揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

また「ネットは大混乱」かいな。

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きょうシネパトスにロメロ爺の「ダイヤリーオブザデッド」見にいって(いつからあんなに綺麗で混むようになったあそこ、、、外人さんまでいたぞ地下劇場)、2ちゃんまとめサイトと化したJカスの宮崎駿系記事とテーマがあまりにシンクロしてたので笑ってしまった次第。

いちいち宮崎駿発言で騒いでるたぐいのネット市民、日本にかぎらず世界じゅうのネットマニア、極めて個人的なことで恐縮だがボインボインのときも思ったけど、数が多いように見えて実は普遍性なんかまったく無い、出入り不能のバーチャルフォートレスに囲まれたバーチャル都市国家の連中なんですな。ロメロも少し買いかぶりすぎだと思う。メディア化したプロの世界はネットでも確立しつつある。個人発が信用されリアルでブレークする率はあんまり高くない。って映画見なきゃわからんか。

ほんとたとえばアメリカのサブカルというオタクコミュニティは一般認知度低くて、そこにリーチしたっておまんま食えない。ジブリはピクサーやらと違った形で地道に売り込み、題名や編集まで変えながら長年がんばってきてやっと売れた結果が今。もののけ作ってるあたりから外国人スタッフやCGスタッフが参加してきた、アニメ技法追求もそこで駿大老個人の作家性と少し乖離しはじめていたきがする。

駿大老は2000年前後くらいからアニメなんかより子供と老人と環境のことやら興味が年なりのとこに落ち着いてきていたみたいに見える。漫画かアニメかなんて「手段」論はわりとどうでもよさげだったこと、版元・放送元の当のマスコミが一番わかってたんじゃあないのかなあ。

騒いでるらしい(私にもその炎が煙をあげているところはさっぱり見えないけど)ネットだが、相手はネットなんかどうでもいい人であり、しかもそういう人だとわかっていながらも騒ぐネット市民の目的は何なんだろうね。目的のないのがサブカルだみたいな考えかたは古い。一発芸。80年代前半のモラトリアム思想が降りてきたころに少し似た、やおい的なものが、アマチュア主義を盾に正当化され閉鎖化無秩序化モラル破壊化。。今はサブカル語る場はその調子だから、なんかもう自分がいちばんその気が強いくせに、対岸の火事なんだよなあ感覚としては。

駿大老って漫画やアニメという形態は肌で知っている自分が描ける範囲以上は興味ないし創作行為の要は表現手段じゃなくテーマ(と食い扶持)だと考えてるまっとうな雲上の人でそ。ロメロがゾンビゲーム映画からシャマラン映画からブレアウィッチからクローバーフィールドからパロりまくって、雑で混乱して歪なスプラッタ作ってるのには、苦笑と共に、時代を露骨に映してきたB級映画作家の気骨をかんじたけど、きほん黒澤の時代によくあったモンタージュ論的な強烈奇想イメージショットを随所に挿入するのがすごい人で、今回も押し寄せた映画マニアの狙いはそれみたい。

作りが駿大老と似たところがある。明らかに不自然でハナシはおかしさ満載の雑然雑多なんだけど、終わりもぶつ切りだけど、なんか残る。タランティーノは露骨に影響されてんだなあ。宮崎駿大老はポニョでいろいろ言われたけど、ストーリーよりイメージで捉えるタイプの人、老若女性には非常に受けていたようだ。そりゃ老人賛美主婦賛美だからじゃんとか言う頭が機械な人もいるかもしんないけど、聞いてみ。深層は説明できない部分での感銘にあるみたいですが。。

ロメロも駿大老も70くらいか、同世代なんだよね。

アメリカはだいぶ立場が違うとはいえ、戦争と荒涼を骨で感じる同じ時を生きてきて、よきにつけあしきにつけ(よきが勝るのは明白だが)現代というものを作り上げてきた、現場サイドの人なわけです。旗振りはその前の世代。あんまり今の断層だけで憶測して盛り上がったつもりになってると、両監督の憂慮が的中しそう。麻生さんにはいかにも興味なさそうだなあ。環境語りながら車好きって矛盾はいっしょか。空気の破壊は海の破壊よりたちが悪く体蝕む。シャマランもロメロも空気感染の恐怖を描いてたね。諸星先生はバイオの風を描いた。諸星先生ファンって上の世代にも多いけど(いわゆる後期高齢者にもね、そりゃデカダン期に育ってるんだから感覚は案外現代的なかたが多いんです)、駿大老に欠けているのは映像人ならではの難しさというか、ストーリーに奇想を載せる繊細な作業を一人ではできないとこにもあるかなあ。諸星先生の才能はちょっと信じられないほどだから比較は難しいけど、エイリアンでカットされたシーンは日本漫画好きのリドリー・スコットが生物都市
からとったシーンだった、とかハナシあっちゃこっちゃなのでここまで。

