかないですね、実際中東は日本の経済に響きますし、別にグレープルーツの出来損ないはいらないが、自動車産業の欧米以外の窓口に影響を及ぼす、周辺の情勢不安になる可能性だけは、避けでほしいですね。
 どうも今まで心情的な面で庇いすぎていたような・・・まったく文化芸術面での、牧歌的な理想主義も想像以上に。うらがありありでさらに幻滅しますね。
>あの文盲
それゆえ漫画ばかり読んでいたわけですねwwローゼン閣下は、ww
結局内側にも外側にも何も出来ないで消え行くのでしょうね。
>むかし大船に住んでいた頃、
 けんさん随分近いところに居たんですね。
 ルミネが出来る前で、海軍燃料廠の引込線の枕木が民家の庭先に転がっていた頃から、界隈は今に至るまでマイフィールド幾つかの一つでございます。

つづく
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-18 14:22
六国峠は、大船からだと、今泉ルートでゴルフ場経由が、舗装道が大半で自転車では楽です。それ以外の山道だと今泉台や栄区温水プール脇大階段、庄戸など幾つかありますが、どのルートだったのでしょうか。
>自転車を担ぎながら
リアルでのマナーは抜群wwですね。
 土地の起伏が魅力的なのか、山道を無理やり乗って登攀して、自然豊富な草を傷つけ、ハイキング者の列を分け入る迷惑者も、いますし、さらにオフロードバイクで、排気ガスを撒き散らす不届き者なども出没しますので、ハイカーの立場では、そのマナーが有難いと思います。
 何せ、ハイカー界隈の人々とは少し関連がありまして、もしかすると、記念バッチの集団は、知人の可能性が多いようなww
 記念品は、幾つかある鎌倉出口の目的地のお守り等色々ありました。
 
