2008/8/14オーブを肉眼で見た話
2008年 08月 14日
絵がめんどくさいので描きやすい角度にしてしまいました。
じつは小学生のころ、夜の海の上に浮かぶまったく同じような「平面的で色ムラのある薄い光の円板」を見たことがあり、その色ムラが菊の花のように放射状になっていたので、勝手に「菊玉」と呼んで、作文に書いたら先生に苦笑された。
こうしてみると確実に肉眼で見たとおぼしきモノの数って、火の玉が圧倒的かもしれない。火の玉はヒダマ、ヒーダマーと呼ぶ地域が広くあります。土佐での呼び方を踏襲してみました。玉ではなく魂という字をあてたのかもしれません。
人魂、とか鬼火、とかいう呼び方は余り古い本では見ないなあ。妖怪絵巻みたいのには出てくるけど。いずれも正体が「人の魂」「鬼」という意味を含めてしまってるんですよね。
狸火の話は昔のサイトに何度かあげてますが文章で書いておきます。幼少期にはえらくいろんなものを見て、近親者に怪訝な顔をされてました。
暗い座敷、両親が帰ってなくて、姉の膝の上での話。このての強烈な体験は他の記憶が失われても頭にけっこう残ってるんです。
・・・最初は蝶の形をしていて、ちょうど大きさ的にも紋白蝶のような感じだったんですね。障子の隙から入ってきたんだったかな。光でも物体でもなくまさに火で、色は白に近い。それがいろいろと形を変えていく。何か「どうぶつクッキー」の全種類を見せられているようだった。呆然と見ていたんですが、
人の形になったんです。
それまではただ面白いというか不思議なかんじがしてたんですけど、頭と両腕と両足を揃えた形になった瞬間
幽霊!
そこで一気に恐怖が沸き起こり姉のほうを一瞬向いた隙に消えた。
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あれは高校2年生の秋だったかな。
その年から始めた自転車競技(ロードレース)で、最初のレースだった。
場所は鈴鹿サーキット。
ホンダが主催の最初で最後のレース。
確か5周だったかな。
鈴鹿サーキットは見た目よりも遥かに険しいコースで、特にダンロップブリッジのある所の登りがかなりきつかった。
そしてバックストレートは自転車にとってはかなり長いストレート。
そして鈴鹿は暑い。
へろへろになって走っていた時に横を爆音が通り過ぎた。
え?自動車?と言うかレーシングカー?
と思ったが当然の事ながらそんなのがレース中に走る訳がない。
そしてゴール。結果は真ん中ぐらい。
初めてのレースではこんなもんかと言う結果だった。
この経験を後にモトクロスをやっている人に話したら、それは「鈴鹿の伝説だ」と言った。
かつて1960年代に浮谷東次郎と言う天才レーサーがいた。練習中にコース上に歩いていた人を避けるために水銀灯にぶつかりそれが原因で亡くなった人。
その人は今でも鈴鹿を走っているのだとそのモトクロスのレーサーが言った。
あの爆音を聞いた経験のある人は他にもいるかも知れないなぁ。
あぁやって人々に勇気を与えているのかもしれない。
鈴鹿、秋冬しか行った事がないのでわかりませんが盆地的な暑さがありそう。
ちょっと不思議な地域ですよね。東海道を歩く人は峠の厳しさとともに不思議なこともちらほら言うみたいで。旧軍の航空隊関連の遺物もありますしね。まだ残ってるのかなあ?夜中に陸上トラックを走っていたら、後ろから大勢の兵隊?が列をなして続いてくる気配があって、えらく怖かった覚えがあります。
「鈴鹿の伝説」に出遭えたというのは幸運ですね。
こういう話はいいですねえ。