奇談つれづれ(2004/9/23-2005/4/29)

「百鬼夜話」の続きとして書いていたものですが、こちらも並行してホームページから転記していきます。ネタ的に懐かしいもの、今の感覚で言うとちょっと筋通せ的な引用記事もあるやもしれませんが、まあ、百鬼夜話よりは読みやすいかと。お盆記念。なお、記事は書いた時点のものですので、ネタはまだ続いている可能性があります。画像は一部削除している可能性があります。

2005年04月29日

矛盾怪談


ドライヴをしていた。
同級生3人を乗せて。
4人はいつもいっしょに行動する仲良しだった。

夜道は崖に沿って何処までも続くかのように闇に浮かび上がり続ける。そんな陰うつな風景とは逆に、車内は今日の湖での楽しい思い出話に花が咲いていた。この湖は二度めだ。一人がビデオカメラの映像を見せてきた。ちらと見ると、自分一人だけが湖畔に佇んでいる。なんで一人だけで撮ったんだろう。するとまた一しきりもりあがり、またビデオの話になる。その映像を見せてもらうと、また一人だ。不審に思った。一人で撮った覚えなんてない。これはみんなで並んで撮ったはずだ。

おれ・・・一人だったっけ?

何気なく口にした言葉に、俄かに車内は静まり返った。こういう状態を昔「神が通る」と言ったっけ?笑いながら話を再び盛り返そうとする。

そういえばここ、前にも一度来たよな!

しかし3人は黙りこくったままノってこない。

前・・・あれ?同じように暗くなって、帰り道・・・

・・・帰り道・・・

記憶が途切れている。帰り着いた記憶がない。同じようにこのいつまでも続く崖の道を走っていて、それで・・・

事故ったのよね、

助手席の彼女が口を開いた。

そう、あなたのせいで。

後部座席の友人の彼女が言葉を継ぐ。うそだ!

みんな死んだんだ。

友人が肩越しに語り掛けてくる。覚えてない・・・

・・・あなたを残してね。

ずるい。

あなただけ生き残って。

あたしたちだって生きたかったの。

ふと周りを見回すと、友人たちはみな血まみれのぼろぼろになっていた。

生きたかったんだよ。

あなたも来なさいよ。

一緒に行こうよ。

さあ。

必死でハンドルを操作する。あと1キロ、あと1キロ過ぎればこの崖沿いの道を抜けて街中に入れる。悪夢よ醒めてくれ・・・

「逝くのよ!!」

うわあーっ!!!

・・・

こうして仲良し四人組は、1年と間を空けずにみな死んでしまったという。

・・・

とまあ、よくある矛盾した怪談です。どこが?自ずと知れてるでしょ。死んだ男がどうやってこの話を他の人に伝える?細かい部分を含めるとこうした矛盾を孕んだ怪談というのは多い。死んだり気がふれたりした人の記憶をどうやって知り得たんだ、と問い詰めたくなる。

これだから都市伝説ってやつは。

私は今の都市伝説は99%創作だと思ってます。



2005年04月28日
中国のUFOが熱い


ユリ・ゲラーがUFOから出てきた宇宙人にジョン・レノンの居所を聞かれたという馬鹿噺をゲラゲラ笑いながら読んでる今日このごろ、中国のUFOが熱いということで、ひとつ挿話をば。supernatural worldから抄訳。

「UFOが中国で”爆発”」
14 Dec 2004
未確認飛行物体、すなわちUFOが、広大な中国北西部の蘭州を通過し、郊外においてはっきり爆発した、と国営メディアが月曜日に伝えた。数人の目撃者によって報告された道を照らす2つの明るい光の信じがたい目撃事件は土曜になろうという午前0時少し前に伝えられた、と中国時報東京支局は報告した。それがいん石であったという見解に従って警察は本件を調査しに向かったが、月曜日早々の時点で彼らは連夜発生していた現象の証拠となるものを全く見つけられなかった、と当局の役員は電話で語った。 タクシー運転手は車の中にいてまわりじゅうが突然「日中と同じくらい明るく」なったと新聞記者に語った。 彼が近づいたとき、空の向こうにおよそ3mの尾を引いた状態の火の玉が見えた、と彼は語った。彼の会社で遅番についていた1人の目撃者が、物体が頭上を通過したとき彼のオフィスの外の中庭が突然不気味な赤ランプに照らされたと報告した、と新聞にはかかれている。 ...

ど、どこが爆発???
火球ぽいんですけど。
中国、特に上海は都会特有の「超常現象症候群」に侵されているみたいで、ついこないだもプレイボーイ(日本)誌に、実業家が翼の生えた宇宙人に高層マンションのベランダから誘拐され、物凄く遠い数千キロの彼方で憔悴して見つかった、とのいかにもアメリカンな現象が掲載されていた。それ単に強盗に誘拐されて連れ去られたのを恥ずかしいからそう言ってるだけじゃないの?と思うのだが、夢は夢としてとっておこう・・・それが悪夢だったとしても。



2005年04月27日
ガメラの棲む風景

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私の会社は飯田橋にある。ここは幹線道路が交差し高速の高架がぐいんと横切る酷く空気の悪い土地だ。二本の川が流れており一本は神田川、もう一本はよくわからないが神田川に斜めに合流するようになっているようだ。高架下を流れる陰欝な川だけれども春はどこからともなく流れてくる桜の花びらで真っ白になり、またたまに川鳥が見られることもある。カイツブリが浮いていてびっくりしたり、武蔵野は人間がいくら汚してもしぶとく生き残るものだなあと思う。

この川に巨大なカメがいると聞いたのはもう1年半ほども前のことであろうか。会社の人が言うには、マンホールほどもある巨大な「スッポン」が、ぷかーと浮かび上がるのを見たということである。その人だけならいざ知らず他にも大ガメを見たと証言する人もいて、何やら不気味な噂の様相をていしてきた。

