カテゴリ:幻想小説
  • パン屋と女
    [ 2008-07-24 16:36 ]
  • 真説・もったいないお化け
    [ 2008-07-24 16:20 ]
  • 悲しみの連鎖が変な方に往くよ
    [ 2008-04-14 13:59 ]
  • ナベゾコの声
    [ 2007-08-27 01:10 ]
  • トゥルーデの釜
    [ 2007-08-24 09:32 ]
  • 麦ちゃん
    [ 2007-08-17 01:35 ]
  • ネクロマンサー
    [ 2007-08-15 00:16 ]
  • 浦島太郎への想い
    [ 2007-08-06 01:40 ]
  • しびと返シ
    [ 2007-08-04 23:45 ]
  • さよなら おじいちゃん
    [ 2007-07-29 03:40 ]
パン屋と女
こんな夢を見た。

やる気の無いパン屋が遂に窯を売り払った。「小麦粉のまんま売ることにした、そのほうが楽だろう」

湿気をふくんだ小麦粉は少し青みを帯びていて、いちおう型にこねてあるがまるで気味が悪い。いったい普通の家庭に焼き器などなかろうにこんなものをどうやって売るものか、と思っていたら客が来て一言言った。

「うちの旦那がいよいよあぶないそうだから、餡パンをひとついただこうとおもったのだけれど」

「旦那さん餡パンがお好きだったのですか」

「いえあたしが好きなのよ」

パン屋は小麦粉の塊のひとつを取り上げると真ん中に乱暴に穴をあけ、うぐいす餡を詰めはじめた。多めで、というご婦人の指示に首を振り、しかしずいぶんと詰め込んでは桜の塩漬けで封をした。

「この生地は奥さんの首すじの色に似ているね」なんでそんなことを言ったのかわからないが私はそう話かけて笑った。

「貴方のかいなの裏の色に似ているわ」はっと腕まくりをして右腕の裏を見てみると、蒼くなまっちろい肌に毒々しい紫の静脈が浮き上がっていた。

「さ、うちへ帰りましょう。もう立っているのも辛いのでしょう?」

そういえば足がもつれてまるで猫にじゃれつかれているようだった。

「パンはどうやって焼くのかね」私はつまに語りかけた。

「焼き場の窯よ」

そこで目が覚めた。



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(再掲)
by r_o_k | 2008-07-24 16:36 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
真説・もったいないお化け
ちょいと深刻なお話で。

ケチでしみったれの姓はシミヤマ名はケチベエてえ者がございまして、いや姓はあたしが今こさえたんでございますがね、名は体をあらわすって言葉がありますがこれがほんとのケチでしみったれなんでございます。桜の季節になりまして花見るだけならタダだってんで普段寝てばっかりのケチベエわざわざ隅田まで出かけてって堤の桜が満開のあたりをそぞろ歩いた。そこらじゅうに花見の客がたむろしておりまして、江戸の昔のこと何かと庶民は厳しい折でしたから今みたいにそこらじゅう地面に這いつくばって焼き鳥日本酒にカラオケ果ては置き引きなんてことはできませんでしたが、団子の3つや4つ片手にそぞろ歩く連中がけっこういたんでございます。ケチベエ花見を始めたはいいが道行く連中みな団子や桜餅にぱくついてるんじゃあたまらない。何せ普段は飯食うのももったいねえってんでろくなもん食ってないもんだから、団子のダの字を見ただけで涎が満開って様子です。

「ああちくしょう団子団子ってみんな団子ばかり食いやがって、腹が立つのももったいねえ。どっかに一個くれえ落っこってねえもんかなあ・・・あれ、あそこに落っこってんのは何だい」

ケチベエ人ごみ掻き分けてもう散り際のしだれ桜の下に来た。「ありゃこりゃ、さくらん坊じゃあねえか」
しだれは大島とか山桜なんかよりも早く咲き散るんでございますな。奇特にもケチベエの目の前にスッカリ熟れたさくらんぼが落ちていたんでございます。

「ああありがてえ、スッカラカンで歩いてたってこんなご馳走にありつけるってわけだ、観音さんもさすがお目の付け所が違うねえ、モッタイナイが世界を救うと。ああ、泥だらけだ、構うもんか泥だって腹膨れりゃあ一緒だあな。お、まだまだ落ッこってるじゃねえか。こりゃ全部いただきましょうかね。ご利益ご利益。種があるねえ。そうそう種の中には観音さんがいるって話だ、観音さんを美味しくいただくのはちと気が引けるけどナムサンナムサン、ああ香ばしいじゃないか種サン種サンごちそうさん」何とケチベエ種まで綺麗に平らげて、小唄口ずさみながら家に戻った。

「おまいさんお帰り。お花見はどうだったね」
「白くてパラパラ降ってたよ、それよりイイもん食ってきた」
「え、なんだい」
「さくらん坊」
「どういうことだい」
「地べたにたっくさん落っこってたから、片っ端から食ってきた、甘くて甘くて、ちょっと苦くて香ばしかった、ああタダより旨いもんはねえ」
「オッこってたって・・・お前さんそんな贅沢なもん食べてきたのかい、何であたしにも持ってきてくれなかったんだい!」ケチは夫婦揃ってなんでございますな。
「だって勿体ねえじゃねえか」「あたしとさくらん坊とどっちが勿体ないってんだい!このケチでしみったれ!」「だからケチベエっつうんじゃねえか」

