古代文様に棲みつく「モノ」

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驚きの話が多い採話と伝承を集めた新書ですが、研究書としては素人的で半端だし虚実という噂もあるけど、とりあえず中岡本並みの情報量が盛り込まれけっこう参考にされている。学会追求で有名になりオウムやその後のオカルトリバイバルでちょっとテレビに出ていた室生忠氏「都市妖怪物語」三一書房と、装飾古墳ならびに横穴墓に関する専門書を参考としました。六浦の上行寺やぐらの祟り話とどちらにしようか迷いましたが、単なる祟り話にしかなりえない後者はやめときました。

この横穴式墳墓、六世紀のものですが(ちょうど大和朝廷の形がハッキリしたころですね)東国の横穴墓や装飾古墳の世界ではかなり有名で重要な遺跡なので、まさかこんなタタリというか都市伝説ぽい話が囁かれていたとは・・・と面白くなって描いてみたはいいけど、後半モチベーションがもたなかったのはすいません。装飾古墳って謎めいて面白いけど、種明かしするとけっこう単純だったりよそからの移入文化だったりして、げんじつは「暗黒神話」のようにはいかないです。古代文様にもパターンがあり、だいたい弥生時代からあらわれるいくつかの呪絵パターンは古墳時代にそのまま受け継がれますが、いっぽう晩期渡来系ではないとおぼしき九州南部の海洋民族にも同じ文様があったりして、相互的な関係があったことは確かなんでしょう。昔専門だった頃があるので郷愁をこめて、ですが、じつはココの記憶が無くて、適当にでっちあげたので、大きさ等不正確だったらまことにすいません、いちおう前室があったことはおぼえているのでそう描いた。よろしければぽちりとお願いします。
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Commented by kenz_freetibet at 2008-08-15 10:57
古代のあの文様は俺は最初は絵を描くと言う事がまだ未熟なためにあのような単純な文様となっていたのかと思っていた。
でも上野博物館の縄文時代の貝を模した土器を見た時、そのあまりにも優れた写実的な工芸の技術力の高さに驚いた。
と言う事はかなり優れた美術的センスを持ちながらあのような単純な様式の文様にしていると言うのは何か訳があるのだな。
身内にしか分からない暗号だったりして。
Commented by 岡林 at 2008-08-15 11:32 x
縄目紋は土器の制作上のたまたまの文様として世界中に分布していますけど、縄文時代も次第に装飾的意図が露骨に出てきて、集落によって、地域によって、種族によって違いが出てくる。装飾=呪術ではないかと思わせる手の込んだ、もしくは洗練されたセンスを感じるものもあって、後期から晩期になれば気候が安定していた東北あたりを中心に有名な火焔土器やいわゆる遮光器土偶などが出てきます。このスパンが4000年と言われているので、全部を同じ文化と呼ぶのはちょっとどうかというところもありますけど。。。

蕨手紋のような世界的に分布する文様は縄文時代の土器装飾にも出てきますし、弥生時代くらいの時期に赤や黒、白を使った色彩装飾が武具や呪具・副葬品にあらわれてきている、これはじつは縄文時代と連続している感じもあります。中田横穴墓の鋸歯紋は九州や畿内の装飾遺物に典型的なもので、文化はそれぞれ分立しつつも、交流していたんだなあと思います。文物を描いた稚拙で即物的なものを除けば、暗号的な、特異な文様って、案外ないんですよね。。
Commented by 岡林 at 2008-08-15 11:39 x
抽象化は上記のように全国的に時間をかけて作り上げたもののようで、プリミティブな美術文化として成功しているんですけど、遺物から見るかぎり、写実は不得意です、原日本人・・・ほんと残念な人物線刻や動物の絵、船の絵が殆どです。そういうものを描くということに力をいれていなかったのか、とも思いますが。造形になると途端にセンスが出てくるのはアフリカやオーストラリアのアートに近いものも感じます。写実が上手いのは、やっぱり飛鳥の渡来系(大和系)のものですねえ。。三角縁神獣鏡は実は中国産、なんてことを考えると、あの縁取りに使われている鋸歯紋もやっぱり、海の道を通って華南あたりから来た流入文化なのかなあ。
Commented by kenz_freetibet at 2008-08-15 11:53
火焔土器とかじゃなくてね、貝殻を模した土器があるのだよ。
俺はそれを見て展示ミスなんじゃないか、と思ったぐらいだ。
物事を正確に見て正確に描写する技術は縄文時代のいつの時代かはまた博物館で確認しないと分からないけど、持っていたと思うのだ。
それと縄文、弥生時代の人々は教科書に描かれているような原始人的な生活ではないと最近では言われているよね。
古代と呪術をどうも密接につながりつけようとしているけど、案外違うのではと俺は思っている。
安直にニューギニアあたりの民族と同類に見ていた過去の考古学界の先入観的説ではないかなぁ。
Commented by 岡林 at 2008-08-15 12:39 x
絵画と造形をごっちゃにしたまま書いてしまいました(;^_^A

平面絵画というものは対象をいったん抽象化する高度な技術が必要なので、造形とは違うと思うのです。貝殻土器はもうかなり文化的な時代だった中期以降ではなかったかな。。動物土器にもかなりのものがありますし、蔓籠のような生活用品を土器にうつしたものなど見事な写実です。呪術という言葉は何らかの形式化された祭りごとを示す用語として使われます。所謂呪いや魔法というわけではなく、弔いを始めとする儀式や、敵の威嚇、厄除けなどのための装飾にオカルト的知識を反映させた風習で、文化的な洗練とは余り関係がないように思います。
by r_o_k | 2008-08-15 03:08 | <風流>怪奇漫画落之書 | Comments(5)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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