ある晴れた日、私は何気なくこの川沿いを歩いていた。すると前の橋の上から何人かの通行人が川面を見下ろしている。なんだろう、と思って私も欄干から顔を出してみた。

カメがいた。

それは丸いミドリガメの、育ち過ぎて大きくなったやつだった。僅かな岸辺に上がろうとあがいているところだった。

どう見てもマンホールの大きさはない。

片手でも持てるくらいだろう。でもこの生気のない深緑に澱んだ川の中でよくもまあ生きて育ったもんだ。

いや、こいつがここまで育てるというのなら、元々巨大化しやすいスッポンならあるいは・・・

というわけで今日も私は水面をチェックしながら帰途につくのである。


カエル爆発と緑の火の玉

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基本的に他人のフンドシですが。
ちょっと個人的メモの意味も篭めて最近のあやしげニュースをば。

21日宵に西日本、特に福岡を中心に広くエメラルドグリーンの物体が天空を横切るところを目撃されました。これは火球(隕石の一種ぽいもの)とみられますが、色が珍しかったせいか数多くの目撃談が当該機関のもとに寄せられています。今のところ撮影された映像は出てきていませんが、一方奈良では航空機とUFOのニアミス映像が撮られテレビ放映されたという情報もあり、あやしげワールドも世間並みに騒然として参りましたね。参考→日本火球ネットワーク

外国のニュースにあまり関心を払ってなかったので久しぶりにX51や東京福袋を開いてみると、共通して次のニュースが大々的?に報じられてました。三次利用勘弁。以下X51より引用。

<ココカラ引用>
カエル数千匹が謎の大爆発 ドイツ

【abc.go】ドイツにて、カエルの身体がとつぜん膨張し、謎の爆死を遂げるという事件が相次いでいるとのこと。調べにあたった動物保護局員らの報告によれば、ここ数日およそ数千匹のカエルが膨張して大爆発し、内蔵が数メートルに渡って飛び散るという原因不明の事件が続いているという(写真は爆発寸前のカエル)。

「まるでSF映画の世界です。カエルが道路を歩いているかと思うと、突然身体が膨張して大爆発するんです。」事件が続くハンブルグの動物保護局員、ワーナー・スモルニク氏は語った。氏によれば、爆発したカエルはいずれも通常の3.5倍近くまで身体が膨張していたという。

また地元獣医のオット・ハースト氏はこのようなカエルの大爆発は全く見たことがない、と首をかしげている。

現地では相次ぐカエルの爆死から、今では「死の池」とも呼ばれる(カエルが生息する)池周辺を一時的に封鎖し、爆発がピークに達するとされる午前2:00から3:00頃に獣医らが訪れ、調査を行っている。

これまでのところ何らかのウィルスやカビが湖を汚染したのではないかという推測もなされているが、原因は依然として全く不明であるとのこと。
<ココマデ>

どう考えてもよく生き物の死体にありがちな腐敗ガスが溜まって爆発した類の事件としか思えないけど、こんなに大量に、しかも生きているカエルがなんで?車の風圧説が出ているそうだけどそんなわけないでしょう。

悪ガキが爆竹しかけたかな?



2005年04月26日
憑依と人格形成


仮定の話しである。

人間の人格形成にあたって、霊と称される一定の思考バターンに憑依され、影響(寧ろ「侵入」という言葉がふさわしいか)されることというのは、実はかなり頻繁に起こっていて、憑き物そのものが次々連綿と主人格に「吸収」されていくことで、その人の人格や能力が決定されるのではないかと思うことがある。それが成長ではないか。

むしろね。
実際とりつかれている状態を自覚するのは困難であり、一方何で好きなのかもわからないものを無条件で溺愛してしまったり、理由もなしに急に好みががらっと替わったり、とにかく不可解な心の急変にはさくっととりつかれている可能性もあり、外的な要因即ち霊という言葉で表現される何者かがかかわっていて、ただ乗っ取られるほど強い霊など稀なので、最後には逆に一つの属性として取り込まれてしまう。これは実体を失った霊にとっては曲がりなりにも生を取り戻したことになるのだから本望かもしれない・・・自我を失ったとしても。勿論追い出されたら、「あれ?なんだったんだろう」と軽く思われておしまいだろう。かつて流行った「マイブーム」なんてのはこのたぐいだったりして。

だからといって全てを霊のせいというなかれ。何でも原因を外に求めるのは危険だ。内的要因がまず疑われるべきではある。また、主人格の存在あっての憑。からっぽの人間には「ご自由にお使いください」という立て札が立っているようなものだ。もっとも地主として流れのままにいろんなモノが流れ住み着き、拮抗融合しながら勝手に人格を形成していくのを楽しむというテもアリだとは思うが。
・・・とまあこんな想像をしたりもしてます。なんでこんなことを考えるかって、人間の行動の大部分は結局は直感に支配されており、それには論理的理由などないもので、不可思議そのもの、井上円了的な意味で。だとすればこういう解釈も可能では、と。

「生まれ変わり」というのがある。これなんて赤ん坊がマッサラの白紙のうちにとりついた人格が支配権を握っただけじゃないのかな。

未熟脳がどこまで「それ」を受け入れることが可能なのかわからないけど。



2005年04月24日
気温


幽霊もしくはそれに類するもやもやが蟠る場所というのは気温が数度低いものである。体感的なものもあるかもしれないが実際寒いということはある。気化熱のようなものかとも思う。

今私の部屋は凄く寒い。春のうららに毛布二枚と羽布団にくるまって靴下穿いてまだ寒い。寝ればえんえんと悪夢である。部屋を出れば咳一つしないから風邪というわけでもあるまい。

霊感というものがあるとすれば今私の霊感は低調である。ひょっとして好調であれば何か見えるのか?