・・・数日たってのことでございます。ケチベエ頭が痛いと朝から寝込んでいた。
「大丈夫かいおまいさん」
「ああ、観音さんのバチが当たった」
「おまいさん何しでかしたんだい?」
「観音さん食っちまった」
「どういうことだい?あれ?おまいさん」
おかみさん、ケチベエの頭を覗き込んで、
「頭に角生えてるじゃないか!」
「え、ああ、なんだこりゃ、ほんとだ頭になんか生えてらあ、どうしよう、観音さんのバチが当たって鬼になっちまった」
「ちょっとよく見せてみな・・・あんた、これ木だよ!頭のてっぺんから木の芽が生えてる。綺麗な緑色の葉っぱがついて、これ、桜じゃないかい」
「ほんとかい、そりゃ、きっとあんときのさくらん坊の種だ、腹ん中で育って生えてきたんだ」
「おまいさん、一本だけじゃあないよ、ぞろぞろ生えてくるよ、気持ち悪い」
「そりゃたくさん食ったから・・・こりゃいけない、おまえ早く刈ってくれよ」
「・・・おまいさん、これ、置いといたらいつか、おおきな木になるよね」
「いたたた・・・おまえ早く・・・」
「たっくさん桜の木生えて、満開になったらさぞ綺麗だろうねえ」
「いいから、ええい俺が自分で・・・いたた・・・」
「お客さんもたくさん来るねえ、木戸賃取れるじゃないか」
「何を言ってるんだ、ああ、重い、頭があがらねえ、どんだけ伸びてんだ、どんだけぇ~」
「そのあとでたんまりさくらん坊がつくって寸法だよ、お前さん、そしたらあたしにもたんまり食わせてくれよ」
「重い・・・お前はほんとにケチだなあ」「アンタの教育じゃないか」

さて、季節はめぐりまた春がやってきました。
ケチベエの頭にはまるで上野の山のような見事な桜並木が出来た。それがしかもみんなしだれの立派な大木ときている。近所中の評判でございます。
「おい熊、今日ケチベエんとこいかねえか」
「何、ケチベエ、なんであんなしみったれた奴んとこ行かなきゃならねえんだ」
「ケチベエん頭の桜、今見ごろなんだとさ、今年から”桜ぷろむなあど”ってんで桜まつりまで開かるって聞いたぜハチ、とれんでいドラマの撮影もやるとかやらないとか、混まねえうちにさ行こうじゃないか」
「おお、もうそんな季節なんだなあ!よしよし、今こいつ片付けてから行く」
熊さんとハっつあん、さっそくケチベエの頭にのぼるともう人人人の大渋滞。何せここまではお侍の手もおよばない。庶民の楽園ってんで、茶店は並ぶわそこらじゅう地面に這いつくばって焼き鳥日本酒にカラオケ果ては置き引きなんてし放題。もうてんやわんやの大騒ぎで桜まつりは大盛況でございます。
「・・・ええ煩い、人ん頭で何しやがる、テレビの撮影ってんでお足いただけるってえから乗っからせたら、「おはよう日本」で全国放送とは知らなかった、マスコミに踊らされる大衆ってやつは・・・ああうるさい、また喧嘩だ転がって取っ組み合いやがって痛い痛い頭が割れそうだ、誰か滑って落ちやがった、又上ろうとしてやがる、お前、再入場は木戸賃をいただきます」
「そんなのほっときな、もう毎日毎日こっちも大迷惑だよ、眠れやしないよ」
「ん、何か頭の上が熱いぞ、熱い熱い」
「あれおまいさんたいへんだよ、焚き火だ、お酒の燗つけ始めたのがいるよ」
「堪忍袋の緒が切れた。もう桜まつりは終わりだ終わり、えいえい、首振ってやらあ、そらみんな振り落とされやがれ!木戸賃は返さねえからな!そら帰れ帰れ」
桜の花の散ると一緒にぐらぐら揺れる頭からたくさんの人が転げ落ちて、目をひんむいて帰っていきました。

すっかり静かになったところでケチベエぽつりとつぶやきました。
「なあお前、さくらん坊は諦めてくんねえか、もう全部引っこ抜いちまおうと思う」
「おまいさんそれがいいさ、木戸賃たんまり貰ったしねえ、もう十分だよ。また来年もこんな調子じゃ先が思いやられる」
そこで駆り出されたのが熊さん。「何、みんな引っこ抜くから人集めてくれって?そりゃあ勿体ねえ、それにこないだ振り落とされたとき腰打って・・・え、木戸賃から分け前呉れるって?そこまで言われたらこちとら江戸っ子、まかしときねえ」熊さん調子いいことを言われて、ハっつあんはじめ沢山の力自慢を集めて、あたま山の桜木いっぽん一本に綱を掛けて引っこ抜きにかかった。

「えい、そら、そら、それ、それぇ~」
「いたたたた、おい、もっと優しくやってくれ」
「そんなこといったってこれ全部引っこ抜くのは大変だ、早く終わらせねえと次の仕事があるからな、おいいくぞ、そら一本目!」
ぼこん、と根っこから引っこ抜かれた桜がずしん、と板の間に落っこちた。
「そら二本目!」
ぼこん、と魚の目みたいな根っこが土間に落ちた。ケチベエここは我慢の子であります。
「・・・さあ、全部終わったぞ、ケチベエさん、駄賃を」
「ん?そこの木全部やる」
「木戸賃からくれるって話じゃなかったのか」
「何せ桜の大木だ、これだけ木場にもってけばいくらで売れるかわかりゃあしめえ」
「それはそうだ」「そうだ、ケチベエなかなか豪儀じゃないか、よしわかった、知り合いの材木屋にひとっ走り行ってくるわ」やがて人足がたくさんやってまいりまして、桜木をぜんぶ持っていってしまいました。