承後
Commented by kenz_freetibet at 2008-11-22 10:02
押井氏も多分宮崎氏と同じ事を言うと思われ。
二人とも自身の作品をアニメと思ってないのじゃないかな。
作品とは思っているけど。
あきらかに漫画と作品を区別している発言だな。
それも最近の少年誌の低レベルの漫画の事を区別と言うか差別しているのだろうなぁ。
確かに俺が子供の頃のジャンプは文芸作品とも言えるものを掲載していたなぁ。
Commented by r_o_k at 2008-11-22 11:32
ロメロは暴徒群衆への恐怖と同情をゾンビに託して40年、こんかいはネット社会における有象無象無数のアマチュア報道気取りへの警鐘がメインテーマでした・・・ゾンビは増えるけど案外弱くて、むしろゾンビを「ネタ」としてアクセス数稼ぎにいそしんだり、現実と捉えられず無力な若者、なまっちろい無垢な正義感やネットを通して見られるものはすべて見る強烈な好奇心はあるけど、現実の「筋肉」のないヲタクの増殖こそが怖いというハナシにいつもの人種差別や銃砲社会への警鐘を織り交ぜてます。
Commented by r_o_k at 2008-11-22 11:35
でも言いたいことはシンプルに「プロ論」なんですね。見なくてもいい見ないほうがいい世界のどこかで行なわれている残虐なこと、その膨大な記録に対して、偏向して歪められていたとしても、見る目と選ぶ頭と表現する手をきちんと訓練され、厳選して受け取らせる正当な機能としてのプロの発信者がいなくなったとき、際限なく垂れ流されるアマチュア映像や機械が自動記録した映像は混乱しかもたらさない。
Commented by r_o_k at 2008-11-22 11:37
最終的には勝手な論理にもとづく小集団が無秩序に群立するだけだ、そこまでは言ってはいないけど、最終的にそれら記録を拾い収集し選びつなぎ編集して、ただ単に断片をネットに垂れ流し続けるのではなく、記録映画として完成させ、現実にテープを拾う誰かに託してから死を受け入れる映画科の学生たち。何か「プロとはこういうことを言うのだ」と体でわからせられた、というようなていです。プロの危機感はたんにアマに市場を食われることではなく、表現にはテーマ性が絶対に必要で、手段が凌駕してしまう、テーマが埋没してわけがわからなくなることはあるにはあるけど、テーマのないものは一つとして無い。
Commented by r_o_k at 2008-11-22 11:38
テーマは具体的な論理文で「愛」「勇気」といった抽象単語ではない。漫画とアニメは一くくりでも別でもいいと考えている気がします(そういう分け方に意味はないと思う)、発言は昔軽く扱われていた大衆メディア側としての自虐が含まれているのではないでしょうか(もう今更新しい漫画やアニメなんて見ない読まないでしょうし)。確かに宮崎監督と押井監督は根は似てる、きっと同じようなことを言うでしょうね。曖昧なものになりつつあるプロというものの本質をしっかりまだ維持して、結果も出しているお二人。
Commented by kenz_freetibet at 2008-11-23 16:57
話は変わるけど、あの「マテバ」がとうとう市販されたぁ。
攻殻機動隊のトグサが使うオートマチックリボルバー!
こんなけったいな銃が本当にあったのも驚きだし、それをアレンジしたアニメの銃を市販してしまうマルシンも凄いなぁ。
ttp://www.marushin-kk.co.jp/mtb.htm
俺はこの手のもの結構好きなんで今悩んでいるのだ(^_^;)
「マテバでよければ」買ってもいいかなぁ~
Commented by r_o_k at 2008-11-23 19:45
グリップに比べ銃身が重そうで使いづらそうですねえ。。といってもガスガンなら軽いのか。規制が厳しくなってもやっぱり弾が出るモデルガンは人気なんですね。。
by r_o_k | 2008-11-22 01:09 | 映画 | Comments(7)

by ryookabayashi