どこで何を拾ってきたんだか。

安易に結び付けるのはよくないが、きっかけではないか、ということは思い当たる。

夜、暗い部屋でうつらうつらしていると部屋じゅうに

ガチャ、チーン!

という、古いレジ機が決済するときの音が響きわたったのである。跳び上がって驚いたのは言うまでもない。

何だかよくわからないがそれ以降部屋の気温が上がらないのだ。



2005年04月19日
牛と水の話

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牛と水の話です。

荒俣某氏「日本妖怪巡礼団」に伊豆の赤牛伝説にかんして面白おかしく説明されているとおり、牛と水は密接な関係があるようです。伝説の中では怪物である牛がしばしばその水底を住処にし、周囲の住民を襲ってきたと言われていました。西日本を中心にやはり海や川などに棲む牛鬼と呼ばれる怪物に対する信仰が盛んであり(時代が下るにつれやたらとバリエーションを増やしていったようですが)、江戸時代において牛と水というのは怪物というキーワードによって結びつけられていた側面があったようです。

ここで牛が家畜となったばかりの紀元前数千年の大昔に遡ってみるならば、ユーラシア大陸の牧畜文明の拡がりの中で牛の形をした崇拝対象が現れたと言われ(旧約聖書の十戒の逸話(黄金の牛の像の崇拝)にも象徴的に現れています)、それは各部族が地母神的に頂いていた土俗神そのものと考えられます。エジプトの多神の中にも牛頭人身のものがあり、牛の崇拝が広範囲にわたって拡がっていたことがわかります。牛を神聖視するヒンズー教は直接この時代の信仰を受け継いでいるのだという説もあります。こういった信仰が・・・たいていは小さな部族の中で信仰されたものが・・・或る強力な信仰に取り込まれていく過程で、つまりは強力な民族のもとに併合されていく過程で主神の傍系親族または足下に位置する神的存在として扱われるようになったといわれます。多神教は沢山の宗教の征服の歴史でもあるのです。多神教でなくても、多神教的側面を表す宗教は多く、仏教はその最たるものでしょう。牛頭天王もあきらかな流入神もしくは被征服神です。

この過程はクレタ島の迷宮に住む王族の子にして牛頭人身のミノタウロス神が殺されるギリシャ神話に余りに露骨に表れています。やや飛躍する感もありますが表向き征服神話をつたえながら被征服民族である出雲族の象徴とも考えられているスサノオノミコト(前記の牛頭天王と習合され、牛に騎座した姿で表現される)への信仰にも現れているところであります。

しかしここで冒頭に立ち返って、じゃあ牛と水はどう結び付けられていったのか、考える必要があるでしょう。牧用牛種は水中に棲まないし湿ったところを好むわけでもない。これは簡単につながりを示す例を挙げることができます。ギリシャ神話の大物、いろんな要素がごちゃっと混ざったポセイドン神は(馬の場合もありますが)多く牛に騎乗する姿で表現されます。その属性の最も重要なものは言わずもがなの海であり、水です。そしてスサノオに目を転じるとこちらも水と縁深く、神話の上では水の属性を持つ蛇(川とする説が有力)、即ちヤマタノオロチを倒した等、その他関連性を示唆する逸話も多く水神と結び付けられる所があるようです。

これは近世に成立した可能性もあるので簡単には結び付けられませんが、男鹿半島の統人行事中の「牛乗り」では、舟の上で行われる蜘蛛舞と呼ばれるヤマタノオロチ退治の舞に対して、スサノオに扮した男が黒牛に乗って湖畔に現れるという形になっています。水と牛とスサノオのニアミス状態とでも言いましょうか。ちなみに前後しますけれども、スサノオの乱暴ぶりを紹介するものとして馬の生皮を剥いで投げつけた話が有名ですが、牛を引き裂いて投げつけたこともあるのです。このあたりを生贄の風習と結びつける向きもあるようですが(ヤマタノオロチの話にもクシナダの人身御供が出てきます)、本題から離れるのでこのあたりで止めておきます。

水と牛は、少なくとも伝説上では結びつきます。理由は何なのか。ポセイドンとスサノオの例を見るに、牧畜を行う種族であるものが頂いた牛が、水を渡って戦を行う強大な海洋国家に吸収され、その主神の属性とした結果であると考えることができます。更に零落した神という概念を持ち込むことができます。国家宗教に対して土俗の神は神の形をとらず単なる怖れの対象などになる。ちょっとアレンジして、水と牛の付加属性が本体である主神の御許から再び削ぎ落とされ、民間信仰の中に沈みもはや神という形すらとらなくなった。スサノオのように征服されたものが、今ふたたび地域の祟り神的な存在として降り立ったということもあったかもしれません。いったん吸収された二つの要素が放出される過程で結びついた、放出後のそれはまさに「怪物信仰」「妖怪信仰」とでも言うべきものであった、とすればいちおうの結論には達することができます。即ち水の牛の怪物の伝説です。

信仰の自由の無かった江戸時代初期において弾圧とまではいかないまでも国家仏教神道側から見て異端なものはあまりおおっぴらに活動するわけにはいかなかったわけで、かくれキリシタンのように歪んだ形で生き続けた不確かな牛と水の信仰が、あるいは無頼集団の心の拠所となった。しかし彼らはまもなく成敗され、日本ではおなじみの祟り除けの神格化をなされて「水の牛伝説」が完成された。

しかし物証を求めるわけにもいかずここまでくると推論もいいところです。自然に考えるならそんな所に源を求める必要は無いかもしれません。単純に牧畜をするうえで必要な要素は牛と飼料と水です。人間が生活していくのに必要な要素は牛と水です・・・共に重要なもの。逆に言うと水が枯れたり牛が伝染病で死ぬことは死を意味します。その負の部分が具現化されて伝えられた。それだけのことかもしれません。