「お前さん惜しいことをしたんじゃないかい、今時あんな立派な桜木」
「すうすうした、せいせいしたよ。ケチベエの名がすたるが、ずっとあんなもんこの長屋に置いとくわけにもいくめえし、めんどくせえ。穴がぼこぼこあいちまったけど、しょうがねえか。すうすうしがてらちょっくら外あるってくるわ」
ケチベエ久しぶりの散歩であります。しかしちょっと歩いたところで雲行きが怪しくなってくる。
「こりゃ一雨くるな」
すぐにドー、ッと風呂桶ひっくり返したような夕立が降りかかってきた。こりゃたまらないとケチベエ走って家に帰る。
「お前さん、頭の穴にみんな水溜まってるよ」
「おう、どうも頭が涼しすぎると思ったらさっきの夕立が溜まったらしいな、いいさいいさ、焚き火のあとが癒える。そうだこのまま池んしちまおう、雨水が勿体ねえ」
やはりそこはケチベエ、池ももったいないとそのままにしておくと、今度はそこにぼうふらがわいた。するってえとぼうふらをねらって鮒がわいた、さらに鮒を食おうってんでコイがわいた。

「おい熊、釣りいかねえか」
「どこに行く?最近はどこのお堀も坊主だって評判じゃないか」
「お堀じゃねえ、おめえ、ケチベエの頭のその後、知ってるか?あっこに水がたまって、ぼうふらがわき、ぼうふらをねらって鮒がわいてさ、コイもわいて、今はアジアアロワナがわいてるって評判だよ」
「何アジアアロワナ、バブルが弾けても色によっては数百万円の値がつくという、「鑑定団」でやってたアレか、よしわかった、ルアー取って来る」

しかし熊と八っつあんが到着したときにはあたま山の池はどれも釣り人がびっしり。ひとつひとつの池に違った魚がいるってんでそれぞれに釣り人がとりかかっては釣り竿を振り回すからたまらない。
「こっちはやっと静かにできると思ったら今度は釣り師責めかよ。痛いまた誰か釣り針引っ掛けやがった、いててて」

そのうち富士の忍野八海になぞらえて頭野八海なんて名がつきまして八色に輝く池が美しいとツアーまで組まれるようになった。遠足の季節になるとちびっ子たちが一斉に頭にのぼり、池におしっこはするわ夜は泳ぐわでやりたい放題。相手が子供なだけにもうケチベエ振り落とすわけにもいかない。しまいには世界遺産に認定されたものだから、自然環境保護のために金出せってんでケチベエにっちもさっちもいかなくなって、
「イッソ身を投げちまおう」
自分の頭の池に身を投げた。

・・・しかしどの池に身を投げたのかは誰も知らず、死体もあがらなかった。

今も深夜、頭野八海の近くを歩くと声が聞こえるという。

「もったいない・・・」

これが「もったいないお化け」のルーツでございます。おあとがぜんぜんよろしくない。

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by r_o_k | 2008-07-24 16:20 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
悲しみの連鎖が変な方に往くよ

交差点で無上の悲しみに襲われる。雫が垂直に滴れて地面に黒い染みを創る。周りに気付かれまいと左瞼だけそっと指先で押さえる。でも右目から倍の涙が溢れてくる。前髪を整えるふりをして右手で押さえる。鼻の両の穴から止めどもない流れが顎までつたう。まるで花粉症だ、いっそ顔の上半分を両手のひらで押さえる。すると額の奥にある知らない袋・・・ピンク色の・・・に出口を失った水の全てが集まってきて、一斉に喉の奥に繋がる管をこじ開けると、私が考える間もなく上唇を押上げ下唇をへし曲げ前歯を薙ぎ倒し、大きな音をたててアスファルトに降り注いだ。これでは渋谷のマーライオンと呼ばれてしまう。信号は未だ青に成らない。灰色の人波が周囲五十センチの間をあけて陽炎のように揺らいでいる。地面には水溜まりが拡がって、マレーシアの国の形を形成してゆく。ああクアラルンプールに逃げたい。

そこで目が醒めた。
by r_o_k | 2008-04-14 13:59 | 幻想小説 | Trackback | Comments(2)
ナベゾコの声
<紀行としてはいつかちゃんと書きます;写真はとりあえずこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157618174426750/


通り池へむかう遊歩道ができていたのにはおどろいた。珊瑚岩の黒い荒野をわたる木道は奇異な安直さを感じさせたが、島をわたる風のもっとも強く吹きつけるあたりは妙な清々しさをかもしている。

神渡りの地だ。

碧い通り池は遊歩道をはさんだ二つの繋がった深い池、というよりカルストの凹地が地下で融け繋がった塩池である。

・・・。

そうだね、風が耳元でささやいた。こんなことが自然にできる。島は不思議すら不思議と思われない空気をたたえ、内陸のあまりに人工的な練習飛行場とはモンパや松や、あだんの密林でうまく区分けされている。

そうだ、この黒い荒野は惨事のあとでもある。旧い話だ。


いくつかの集落が、このひっきりなしに吹き付ける風の最も強い風のころに、大波に襲われて一片もなく、海の彼方に奪われていった。江戸末のころだ。


巨大な岩がぽつんと荒野にのっている。おそらく先の戦争前後に神縄をかけられて海守りとまつりあげられていた。鳥居のまわりのロータリーはたんにクルマの旋回場所となっている。

こんなまがまがしい岩は波照間にもなかった。災厄の記念碑、墓標。神というより悪魔の気がした。でもこの島では災害も豊穣もごっちゃになって海からやってくる。神も悪魔もない。


通り池は龍が通る。内地でいえばこの荒涼とした岩地はやおよろずの神の集まる出雲のような土地であるらしい。通り池は内地で神気の場と畏れられたりもする龍穴というやつであろう。龍はこの白っぽい碧の池の片方より入り、少し小さいもう片方から出てゆく。

行き先は?