Commented by kenzjpn at 2009-01-18 15:38
僕は共存だと思いますね。
草を踏みつけるのは何も自転車やバイクだけじゃなく人もです。
ハイカーの後には結構ごみも落ちていたりしています。
山道の植物を切って持ち帰ったりするのはマウンテンバイカーではなくハイカーです。
ハイカーからしたら分け入るマウンテンバイカーは迷惑かもしれませんが、道を占拠しているハイカーもマウンテンバイカーからしたら迷惑なだけ。
こちらは一瞬で消え去るのだからちょっと道を空けてくれればと思います。
共存ですよ。
どちらかだけのものじゃありません。
Commented by kenzjpn at 2009-01-18 15:57
ちなみに今思い出したけど、ハイカーの後に結構缶が捨てられていて(マウンテンバイカーは缶ジュースは通常持って行かない)かなりの量を僕は拾って持ち帰った。
道に落ちているごみを拾い持ち帰る事は、高校の時からやっている。
そう言う事をやっている自転車競技者は多い。
自分たちの権利を声高に語るよりもまず行動を、が僕のモットーでして。
Commented by r_o_k at 2009-01-18 20:28
バイクは減ってますね。サイクルも山岳はほとんど見ないなあ。。昨日も思ったんですが山岳ランナーが多いのと、若い人が増えてきてます。ゴミはかなり清掃されている感じはしましたが、おでん屋あたりのゴミ捨て場の壮絶さには同行者が眉をひそめていました。。拾う持ち帰るは当然として、公然とゴミを積んでいられる状態もよくないなあと。。マナーが悪いのは競技の何というより、むしろ初老期の年代で余り締め付けのない頃に登っていた人が傍若無人な感あります。
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-18 22:58
どうもです。
>共存ですよ。
確かに、コメントしそびれましたが、ハイカーの中にも、いますからね、マナーの無い奴らが。
>おでん屋あたりのゴミ捨て場の壮絶さには同行者が眉をひそめていました。
なるほど、さらに酷くなっていましたか・・・まあそれ以前に、近くに廃屋などもあり、未整理な所でもありまして、その辺であのあたり許されると思っているのでしょうね。
 あのコース、近代は狩猟?や樵などぐらいで、戦時中まで軍事要塞地区の扱いだったため、それほどオープンではなかったと聞きますし、自分自身数十年前には、あのコースいずれかで、ここから禁猟区と、猟銃注意の看板を目撃しています。
 実際樵は専業ではないのですが・・古都保存法が制定される前後まで、(1986年ごろ?)そうした森林の伐採や、下枝切や草刈など、森の遷移を防ぐ保全諸々を行っていましたが、それらが無くなってからは、役所と趣味のボランティアの大雑把な管理になり、森の雰囲気も変わりましたのを、近隣の立場で感じたものです
Commented by r_o_k at 2009-01-19 00:17
私にとっても遠足エリアだったので円海山さんの感慨はわりとわかります。ハイキングコースの尾根筋を残してすぐ脇から下は宅地や寺院で、巧にそれら興ざめ景色を隠すよう整理された植生にかんしてはかなり面白く、いちいち推測説明していたら同行者にうざか゛られました。いやはや。。枝は落としても下生えすら刈られないまま衰退途上のような貧弱な杉植林や、いっぽう手厚く保護され巨木化した橡や樫など広葉樹群などは寺が守っているのかななどと。しかし古来人手の入った樹林としては第一級の資料ですね。天平時代のレバノンを彷彿とさせる大伐採に始まる奈良の樹林ほど古くはありませんが、近代リゾート林として。
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-19 07:38
おはようございます。
どうもかなりお二人と同じものを見て感慨がにておりますねww・・・。
>景色を隠すよう整理された植生にかんしてはかなり面白く
ですね、あとあのルート自体古代の防衛戦略的な要素がありそうな、形をしていますね。おそらく古代から人手を通して出来あがっていた道なのでしょうね。その辺を単なる自然保護や古都景観での範疇で途絶えさせる傍ら、私有地ながらも、マンションなどのデベロップメントにやすやす容認する、矛盾した役所には大いに疑問です。
まさに
>古来人手の入った樹林としては第一級の資料
として、トラストのような民間個人的保護だけでなく。
>近代リゾート林
としての民間と役所双方で、手すりや掲示板設置にとどまらない単なる公園化ではない、原初状態を維持すべきでしょうね。といってももう森もかなり削られてしまっておりますので・・・なんともむなしいところもあります。
Commented by r_o_k at 2009-01-20 00:31
鎌倉史が不気味なのは中世考古学がこれだけ発展してきているのに、やぐら一つ明確な築造理由が明らかにされていないことや、朝鮮式山城の入ってきていない時期の砦のありようも、一瞬話題になっただけで胡散臭い郷土史家の手に落ちてうやむやになってしまったこと、道の無い場所に文化財の大石塔や石仏が散在しているのも奇妙、、、古くからの地権者や寺社が一貫した調査発掘を阻んでいるんでしょうか。財閥が絡んだ和田塚あたりの因縁は探ってみたいものですが。
Commented by dr-enkaizan at 2009-01-20 01:25
どうもです
>築造理由が明らかにされていないことや
たしかにいまだ明確な研究成果見えませんね。
実に六国峠も修験者の道と生活が諸説ごったになっていますし。
>朝鮮式山城の入ってきていない時期の砦のありようも、
これも、港南区笹下の日野公園墓地の丘陵などが、鎌倉時代の山城跡とされながら、全貌が不明で、これも役所の調査がうやむやですね。

 あとは、六国峠の下の荒井沢も色々謎の地形や遺跡の痕跡がありますが、これ道路開発で消えつつあります。
Commented by r_o_k at 2009-01-20 16:06
神奈川に限らず関東の中世遺構なんてもう調査しても仕方ないほど壊滅させられているのかもしれないですね。教育委員会で資料に仕立てられたらおしまい、というやり方が謎を謎のまま葬り去り、それが変な噂になったり。
Commented by kenzjpn at 2009-01-21 01:07
二人とも賢いなぁ。
俺なんかそんな事考えて歩いた事ないや。
俺は人生を損しているんだなぁ。
Commented by r_o_k at 2009-01-21 01:14
私はいちおう専門だった筈です(とか言ったら怒られそうだけど)。。円海山さんは地元ですし。
by r_o_k | 2009-01-17 22:46 | 写真 | Comments(20)
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