ギリシャ神話が日本に伝わったということはあるのでしょうか。

これは非常に古い伝説であり、日本のそれも近世に頻出したとされる水の中の牛の怪物とは、地理的にもかなりの隔絶があります。例え類する伝説が奈良平安や桃山時代あたりに伝わっていたとしても、庶民のところまで届き民間伝承としての信仰になりえたとは(仏教文化の興隆から見ても)考えがたく、まず関係がないと考えていいのではないかと思います。キリスト教の弾圧状況からしても江戸初期の段階ではギリシャ神話の世界は一般化するほど自由に流通する環境にはなかったでしょう。江戸後期あたりになると間接的であるにせよかなりの数の西欧の書籍が伝わってきているようですが、私自身はギリシャ神話のようなものが伝わったと聞いたことはありません。図像が伝わった可能性は大いにありますが、造形的に印象を与えるものはあっても信仰の対象となる理由が無い以上それは宗教化し得ないでしょう。

日本での牛の利用に関して少し触れておきましょう。まずは考古資料にその源流を求めることが出来ます。即ち牛は縄文晩期から飼われていた、もしくは食べられていたと思われます。農耕が行われ始めたと推測されている時期でもあり、農業と共に渡来した文化かどうかは興味深いところです。仏教伝来までは食用として(薬などとして乳が使われた記録もありますが渡来系の文化です)、675年天武天皇の肉食禁止令以後は主として農作業の貴重な労働力として身近に使われてきました。「和牛」についても、食肉の行われなかった時代の労働力としての牛と明治以後の食肉や酪農に用いられた牛は種類を異にしています。後者は全て外来種との交配により作り上げられた混血です。江戸時代においては牛を食べるという行為は最終手段でした。牛は年貢を納める農作業に欠くべからざる貴重な労働力であり、「農宝」と呼ばれ神仏に入り込み崇められさえしていたわけです。

ところで「水牛」というものがいます。そのまんまです。しかしこれはそもそも生息地域がユーラシア中央の牧畜地域とは遠く離れた南方に分布する種類で、牧畜牛とは種類(属)が異なります。大きく長い角を持ち、食用にもあまり向かないように思われます。本来的に水中を住処とする種類ですので水に潜む牛のイメージは確かにあるのですが、琉球ならいざしらず(琉球の怪談に水牛が現れることはありますが)本土のしかも本州四国あたりにおいては一般的とは到底言いがたいでしょう。

最後に、同じ島国であるイギリスに目を転じると、以下のような伝説も見受けられます。元々は水上に住んでいた「妖精の牛」が、湖に入るという昔話です。

アバーダヴィー(ウェールズの町)の後方に位置する高地の人里離れた場所に、Llyn BarfogまたはBearded Lakeと呼ばれる小さい湖(注)があります。

(注)ここもアーサー王伝説に絡んでいます。周辺の畑を荒らす恐ろしい怪物(avanc)がこの湖の中に住んでいたと言われています。アーサーはこれを知り、湖に行って、野太いチェーンをavancの周りに投げました。 次に、彼は強力な愛馬(しばしばLlamraiと呼ばれる)の助けで、湖から生物を引っ張りあげ、殺しました。Llyn Barfogからほど近いところに、この物語の証拠としてCarn March Arthur(アーサーの馬石)として知られている馬の蹄跡のついた岩を見ることができます。

水は黒くて暗く、魚が水面に浮かびあがるところもまったく見られません。ただ空の鳥はそんな湖の上に高く飛翔するのです。 昔々、湖の周辺は女エルフィンの一族に憑かれていました。彼女らはしばしば、猟犬と美しい乳白色の雌牛を引き連れて全てを緑の霧に包まれながら夏の夕べのたそがれの中に目撃されることがありました。

ある年取った農夫が、運良く、彼の群れの牛と恋に落ちたGwartheg y Llynのうちの一匹、即ち「湖の雌牛」を捕らえることができました。 たちまち彼には幸運がもたらされました。こんな牛や子牛は世に二つといない、こんな牛乳やバター、チーズは味わったことがない、といってFuwch Gyfeiliorn即ち「迷い牛」の名声は広まりました…

農夫(貧しかった)は豊かになりました… しかし結局エルフィンの牛が年を取って使い物にならないうちにと怖がって、彼は、食肉市場に出すために太らせようと考えたのです…

....肉屋は、牛の命を絶つために彼の赤い右腕を上げました。 ちょうどこん棒が振り下ろされる瞬間、絹を裂くような声が、丘に反射して響き渡り目覚ましいほどに、天まで震わすような大音を立てました。 肉屋の腕は麻痺させられました。そして、こん棒は彼の手から落ちました。 湖の中の岩の上で、緑の霧に包まれた女性が泣き叫んでいました。

汝来たれ、アイニオンの黄色いものよ
迷える角牛、稀に見る湖の牛、角のないDodyn、起きよ、我が元へ戻れ

それらの言葉が発されてまもなくすぐに、エルフィンの牛と全ての彼女の子供たちが湖に向かって走っていき、暗い水面の下に消えていきました。そこには黄色い睡蓮の花だけが、彼女らが消えた証拠としてぽつんと残されました。

原典(元ネタは1907年刊行の本に採録):http://www.themodernantiquarian.com/site/6984



2005年04月14日
脱線>こういうのが来る


オカルトに片足突っ込んだようなネット活動をしているとこういうスパムも来るようになる。最近メアドは明かしていないのだが昔の名簿が残りつづけているようだ。

----- Original Message -----
From: "drh"
To: <>
Sent: Thursday, April 14, 2005 1: AM
Subject: ◆河童目撃情報◆◇◆◇

> ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
>
>
> ────────────────────────
> 亀から生まれる 雄と雌・・・何を想像する?
>
> http://www.angelfire.com/dragon3/mugichangu99
>
>
>                   
> ────────────────────────
> あなたの地元にも銀座はある?!
>
> http://www.angelfire.com/dragon3/mugichangu99
>
> ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
>
> http://www.angelfire.com/dragon3/mugichangu99
> ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
>
> メール拒否はこちらまで。
> paulresis@yahoo.com
> ********************************************************************
>

前はよく都市伝説を騙ったワンクリ詐欺的エロメールで来ていたのだが、今回はカッパときた。内容はまったくエロ+ウンチク。ちなみに都市伝説とか言って来た内容は芸能人の目撃情報・・・バカか?しかしよく同じドメイン(エンジェルファイアなんて怪しげな名前でなんでオカルト?)で同じ送信者名で送るもんだ。PCで送ってるとはいえ・・・。送信アドレスは本物ぽい。

すいません、ネタがないのでこんなのも載せてみた。ちなみに私は氾濫する都市伝説系の話は苦手です。



2005年04月13日
あやしげGW


なかなかしっかりしたネタが無いので更新できないのが実情、もし読んで頂いている奇特なかたがいらっしゃったら申し訳ありません。先週末のマクモニーグルの透視に熱狂してたら実は結構間違いだらけの捏造ありという検証結果を見て一息ついた状況でありますが、懲りずに二年ぶりに旅に出ます。

行き先はこの季節に青森。以前岩手一周怪しげ物件巡りをしたことがありますが今回はそれより北です、しかも下北しか行きません!・・・角館など桜の名所は全て行きません。我ながら悲しくなりますが、初日は夜行バス、二日目は往復徒歩12キロの釈迦の墓来訪についでにサンダイマルヤマ遺跡、三日目は下北のまさかりの先へ行ってうだうだ、四日目恐山で温泉プラスナゾの日本中央の碑、五日目がキリストの墓(南部だけど)で八戸から新幹線という趣向。さらっと書きましたがキリストの墓は隠れキリシタン遺跡なんじゃないかという気がしてるので一日かけます。ほんとは町おこし前に行きたかったけど仕方無い。実況をここにちゃんとアップできるかどうかわかりませんが、最終的には本体ページにでもあげておこうと思います。釈迦の墓はなんというか、お堂あとに例年?現れる火の玉で有名になったポイントですけど、恐山のこともあるし地方仏教のひとつの変種みたいなもんだと思ってます。大分の六郷満山じゃないですけど。

青森はあやしげ探訪をする人間には至極メジャーなポイントが多いです。上記ポイントもあやしげフリークは既に行った事のある場所が多いでしょう(ネットでもたくさん来訪記が出てきます)。寧ろ岩手盛岡の鬼の手形とかおかん石とか(母親の石ではない)飢饉供養の石仏群とかマルコポーロの五百羅漢とかのほうがマイナーなのかな。

とりあえずそんな旅行に行きます。



2005年04月05日
電灯点滅・・・


電灯がゆっくりふわんふわん点滅してまた元に戻った。。

なんじゃこりゃ。何かの信号か?


2005年04月04日
電波が見える


春先になると決まって電気系技術者のもとにかかってくるクレーム電話がある。
それは「電波が見えて困る」というものだ。
彼らは電波が自分を監視していると言ってクレームしてくる。自分には虹色の電波が見え、それがレーザー光線のように襲ってくるのだという。人によっては「聞こえる」という人もいる(こちらはある程度科学的な説明がつくかもしれない)。

春ですな、といった感じなのだが、

通常の知覚がズレるタイプの、知覚異常を持っている人間というのは案外いるものだそうである。特に芸術家タイプで目立つ。CNNなどで報じられた研究なので今さら詳細の説明は控えるが、たとえば音楽家の中には音を「色」として感知する人がいる。そういう人の指示は難しい。「そこもうちょっと青い音で!」とか言われてもどうやって弾いたらいいのかわからないのだから!古くはリストもこのタイプだったといわれ、近代ではスクリャービンがよく知られている。象徴主義的な画家の中にも色彩に別の知覚の意味を持たせた人間はいるそうで、音を絵に写しかえた人も、たとえばルドンなど枚挙に暇がない。音に味覚を感じる人さえいると聞いた。生活には不自由するかもしれないけれども、こういった病的な感覚をある種の特殊能力として捉えれば、道を選ぶだけで素晴らしい成果をもたらすことも可能だという典型のような話だ。

というわけで知覚の不思議について考える。

私はオバケの正体は何らかのもやもやっとしたモノ・・・電気的なものや微量の薬物などの残存物・・・にすぎず、それを明瞭かつ特異な形で捉えるのは受け手である人間の脳の問題だと思っている。外的要因と内的要因の境界線をどこに引くのかは難しい問題だが(ケースバイケースだろう)、かなりの部分は受け手の脳の記憶野に依っていると思う。「直感像」という言葉が流行ったことがあるが、これは乱暴に言うと白昼夢であり、何かの小さなきっかけ(たとえば一瞬小さな影が見えたとかいったあやふやな記憶の核)によって頭を過ぎったイメージが膨らみ、形として見えてしまう、または言葉として聞こえてしまうタイプの人間が経験するものである。