龍に導かれるように、海風に背を押され木道を進むと、展望台のようなものの先でいきなり道が破壊され、断ち切られていた。木道はつづく。

巫女の血をつぐひとびとはこの通り池で祭儀をおこなう。

その行き着く先に、ナベゾコという池がある。

鍋底の意だろう、空中写真でもよく見えない、遊歩道はそこまでつながっているはずだが、しかし、木道は断たれている。巫女のように地面に降りて進むこともできる。だが、私は風のこえをきいた。

・・・だめだよ。

ウタキのようなものだ、神聖にして侵さざるべき、まがまがしさもある。

・・・いってはだめだよ。

黒い大地が海のほうに傾斜し真っ青な東支那海に切れ落ちる。広々としたカルストのもっとも奥の凹地に、ナベゾコはあるのだ。神々の集まりつどう中心地、よそ者を見たら怒り何をするかわからない。


江戸末の津波か台風はもしかするとこの神々の荒野を侵した人間への祟りだったのかもしらん。神々はきまぐれにして人間なぞ取るに足らないものと思う。戦争ですら文明ですら、かれらには取るに足らないもの。

人間は畏れご機嫌とりをしたり理解しようと歩み寄ったり無視したり破壊したり、これまた気まぐれだからね。

お互い様さ、


・・・ああそうだね。風の声に私はナベゾコのかたを視野の右に押しやって、アイスクリンを舐めながら戻った。


痛!


はは、カンタンにわかったように思うなよなあ?


通り池の中から低い声が聞こえた。膝を欄干でしこたま打った私は激痛にふと、我にかえった。写真を撮りすぎたんだ。


よくあることだろう?


ああそうさ、こんかいは右足に来るようだね。しばらくびっこになっても仕方ないね。


風が笑ってもう一つの通り池に飛び込んだ。


右足にくるのは意味があるのだろう、たぶん多良間だ。


タラマのことなんか知らんぞ

轟く風間に聞こえた深い声は龍だったのだろうか。

ダイビングする者もいるそうだが耳がなければ何も気にすることはない。


私は耳があるようだ。きのう拾ってきた若い白装束の女は、あまりに小声すぎて結局よくわからなかった。内地で聞こえない声がここではよく聞こえる。


ナベゾコのことを少し心残りにおもうが、アイス売りのおじいの三味の音を耳裏に、チャリにまたがると、さっさと足に力をこめた。




またこいよー





ああそうか。

ナベゾコが呼んでいる。

また来させるためにこんかいは、右膝頭に紅い刻印を残して追い返したんだね。

時期があるのだね、神々のつどう大地よ。


大神の頂上で聞こえたこの島じま最古の神の声よりも強く、若々しいひびきが、まだ調子のいい右の鼓膜の裏に貼りついて染みた。


また来ようね。



by r_o_k | 2007-08-27 01:10 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
トゥルーデの釜
赤い男が階段に座っている。どこかで見たことのある。さっきの青い男には思わず時間をとられてしまいしばらく炊事や家事を任されてしまった。クズのようなものしか収穫してこれないような甲斐性なしだ。

赤い男が斧を振り上げると床のしゃれこうべがかたかたと鳴った。罪悪感を感じた。この男は私めがけ突進してきた。こんなのは「私ではない」。斧に接触する前に階段をかけ上る。黒い男に逢いたくなる。しかしひきかえせない。私はそこにとどまり孤独の楼閣で細々と食いつなぐのはごめんだ。青い男との生活のほうがまだましというものだ。

冒険じゃない、私が欲しいのは私だ。

トゥルーデという私だ。

真実の名を冠するディアボロの主だ。


奇怪に歪んだ回り道はやがて細い尖塔のうえにいたった。

真実の道はまわりくねっているものだ。やっと「私に逢える」。


トゥルーデが釜を掻き混ぜている。


私は釜を覗き、トゥルーデに頷いた。だって望みの結果がみな正しいとはかぎらない。


私は赤い男より残酷に、青い男との生活を選ばず、黒い男になるのはまっぴらだった。しかし、煮えたぎる釜の中に蠢く人間達の中に、かつてトゥルーデを求めた同僚の溶けた姿をみつけて、後悔はしない、と呟くのが精一杯だったのだ。




by r_o_k | 2007-08-24 09:32 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
麦ちゃん



麦ちゃんは裸足で、とぼとぼと歩いていた。

焼けたアスファルトに棒くいのようなものが林立しているのをよけながら家に向かっている。

家族は家にいる。

お父さんは生まれてすぐに外国に行った。

家がどうなったかもわからない。

麦ちゃんは一人だった。

麦ちゃんは警報が鳴ったとき裏でおしっこをしていた。

ごうんごうんといういつもの音が

いつもとは違ういつもの音が重ねて重ねて

サイレンも鐘も

大砲の音もしばらくはなっていたのだけれど

麦ちゃんは耳がきこえなかったから

明滅する紅い光と煤けた風と、目の前に落ちて蟻地獄のような穴をあけたかたまりの、

不発の前にへたりこんだままただ泣いていた。

目も鼻も黄色くて茶けた匂いで焼け爛れていくような心地がした。

麦ちゃんの家の屋根から、紅い火の手があがるのが見えた。

夜中の焚き火のように思った。だって麦ちゃんは耳が遠いのだ。

こないだの空襲のときから。

麦ちゃんは怖かったけど、家に入りたくて仕方なかったけど、防空壕だってもういっぱい
だからみんなといっしょに家に入りたくて。

でも麦ちゃんの家はもう紅く焼け爛れて、旧瓦が滑り落ちてそのまま煙に巻かれて、もう紅蓮のなかに見えなくなってしまっていた。

熱かった。とても熱かった。麦ちゃんはおかあさんと叫んだ。おにいちゃんと叫んだ。

太い腕が麦ちゃんの胴体を捕まえて、走り出した。麦ちゃんは泣き叫んだ。

麦ちゃんの小さな家がもう暗闇と紅蓮と、低く空とぶ鯨の照り返しの中に消えた。

みんなといっしょにいたい

みんなといっしょにいたい

おかあさん

おにいちゃん

おばあちゃん!!

