生き毛玉(補記修正あり)

寺院のご開帳などのとき、霊宝として「牛の玉」を見ることがある。真っ白で、毛など生え、自然に動く玉で、不思議であるが何の役にも立たない。

隠岐の国では野に放し飼いの牛 大変多く、佐久間何某先生はご用でそこへ行かれた時、牛の玉 生ずるをまのあたりにした。野に寝ている牛あり、その耳の中からか口の中からか詳しくは解からなかったが、四寸から三寸の丸いものが出てきて、牛のまわりを走り回っていた。牛飼いがそのあたりにあった茶碗のようなもので取り押さえ、何であるかとひらいてみると、牛の玉であった。動くものであったが走り回ることはしなくなった。

牛の腹中の生物でもあるか。それを取って後も、牛には異変はない。

ケサランパサランの類か。「耳嚢」ほか江戸の話し。

牛の玉の噺が出たから狐の玉も少々。篠田さンの「銀座百話」(昭和12年岡倉書房)から。

銀座は「玉の井」食堂、白狐の庇護を受け繁盛とはモウとうに昔の噺。ソウ何故玉の井と申しますかというとこのあたり妾どものとこに評判の高い井戸がありまして、伝説に、最初この井戸を堀った時に、水が出ず光りものがする。ナンだろうと段々掘り下げてみますと”白狐”のお尻にある毛の玉が出現たンだそうです。ソレを神棚へおそなえして縁義を祝いますと、井戸の水もコンコンと(洒落てンじゃありませんよ)、清泉が湧いて大層評判になり「玉の井」の屋号を受けたと申します、白木屋さんの白木観音(元日本橋東急屋上、現浅草寺域内に転居)の水のように水脈がこのあたりにもあるものと見えます。

江戸の末期、手堅くこの「玉の井」を守っておりますおばあさん、或る日魚河岸通いの芝の魚屋さんが「コー金に困ってるンだが、済まねエ、これを買ってくンねエ」ソレは芝明神の富クジの札なンです、「そンなものは」と堅気の婆さん断っても日ごろご贔屓の魚屋さん、よくよく困ればこそ、トミ籤を売のだとも考えお金を融通するつもりで買い取ったンだそうです。ソレがどうでしょう、当たり籤だツたンです。千両の。

1990/1999

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(後補)荷風好きか遊郭趣味か玉の井というと向島ないしその名を借りた風俗的な街を想起する向きが多いが、通称の銀座玉の井(銀座四丁目和光裏〜京橋にエロカフェーが軒を連ねたという)はあくまで大正から昭和初期ごく一時期に存在した流行り物でこの江戸伝来の店とはちがう。ただ、「妾ども」という言葉で察するに、向島と関係なく玉の井が地名として受け継がれていた可能性はあり、偶然一致の地名と思われる。

絵は井戸ということで。

by r_o_k | 2017-06-16 12:20 | 怪物図録 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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