私も思いっきりこのタイプだが、幸い長い不眠症生活によって夢と現実の区別がかなりはっきりつくので、変な誤解をしないで済んでいる(敢えて夢側の話を書くこともあるけど(笑))。オバケ話を聞いていると、明らかにこの「イメ-ジタイプ」の話に遭遇することがある。ちょうど最近映画で流行りの瞬間的に現れるじつに奇怪な幽霊、そういう即興的なタイプのものはたいていこの直感像ではないか。本来そんなに明確で奇怪なものがやたら多発するものではない、弱弱しい要因によってもやもやっとしたものがたまに感知される程度のものが正解だと思う私は、そういうふうに半ば思い込んでいる。否定しているのではない。これはこれで面白いものではあるし、収集に値するものではある。想像力の実に独創的な発露、一種のアートとも考えられる。ムンクが偽造心霊写真に凝っていた話は有名だが、彼は心霊現象をある程度アートとして捉え、内面的なものが投影された魅力的な幻想だと思っていたようだ。

ただ、そういった中に、たまたまの偶然か、無意識に知った事実か(超能力的なものも含め)によって、共通的無意識の存在すら予感させる「一致点」が見出せる複数のケースが存在することにより、オバケというものが客観的に「物理的に」存在するものと短絡的な結論を招いているケースも少なからずある。これが事態を難しくしている。心霊スポットの存在はまさにその偶然の集積もしくは無意識の集積だろう。そこに第三の存在が絡んでくる。確信犯的に(無意識かもしれないが)オバケの存在を創り上げる人たちの存在である。面白がりたい、人の知らない心霊スポットを探し出して、おかしなものを撮影したい。誰でも情報発信ができるネット時代に多くなったパターンだ。これはちょっと困り者で、そういう有象無象が現れてくると、心霊スポットと呼ばれる場所でも全く感知しない人が多かったりするのに、あるいは地元ではなんでもないと言われていても、また伝説の根拠が全く無い場所であっても、全国レベルで有名になってしまった怪しげなスポットが殆どであるのに、そういった部分は黙殺されるのである。「見た」と称する人の話が全てになってしまう。少数が多数に挿げ替えられ、たまたまの偶然が偶然では済まされないというイメージを与えるようになってしまう。結果「観光客」から迷惑を蒙る地元の人間がテレビへの露出を拒んだりして、今すっかり心霊スポットものの番組は減ったわけであり、ネットに沈むことによって一気にアングラ化して信憑性が減ったのは、結果的にはよかったのかもしれない。

オバケは寧ろ物理的に存在するものと考えたほうが自然なのではないか?必ず心霊主義者が言う言説である。死んでしまったはずの生物が「別の生命体」として存在しつづける、ひいては霊が不滅の思考体であるという宗教的な思考は、SF的に処理して、たとえば人間は本来別次元の大きな存在で、3次元の地球上に現れているのはその影にすぎず、影が消えても本体はどこかの次元の広がりの中に存在しつづけて、再生を待つ、みたいな解釈も可能だろう(少なくとも時間というパラメータは超越してそうではある)。だがそこまでいくと、グレイと呼ばれる爬虫類的な弱弱しい”生き物”が、外宇宙から超科学によって作られた宇宙船に乗ってやってきた宇宙人である、というのと同様、飛躍がありすぎる。本当はそうなのかもしれないけど、次元という概念は数理的には存在しても実際物理的にどう存在するものなのかまったく定かではない。グレイの乗り物が太陽系の外から侵入してくるところを誰か観測したことがあるのか、そもそも地球外から侵入してくる物体に明確にグレイが乗っていたという証拠を持っている者はいるのか、というと、妄想的経験談は別として、殆ど無い。つまりはあれが単なる地球上の未知生物であったとしても不思議は無いのだ。これを宇宙に飛躍させる部分で多大な無理が生じている。寧ろナチスの陰謀説のほうが信憑性があるくらいだ。

夢も希望も無い言い方をすれば脳を損傷した人間が思考や行動に顕著な影響を及ぼされてしまう現実を見るに、損傷どころか脳への血流が全て停止し、脳血管破裂以上の破滅的な状態に人間が陥る・・・つまりは死ぬ・・・にいたって、その記憶や思考回路はどこにバックアップされると言うのか。もしそういう機能が備わっていたとしたら今の脳神経科学に大きな躍進をもたらすことになろう。でもそうなってはいない。脳だけ生かしておいても意味が無いという話さえある。脊髄を含む神経組織全てが正常に動いて初めて人間としての正常な認識、正常な思考、正常な記憶が行えるのだと。そこに心臓を入れる人もいる。たとえば霊と会話をかわすという人がいるが、会話をかわせるということはその霊には確実に脳を含むそれら全組織の代替となるものが備わっていて、しかも情報は完全にバックアップされていることになる。そんなもの、先に述べたSF的な解決を考えないとはっきり言って説明は無理である。結局は虚像と会話している「気になっている」だけで、そこに先に述べた「偶然」や「無意識に知った事実」が入り込んでいるだけなのではないか?そのほうが自然だと思うのだが。

霊を人間そのものと扱うそれらの人々には、完全に想像力の世界が入り込んでしまっているのか、好意的に考えれば、超感覚的なものを冒頭に述べた知覚のシフトによって直感像として見て聞いてしまっているのだろう。私はそう思う。

私は少なくとも自分自身が見たり聞いたりしたように感じているのは、ほんの微弱な「何か」で、超感覚的なものが(でも多くは通常の感覚的なものが)それを補い、更に想像力で膨らまされているのだと思うようになってきている。

それもひっくるめて面白がろうと、このブログやホームページを続けている次第である。

正直見える見える言ってる人って信用できないんだよなあ・・・


子供が来た


昨日朝の謎の子供、夜寝る前に戯れに

来るなら来い!