おばあちゃあああん!!!

太い腕はそのまま麦ちゃんを高台に置き去りにした。

目の前には昼間のように明るい家々が明滅していた。

紅く、黒く、紅く、黒く。

煙は麦ちゃんの下すれすれを流れていった。うしろの墨田の川面にたくさんの麦わらのようなものが流れるさまが見えたけど、麦ちゃんにはそれが何なのかわからなかった。もう嗅ぎ慣れたあの厭な匂いが立ち上ってきた。

おかあちゃん!!おかあちゃああん!!

麦ちゃんの頭に大きな手が載った。

毛むくじゃらの指が麦ちゃんの両の瞼を覆った。

麦ちゃんは不思議に落ち着いた気になった。

一面を多い尽くす煙と届かない高射砲の花火のようなぽんという光、墨田の焦げた川の流れ。

低く頭を擦るような怖い怖い鉄の鯨が、昼間のように明るい光で煙霧を照らしながら、卵を産むように黒い焼夷弾を落としていく。

ああっ

うちだ

うちだよお

防空壕ももう跡形も無い。

麦ちゃんはそうして金竜山の上で座っていた。

頭の上の手のひらが徐々に重みをうしなっていった。

麦ちゃんはやがて山にのぼってきた黒い臭い煙のなかで気をうしなった。


麦ちゃんは瓦礫を歩いていた。煙はすっかりぜんぶを焼き尽くしてそこには熱い地面ともう燃やすものはないといったふうの風景が続いていた。

表札が落ちていた。半分焼けていた。

家のがらだけが残っていて、それでも麦ちゃんは玄関からきちんとはいって、上がりぶちのような黒い塊の上できちんと靴をそろえるふりをして、

きびしいおかあさんに怒られないように、足の裏に木屑がまつわりつくのもかまわず、

おかあちゃん!!おばあちゃん!!にいちゃん!!

家のすべては何か変な塊になってそれぞれの場所に固まっていた。

煙はひけていた、天井も壁もなかったのだから。間取りだけで部屋をさがし、回っていた。

えーん

声は出ても水も飲んでいないし喉もやられているから泣いているように見えない。真っ黒の顔をしているから泣いているかどうかもわからない。

おふろだ

そこには狭いタイルの生白い面だけが、焼け焦げた木屑の中に露出していた。

桶の狭い五右衛門の中に、まるで箸立てのように黒い棒がたっていた。みっつ。

身を寄せるようにして、ただ身をよせるようにして、

桶は狭いから、半身を桶から出して、

そこには人だったことが辛うじてわかるくらいの

三体の身体が肩をよせあい、顔を内側に向け、

黒く固まっていた。

麦ちゃんは何がおこったのかわからなかった。

麦ちゃんは桶の中をのぞいた。そこには白い足が六本あった。ふしぎと透明なままの水が、蝋燭のような細い足が四本、少し短くて太い足が二本、水のなかに立っていた。顔をあげるとそこには、

静かな顔をした

みっつの顔があった。

麦ちゃんはおかあさんに何か話しかけた。

麦ちゃんはおにいちゃんにも話しかけた。

おばあちゃん

ただ最後に一言言うと、顔を抜いて、風呂桶から身を引いた。

背を焼かれた黒い身体が三体、身を寄せていた。

太い腕が麦ちゃんの頭にのっかった。

麦ちゃんは疎ましいとおもった

麦ちゃんは風呂桶に戻ってみんなといっしょになりたいと思った。

ちょうど真ん中だけ、麦ちゃんのための隙間があったのだ。

みんな麦ちゃんを守るために隙間をあけていたのだ。

麦ちゃんが戻ってきたときのために。

麦ちゃんはみんなといっしょにいたかった。

駆け寄って、いっしょに。

「駄目だ」

太い腕が麦ちゃんの頭を押さえた。

「麦子、みんなのぶんまでがんばるんだよ」

腕はやがて麦ちゃんの頭をとおりこして、

まるで箸立てのような風呂桶の横に立った。

お父ちゃんは泥まみれの軍服のまま、爛れた顔を麦ちゃんに向けた。

するとぼろぼろと、家族の身体が音をたてて崩れた。

麦ちゃんの聞こえない耳にもその音は聞こえた。

崩れた体の中からあらわれたのはしら骨だった。

みっつの白ほねが静かに、まるで床に正座をするように、ただ残った両の足をいずれもきちんと折り曲げ、桶の外に崩れて落ちた。

お父ちゃん!

