キャンドル

まだ奴等はつけてくる。

傷が痛む。苦しい。熱も出てきたようだ。 左肩の下を撃たれた。臓はそれたが、出血が酷い。雪の上にぽたぽたと滴って、足跡を確かにしていく。これでは追手をまくことなどできやしない。

真夜中にこんな雪の中を、何の因果で逃げなきゃならないんだ。俺はこの国に、ちょっとした仕事をしにやってきただけなんだ。頭文字3文字の組織ってだけで、雇われ人てことじゃそこらのサラリーマンと変わらないんだ。仕事が法律に触れるってだけじゃないか。

どうやら誰かミスってくれたらしいな。俺じゃないぜ、俺はそんなヘマはやらかしゃしない。くそ、順調だったのに。

結局俺は最新鋭軍事ヘリの図面と心中しかけてるってわけだ。

クリスマスだってのに。

それにしては静かだ。

「いたぞ!」

見つかった!走れ、クリス!痛っ…糞ったれめ!

「撃つか?」

「待て、ここじゃまずい。市民に銃声を聞かれちまう。公園へ追い込もう。」

そうか、ここは住宅街だ。小さな家が軒を寄せ合っている。どの家も雨戸を閉じて聖夜を安らかに過ごしてる。市民の眠りに水を差しちゃ、”犬”としては都合悪いって訳か。

しめたぞ。

あの家、まだ起きてるらしい。明かりが漏れ、かすかに音楽が聞こえる。

「おい、奴は何をする気だ!」

俺は扉に駆け寄る。

「開けてください!」

ドン、ドンドン!

「止めろ、騒ぎが広がってはまずい!」

「たすけてくれ!!」

扉が開いた。そこから顔を出したのは、黄色いとんがり帽子をかぶった15、6のガキだった。

「かくまってくれ!悪い奴に追われ・・・」

「いかん!その男は」

いかついイヌの言葉は途中で妨げられた。俺は開いた扉のすきまから素早く体を滑り込ませ、思いきり閉じて、奴らと決別した。

「やあこんチハ、サンタさんー」

「ヒャッホー」

「メリークリスマス!」

奥からうるさそうな若者が5、6人出てきた。徹夜のパーティにお邪魔しちまったらしい。雪を被った俺のブロンドに、赤や黄色の紙テープが降りかかる。俺は後ろ手に鍵を閉めると、酔った未成年の浮かれ声の中に、表のやつらの怒号が消え去るのを待った。そして、ひとまず胸をなで下ろした。いかん、落ち着くと共に目の前がかすんできやがった・・・

「ブ、ブランデーを呉れ」

若者たちは俺を奥のゴミ溜めに快く招き入れてくれた。俺が重傷だって事には誰一人気付かない。テーブルに散乱する空き瓶や粉を見て合点が行った。酔った目には滴る血もブラッディマリーの雫としか映らないんだろう。その方が都合がいいが・・・さて、これからどうしたものか。

「サンタさん、いーノミっぷりだぜ」
「まだまだたくさんあるよ。おやじのだけど、今夜は全部おれのものさ!」
「夢見るタバコもあるよう。マリワナともゆうけどナ」
「ワハハハ、そりゃいいや」

楽しそうだぜ。幸運だったな。クスリは痛みを和らげる。ガキのくせに、客人のもてなし方には長けてやがる。俺にもこんな時代があったな。ガキの頃か。親が泊まりで外出してるスキに、ダチ集めて大宴会やらかして、あげくのはてにボヤ出して警察沙汰にもなったっけな。遠い過去だ・・・

ん、何だか暗いぞ。
どうしたんだ?

「それではキャンドルを持ってくださあい」

ポッ、ポッ、ポッと灯がともっていった。俺の前にも。灯火は白いキャンドルのものだ。

灯の中に、先ほどの面々の顔がぼんやり浮かび上がっている。

「いきまーす、せーの、きいいいよおしいい、こおおのよおるうう・・・」

そういえば、こんな時もあった。
小さい頃、聖夜のミサのために、母親と近所の教会へ行ったことがあったっけな。みんな・・・といっても小さな田舎教会だったから、せいぜい十人くらいが、手に手に一本ずつキャンドルを持って、讃美歌を口ずさんだんだ。老若男女、善人、悪人、全てが同じキャンドルの灯りの中にいた。

清い灯の中で、一刻の安らぎを得ていたんだ。そのころ近所を荒らしまわっていた強盗が、あのミサに参加していたと、後で知った。母は驚いて、震えながら、おおいやだ、とかなんとか言ってたよな。でも俺は、死刑になったその強盗が、なぜミサに出て、讃美歌を口ずさんだのか、という事の方が不思議でたまらなかった。

いい奴だったのかもな。本当は。

「この灯は良心のともし火です。人は誰しも良心を持っている。しかし、ほんのちょっとしたことで灯は揺らぎ、小さくなってしまう。でも、消える事はない。御子イエズスの生誕を祝うこの夜に祈りを捧げる者はみな、善良なる子羊なのですから・・・」

ヤクが回ってきたな。あの司祭のアドリブが聞こえてくる。ガキの頃を思い出すっていうのは、もう死に際が近いってことだろうかな・・・
 

「警察だ!動くな!」
「なあンだよ、ヒトんチ、カッテに入っていいと思ってンのかア」
「黙れ!クリス・マクレガー、お前を国家機密保持法違反で逮捕する!」

キャンドルの灯が、俺の本当の心を映している。なぜ俺はこんな道を歩んじまったんだろう。こんな醜い世界を。サラリーマンになればよかったんだ。・・・親父みたいに。

キャンドルの灯の中に、涙を流している俺がいる。

「マクレガー、立て!」

俺はもう死んでしまう。体じゅうの血が抜けかかっているのがわかる。

「・・・まずいぞ、おい、救急車を呼べ!マクレガー、俺がわかるか?」

”ブラフワーカー”の声がする。奴め、お手柄だったな。しかし俺はもう死ぬ。こんな事とはおさらばだ。最新鋭ヘリだと?人殺しの道具にすぎないじゃないか・・・そうだ。

死ぬ前に一つだけ、俺の良心を見せてやろう。

「まだか!・・・お、マクレガー、動け・・・おい、やめろ!!」

俺はキャンドルの灯が設計図を包み込むのを見届けると、目を閉じた。

 

俺は天に召されるのかな。

 (1988/10/26記)
by r_o_k | 2007-07-24 07:51 | 文学 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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