と胸叩いて寝たら、

来たぽい。。しかもスグ来て、起きて一服して電気つけっぱなしで寝ようとしたらまた来て、朝までかなりしつこく何度も起こしてくれた。凄く眠かったので姿を確認する気力がなかったゆえ、ぼんやーりした感じしかわからなかったのだが、無茶苦茶久し振りの金縛り的状態に、とても気持ち悪いので逃げようとすると、これがまた目の前の腕や体が動いていないのに、なんか動いてる感覚がある。見えないけど腕が伸びてる感覚がある。見える腕は曲がったまま微動だにしていない。

もちろん幽体離脱なんて洒落たもんじゃなくて、半覚醒状態のときよくある幻覚。腕を失った人がある条件下で指に痛みを感じたりするのと同じ感覚が見せる夢だ。でも、じっさいそういう目にあうと、やっぱり気味が悪い。

そんな状態だからオバケか幻覚かの区別は難しいのだけど、ふざけた気分で寝たというのにすぐに怖い夢を見るというのは不自然で、何か別の意志が働いていると思えてしまう。

何も伝えてこようとしないのが不思議だったけど徹底的に耳を貸さなかったこちらのせいかもしれない。実際ほんとに眠い人間を起こして意志を伝えるのはオバケにも難しいことなのかもしれない。


2005年04月02日
殴られた


昨日の録画、江原なんとかのスピリチュアルカウンセリングを見ていて、ゆるいなあ、と思っていた。解釈者が入ることによって怪異は合理化されつまんなくなる。だから科学者はもちろん坊さんとかれいのうしゃとかが出てきて検証だの解説だのしだすとたいてい話はゆるーくなり、個人的には早く次の話行ってくれという気分になる。

江原番組があまり好きじゃないのも解釈に時間をとりすぎるからで、今日も案の定眠くなり、うつらうつらしだしたんだけど、

とつぜん右手の甲を小さいゲンコツが殴った!

びくとして目覚めてテレビを見ると、子供の霊の話をしていた。

・・・子供がいんのか?
朝からやーな気分なのでした。



2005年03月28日
なんか囁かれて目覚める
(2005年03月01日他所記)

内容忘れたけど、すごーく気味悪いことを耳元で囁かれてうわーてなって目覚めた4時。気持ち良く夢見てたのに唐突に何!?

つか誰!?あの女!

俺大丈夫か?

後引かなかったので明かりつけてすぐ寝れたけど、眠り浅くて頭ガンガン寝覚めのわる~いワタシでした。とりあえず合掌しとくか。アメマ~

しっかしいきなり起こされたので偶々夢から現実への「脳の切り替え」を「感覚する」ことができた。昔よく入眠時に、言語や論理で思考していた事物が、いきなり「イメージ」に切り替わり映像や音声になるという過程を体験したものだが、その逆の過程を自覚的に体験できたのが新鮮な驚きだった。怖いとかいうことよりもそっちが珍しくて良く覚えている。

夢を見るような状態というのは、「公式(=イメージ)」がいきなりズバンズバンと現れる状態・・・まとまった思考の塊が「同時に(=時間軸が無いから論理的思考の流れも無い)」現れる、ある一つのフクザツな脳内パターンが過程を省略して全部いっぺんに現れる状態・・・であることが明白にわかった。それが瞬時に「要素(=単語等)」に分解されて時間軸上に並ぶ、つまり論理的思考という流れが形成され他者に伝達可能なわかりやすい形に整理される。それが覚醒状態だということが実感としてわかった。面白い体験でしたよ。右脳と左脳の単純な切替ということであれば性差も出てきそうなことで、もちろん個体差も考慮しなければならないだろうから研究はしません!面白かったということだけで。説明がめんどくさくなってきたのがわかりました?終わります。

(中略)

それにしてもへんな、というか貴重な体験でした。

あの耳元の声は夢かなあ・・・でも夢を中断する夢ってなんだろう?夢の中の夢ならあるけど、夢が夢を押しのけて夢を見る・・・うーーーーーーーーーーーーん混乱!!!!


闇の声


裏の家のほうからたまに、変な鳴き声が聞こえてくる。
だいたい12時近くから始まる。ちょうど犬が室内から締め出されて、入れて欲しいと懇願するような媚びた声。クーンクーンというのではなくて、吼えにならない、ピュッピュッヒンヒンという鼻息のような声だ。

家の裏の三方にかつて爺さんが住んでいた。最初は右手のほうの爺さんがおかしくなった。夜中の3時くらいに窓を思い切り開いたり閉じたりして何事かわめいたりしていた。それはいつのまにかおさまった。次は裏の家である。いつも窓をあけると庭をとおしてその家の仏壇が見え、老婆の写真が見えていた。ここも夜中12時過ぎに演歌のカラオケで騒いだりとちょっと変な感じだったのだが、いつのまにかおさまった。

そして三軒目である。左手の奥の家。いつも窓から覗くと、その家のガラス戸の向こう、障子がビリビリに破けていて、夜の8時くらいになると、キャンキャンという犬の悲鳴と、コラッというような老人の怒号が頻発するようになった。ちょっと見てみると柴犬のようで、室内で飼うような犬ではないのだが、家が狭かったせいか、老人はビリビリの障子の向こうで二人暮しをしているようだった。

その犬が叱られた後、必ずピュッピュッヒンヒンという鼻息のような声を立てて老人に媚びを売っている声が表にまでよく響いていた。ああ、まだやっているのだな。暫く聞こえなかったけれど、また虐待が始まったのか。

先週のことである。また12時になると(よく考えると昔はそんな遅い時間ではなかったのだが)ヒンヒンと声が聞こえてきた。それは異様に大きく、裏の家の庭に
響き渡っていた。いつものことだと聞き流していた。

ふと不思議に思った。

声が移動している。

最初左手のほうだったのが、裏の家の庭に移動して、しかも声が家壁に反射してひときわ大きく響き渡っている。そしてさらに右手のほうに移動していく。私はちょうどその右手の側に頭を向けて寝ているので、不意に気味が悪くなった。

がらっ!