「麦は元気だ」

お父ちゃん・・・・みんな死んじゃった

「麦は生きていくのだよ、どんなことがあっても生きていくのだよ」

がらがら、と壁がくずれた、そこにはもう風呂場はなかった。

お父ちゃん

「千葉のほうに行くんだ、伯母ちゃんのところに行って、あとは伯母ちゃんにまかせて」

「お父ちゃんもじきにかえってくる」

「お父ちゃんはマラリヤにやられた、戦争はまだ終わらないけど、先にかえってくる。心配しないでも伯母ちゃんにまかせて」

お父ちゃん・・・おとうちゃん・・・おとうちゃん



・・・麦ちゃんが生まれたとき、お父ちゃんは軍人だったからすぐに南方に行ってしまって、麦ちゃんはお父さんを写真でしか知らない。

おとうちゃんにだっこされたかったなあ。

おばあちゃん・・・もっとお手伝いしてあげればよかったね、おにいちゃんごめんね、

おかあちゃん、おかあちゃん


おかあちゃん


麦ちゃんはやがて見回りに拾われて、そのまましばらくして何か戦争が終わったというので、上野にいってみた。仲間もできた。麦ちゃんは大人になっていった。

・・・

ばあちゃん、まだDSやってんの?返してよ

やめられなくなっちゃうのよねえ、ほら、すごいでしょ

ええ、俺より年上じゃない、すげえ

ばあちゃん英語しゃべれるの?

麦婆さんはにこにこしながら孫の頭に手を置いた。


麦婆さんはDSの英語検定に夢中。

孫たちは婆ちゃんの奮闘振りをブログにあげた。

あまり順位は上がらなかったけど。

2007/8/16

by r_o_k | 2007-08-17 01:35 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
ネクロマンサー

疲れて倒れこんだまま転た寝をしてしまった。

・・・右手に泥塗れの洒落首、左手に電極を持っている。電極はパソコンの裏の大きなプラグにつながっている。古風なフォルムのブラウン管を見つめていると、ざらざらした人の顔のようなものが浮かんでくる。

顎のないしゃれこうべから引き出された遠い記憶が画面の上で形をなそうとしているのだ。

私は審神者らしい。

画面から痩せた男がしきりに何かを訴えている。

骸骨の枯れた脳の破片から少しずつ染み出して、記憶が頭蓋に流れ込んでくる。

いつのまにか私はジャングルにいて、泥だらけで、ひたすら腹を空かせて歩いている。左足に感覚がなく右足には深い傷があり、何度も泥に足をとられ転ぶ。それでも逃げなければならない。

目の前に硝子の窓がある。

髑髏を抱いた見知らぬ男が、痩せこけた頬をゆるませながらゆっくり電極を置くのが見える。

硝子窓が消えた。

しまった、「とりかえっ子」だ、はめられた!

背後に人の気配がして、私はいよいよ観念した。


そこで目がさめた。
by r_o_k | 2007-08-15 00:16 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
浦島太郎への想い
遠い昔英国の大学院生と民間伝承について話し合ったとき、浦島太郎の物語が特殊で面白い、と言われたというのはなんかいろんなとこに書いていた。だから浦島太郎の物語をたんなる物語ではなく、原初的な浦島子よりも親密な、サイレントな絵本にできないかと12年前に試したことがある。それはきっとどっかのサイトに載せっぱなしだけど、たまたまラクガキの御題として挙がっていたので書いてみた。しかし・・・テレビで押井守特集やってたら漫画チックになってしまった、しかも消しゴムがなくて直せない。。

でもいいや。二枚目のほうはもちっと書き直したら意図が伝わりそうな。あれは海底ではなく心の底へのダイブ、亀はフロイト的にいって男根の象徴であり、性への抑圧と開放、そして女性と違い明確ではなく、いつのまにかにおとなう性的老いがあるとき一気に自覚される、それが玉手箱だと思う。今はね。放蕩息子の帰還、それが浦島太郎ではないか?なんて。



by r_o_k | 2007-08-06 01:40 | 幻想小説 | Trackback | Comments(2)
しびと返シ
こんな夢を見た。

死人を操る老女がいた。

一人の少年が寡黙な母親と旧びたマンションで静かな生活を送っている。

母親は洋服箪笥に隠れた老女が操っているむくろだ。

老女は少年が学校に行くたびに母親に防腐剤を打つ。

そして食事の支度をして、洋服箪笥に戻る。

ある日とおくで離れて生活したいと少年が言い出す。飛行機整備の仕事につくという。

老女は箪笥の中で怒り悲しむ。

老女の気持ちとシンクロした母親のむくろはテーブルを返し少年のほほを打つ。

少年は反発し出て行こうとする。

母親のむくろは遮って罵倒を始める。

お前はあたしを捨てるのか

これまで育ててやったあたしを捨てるのか

老女の激しい気持ちが母親の乾燥した口を衝いて出る。

「うるさい」

少年は鞄で母親の肩を打つ。もうぐずぐずに崩れ始めている母親のむくろは不自然に曲がりながらも少年に罵倒を繰り返す。

お前はあたしがいなければ、子供の身でのたれ死んでた

あたしがお前を育てたのに

お前のために食事を作り

お前のためだけにこの狭い箱の中に篭っていたのに

嗚呼!!

「うるさい」

屍体がもはや生を演じることに耐え切れず、体中から腐肉が落ちてゆく。

老女は力を使いすぎていた。

もう年でもある。

人の形をとどめなくなってそれでも何やら嘆きの言葉を口にし続ける母を前に、子はおろおろとしはじめる。

己を悔い泣きはじめる。

老女は箪笥の中で息絶えている。

すると何故か腐臭漂う母の肢体から生白い二の腕だけが伸び、子を抱きしめる。

「・・・これが最後だよ」

母は指先からさらさらと灰になる。

腐肉はすべて灰となる。

両手いっぱいに白い灰を持って立ち尽くす子。

私はそれを醒めた目で上から見ている。

この子はやがて宇宙船の設計士になる。

これは過去の映像なのだ。

そう思ったところで目が覚めた。

1999記

by r_o_k | 2007-08-04 23:45 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)
さよなら おじいちゃん
手の上に載せられた干し柿はゴミ箱にすてた。

おじいちゃんのくれるものはみんな汚い。土みたいな粉をふいているし、袋にも入ってない。

お菓子よりおこづかいを頂戴よ

おじいちゃんはにこにこしながら

それは だめだよ

と首を振る。

きのう、おじいちゃんが来た。

近所だけど、ほとんど家にはこないし、いつも縁側で座ってる。おじいちゃんはひとりだ。ときどき畑に行く。でも、おもうように動けないから、菜っ葉くらいしか作れないんだけど、なんとかそれで自給自足をしていたと聞いた。おとうさんはおじいちゃんと別居していたから、たまに身の回りの世話をしにおかあさんと来ていたみたいだけど、おじいちゃんが嫌がったらしい。

指を口にあてて、小さくおじいちゃんは言ったんだ。

おこづかいをあげるよ

ぼくは眠い目をこすって起き上がった。窓から外へ裸足で出るのも初めてだけど、おじいちゃんの悪戯っぽい笑顔がなんとなく、いつもとは違う、そう、ともだちのようなかんじがしたんだ。

どこ?おじいちゃんのおうち?

いいから ついてきなさい

おじいちゃんはいつも電気でうごく椅子みたいな乗り物に乗っているんだけど、今日は調子がいいみたいだ。おじいちゃんの背中はとっても大きい。ぬいぐるみみたいなかんじがしてぼくは突然のっかったんだ。

おんぶかい いいよ、おんぶしてあげるよ

おじいちゃんの背中はやわらかい。おとうさんの背中なんて知らないからぼくはこれがおんぶなんだと初めて知った。

おんぶって、あったかいね

おじいちゃんは振り向いて

しーっ、聞こえてしまうよ

月がこんなに光ってるなんて初めて知った

月って惑星なんだ。でこぼこした岩のかたまりなんだ。

でも今見る月はお盆のようにまったいらで、銀色に光ってる。まぶしくて

おじいちゃん、月ってすごく光るんだね

おじいちゃん、つきってほんとはまったいらなのかな?

あの模様って、でこぼこなんかじゃなくて、

しーっ、聞こえてしまうよ

おじいちゃんはしんと静まりかえった道路を横切って、家ともおじいちゃんのうちとも違う方向にむかっていった。

これ、山に行く道でしょ?今行くの?

山って怖い。

怖くなんかないさ、山はみんなの遊ぶところだったんだよ

啓太は山に入ったことがないのかい?

ぼく、おそとで遊ぶの嫌いなんだ。

じゃあ、何で遊ぶんだい?

ゲーム

ゲームだったら山にいっぱいあるんだよ。

そうなの?

初茸だって山桃だって山にいっぱいあるんだ。みんな人に教えないだけで、ほんとは山のどこかにたくさん、たくさんあるものだったんだよ。

それって採りにいくってことでしょ?汚くない?

おじいちゃんはまた振り向いて、とってもやさしい顔をして笑った。

汚くなんかないよ。山にはなんにも汚いものなんかない。水も飲める。実も食べられる。

農薬もない。毒なんて、人が入っているところにしかないんだよ。土だって、人がいなければ綺麗なもんだ。だから、山のものは汚くなんかない。洗えばいいだけさ。

おじいちゃん、腰が治ったの?

啓太のために、今日は特別だ

おじいちゃんはどんどん山道に入っていく。

山道は真っ暗だ。ぼくはおじいちゃんの背中にしがみついた。夏なのにセーターを着ているけど、ちっとも暑くない。山はひんやりとして、いつものあの蒸し暑い空気がすっきり沈んでしまっていた。ぼくはここで寝たら気持ちいいだろうなあ、と思った。いつのまにか目が慣れてまわりがちゃんと見えるようになっていた。木のあいだから、まぶしい月があたりを照らす。

おじいちゃん、木の影が綺麗だね

ああ、どの木の陰も同じ形をしていないだろ?

おもしろいね

おもしろいさね、ゲームなんだからね

おじいちゃんは声に出して笑った。なんか僕も、RPGやってる気になっていたんだ。

影と影のあいだの明るい月の陰をおじいちゃんは跳んで歩いた。

おじいちゃん、おもしろい、ぼくもやりたい

そうか啓太、おじいちゃんが小さいころは、よくこうやって遊んだもんだ

夜中に?おじいちゃんのおかあさんに怒られなかったの?

夜中だから面白いんだよ。昼間だったら暑いじゃないか。啓太、山はこわくなんかない。こうやってちゃんと道をあるいていれば、楽しいものはたくさんある。

ここはおじいちゃんの山なんだよ。おじいちゃんのおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんからずっとうちの山だ。ここは家族みたいなものなんだよ。だから啓太も

おじいちゃんはしゃがんで僕をおろしてくれた。でもちょっと淋しかった。

啓太もこの山の家族だ。木も、キノコも、虫も友達なんだよ。

おじいちゃんが、道路の脇にあいた穴を指差した。

あんなところに穴なんてあいてたっけ?

啓太は見たことがないだろう。あの穴はずっとむかしにおじいちゃんのおとうさんが掘ってくれた「秘密基地」さ。

よく覚えておくんだ、いいかい、あの中に、おじいちゃんから啓太への、最初で最後の

おこづかいが入っている。

あれ、ダンジョンなの?奥に入ると、宝箱が入っているの?守ってるの、ドラゴンとか。

どらごんだか何だか知らないがそんなものはいないよ。啓太が大きくなって、もしこの山がなくなってしまう、なんてことになったらここに来て、穴を探して。

啓太、ぜったい誰にも言うな。いつも啓太が苦手な干し柿なんかあげて困らせたね。

おじいちゃんはわかってたんだ。

おじいちゃんはおじいちゃんが子供のころにとっても好きだった、あんまりなかったんだよ、いちばん甘いものを啓太にあげてた。けど、甘いものが嫌いなんだね。

そうじゃないけど・・・

すまなかった。おじいちゃん、もう年をとりすぎて、そんなこともわからなくなってた。でも、今はよーくわかる。啓太のことはよくわかる。啓太がテストの点数を書き換えて、おかあさんを怒らせたことも知ってる。

おかあさんがしゃべったの?昨日・・・

おじいちゃんはもうなんでもわかるんだよ。

そうだ、穴を覗いてみないかね。

・・・怖いよ。

そうか、まだ早いかもしれないね。

でもここを覚えておいで。おじいちゃん、もう啓太をここへは連れてこれないから、ここをよく覚えておいて。あの穴の上に小さなお地蔵さまがいる。お地蔵さまが目印だ。お地蔵さまのうしろには、おじいちゃんのおじいちゃんの名前が掘ってある。啓太と同じ苗字だよ。すぐわかる

すぐわかる。

・・・

ぼくはまたおじいちゃんの背中に揺られて、そのうちあんまり夜の風がきもちよくて、寝てしまったようだけど、朝にはちゃんと布団で寝ていた。おじいちゃんが寝かせてくれたんだ。




おじいちゃんは二日後に死んだ。




ぼくはもう大人だ。もう今度の9月で30歳になる。

おじいちゃんの山はおとうさんのものになった。今はもう山のまわりはみんなマンションになっていて、山ももうじき、宅地申請をして、宅地として売り払われることが決まってしまった。みんななくなってしまう。

別に何の感傷もなく、久しぶりの田舎の風景を楽しみ、また変わりぶりに驚きしていたら、ふとおじいちゃんとの奇妙な夜を思い出した。それでもうショベルカーが入っているという山に来てみた。

木々はまだ茂っていた。一部もう削られていたけど山道は舗装道路として残っていた。

木漏れ日が路上に縞模様をえがく。ぼくはおじいちゃんが跳ねてわたったことを思い出した。

人目を気にしながら跳んで跳んであるいていく。

あれ、背中がちょっと重い、何だ?

振り向いてしまうと、

そこには「おじいちゃんがいる」ように思えた。だから、

振り向くのはやめてその重みをしっかりと感じながらいつしか峠にたっしていた。路傍はセメントで固められていた。よくよく見ると、セメントの上に石の塊のようなものが見える。

「そこだ、裏を見てみなさい」

ぼくは近寄り、もうすっかり磨耗してわずかに輪郭だけを残した地蔵の石を持ち上げた。小さかった。裏には文字が記されていた。

***弥平 明治二拾九年

ああ、ぼくの苗字だ。

「もう穴を覗いてもいいころだね」

啓太はもう大人だ。もう穴を覗いてもいいだろう。

おこづかいをあげよう。

僕はセメントの壁に向き直った。

なんにも見えない。

壁だよ、じいちゃん

背中が軽くなった。ああ、じいちゃん、壁だよ。どこにいったんだ。どうすればいいんだ。

穴なんてない。

幻覚だ。暑いから、幻覚を感じただけだ。

あれは呆けたじいちゃんの酔狂だったか、もしくはぼくの夢だったんだ。

がらがら、と音がした。

木々の間からいきなり黄色いブルドーザーの大きなショベルがあらわれてびっくりした。

「危ない、崩すよ。どいてどいて」

もうここまで崩す段階にきていたのか。せめて石仏だけでもどこかへ・・・

どすん。

妙な地響きが足元を揺らす。ショベルカーが消えた。

「そら、みろ」

いつのまにかじいちゃんが、ショベルカーのいた石仏のうしろにまわっていた。

ぼくは壁をよじ登り、木々を掻き分けてそこを見た。

「これがじいちゃんの穴だ。見なさい、じいちゃんの宝だ」

ショベルカーのキャタピラが外れかけてあわてた作業員がよじ登ってきた。

ぼくはそのキャタピラの下に旧い石の箱をみつけた。

「穴はもう埋まっていた、啓太が生まれたころにはね。あのときは啓太に昔の穴を見せたんだ。」

落盤の底で僕は石の箱の蓋を思いっきり力をこめてひらいた。



そこには、おじいちゃんの年金袋があった。たくさんたくさん湿気て半分腐ってはいたけど、たくさん、はいっていた。



どれにも大した額は入っていなかったけれども、ぼくにはそれがおじいちゃんの精一杯のぼくへの愛情の示し方だったんだとおもった。子供には大きすぎる額だったから。

ぼくはその箱を埋め戻した。

その穴は埋め戻され、地蔵の周囲だけは取り崩すのをやめてもらった。



あの地蔵の下には穴がある。ぼくは自分の子供が、そのまた子供を生んだとき、その子にこの穴について教えてやろうとおもう。

ダンジョンも宝箱もないけど

ここにおじいちゃんの山があったということの証拠として。

おじいちゃんのおじいちゃんの秘密基地、

おじいちゃんのおこづかい。

もう少し年をとったら、石箱に何か、そのときに思いつくいちばんいいものを孫のために入れてやろう。

そしていつか、満月の夜。

by r_o_k | 2007-07-29 03:40 | 幻想小説 | Trackback | Comments(0)