雨戸を開けた。そこには漆黒の闇。声は止んでいた。左手のほうに街頭がある。そちらのほうを何気なく見た。そして驚いた。

あのビリビリの障子はなくなっていた。その家の部屋はカーテンすらなく、街頭に照らし出された内部は何も無いがらんどうだった。ああ、老人は既にいなくなっていたのだ、犬ごと。

・・・雨戸を閉めた。普段全然気にしていなかったあの音がとても怖いもののように思えてきた。すると・・・またクンクンという音が聞こえてきた。いつになく大きく響き渡っている。

おかしい。

これは犬の声・・・じゃない?

爬虫類の声、というとすぐ頭に浮かぶ人は少ないだろう。私はそう思った。暖かい血の通った声じゃない気がしたのだ。ヤモリか?いや、ヤモリはこんなクンクンという声は出さないはずだ。カエル・・・?ガマでもウシガエルでもアマガエルでもない、まるで南国のカエル。

ますます想像が膨らんでいく。このままだとまた不眠症だ。気味悪い思いはここで留めておこう。

私はその声は「飼われていた南国のカエルが逃げ出した」と解釈することにした。

また聞こえたら、今度こそ正体を確かめたいと思う。頻度からしてまた近いうち、現れるはずだから。

・・・

昔の人は変な声を聞くと妖怪と名づけて姿をあたえた。私のこんなささやかな体験も、時代が時代なら「声だけ妖怪」として姿を与えられていたかもしれない。東京、都会と呼ばれる地域にも怪異は依然として存在する。それは幽霊などという陳腐な存在ではなく、「怪異」そのものとして屹立している。

そんな怪異が現れたことが、ちょっと嬉しかったのも事実です。


2005年03月14日
座敷牢


ひらり、とグレーの布が舞った。
スーツの上着の裾。はっとする。

暗い倉庫の扉がなぜか半開きになっていて、横を通るとき、確かに見えた。

スチール棚に「頭を突っ込む」若い男が。

戻って覗いても誰もいない。当然だろう、こんなところで蟠ってるほど皆ヒマではない。

会社の倉庫、会社の倉庫・・・

あ。

この倉庫だ。

昔、わざとこの倉庫に机を持ってこさせられた人がいた。仕事もなしに。
・・・辞めさせるために。
素行が悪くみんなに迷惑をかけまくっていたそうなので、ある程度仕方の無い措置とはいえやり方が余りに嫌らしいといえば嫌らしい。依願退職という形に仕向けたのだ、最終的には。

死んだのか?いや、死んではいないはず。
生霊、というものがいるのなら、こういうものなのか。

でも、辞めたというのに、未だにここにいるのか。
頭を突っ込んでいたのはなぜだ?

わからない。もともとコンピュータ関連の仕事をしていた人で、その棚の向こう、隣の部屋がコンピュータルームだった、ということくらいしか、わからない。

そんなこともあったりする。


あかんぼう


階段で前を降りる若い夫婦。

疲れたような風情の母親が、赤ん坊を抱えている。
赤ん坊は妙に大きく見える。
力の抜けた感じでだらりと、母親の左側から足、右側から頭が垂れていて、
その顔が逆さまにこちらを向いている。
二人は寄り添うように降りていく。
重いんだろうなあ、と見ていて思う。
赤ん坊の顔がこちらを向いている。

俺を見ている。

妙に白い顔だ。
ぶくぶくしている。嫌気でもさしているのか、きついまなざしであたりを見回す。そしてまた、俺の方を見る。

階段の下についた。夫婦を追い抜かしざま横目で見た。

赤ん坊などいない。

夫婦は二人、足を引きずるように別のホームへと向かう途中だった。

・・・おろしたのか。



2005年03月01日 偶然


おまえ、何で知ってるんだ・・

3回も言われるとさすがに気味がわりい。最近異様に勘がきく。

先週見舞いに行った。ガンだったわけだが、早期で皆余り心配していなかった。しかし私はここにも書いたとおりかなり動揺していた。某漫画家がS字結腸ガンで瀕死と聞いたからだ。

同じ部位じゃないかよ・・

見舞当日。笑いながら手術の話をしていると、部位の話になった。「知らなかったんだけどね、ここにS字結腸というのがあるそうで、そこが・・」

ン?

知らなかった?

帰宅後改めて見た連絡メールには、部位のことなどどこにも書かれていなかった。

見舞いの帰りに友人たちと談笑していたのだが、不意に一人の顔色が変わった。

私が何か言ったらしい。

生来のいーかげんな性格そのままに記憶力もない私は自分のしゃべった端から忘れていくタイプ。やべ。なんかいっちゃったかな。ちなみにこの日既に一回激怒させている。めんどくせー。謝りゃいいや。

ごめん

そうじゃねえよ!

お前、なんでうちの婆ちゃんの死因、知ってるんだよ!!

・・・・そいつの祖母は昨年11月に麻酔注射過量により亡くなっていた。医療ミスだった。

困ったことに自分が何を言ったのか、今だに全く思い出せないのである。

2005/2/7記


アカデミズムは霊を肯定するか?


堅い題名だが話はカンタン。うちの大学の日本民俗学の教授にその世界では(今でも)チョー有名なM教授という人がいた。妖怪やオバケの研究で知られていたが、いたって真面目な学究的な人で、扱っているものの「いかがわしさ」にそぐわないとても厳しい先生だった(単位がとれないという噂を聞いてワタシはその授業をとる機会をみすみす逃してしまった)。あくまでガクモンとしてオバケ話を扱っているのだなあ。テストで学生に自分の聞いた・体験したオバケ話を書かせたなどという話も聞いたが、当時都市伝説のたぐいが流行りだした時期で、とくにうちの大学はそのてのものが多い学校だったから、そういうこともやってみたんだろうな、と思った。いずれにせよ、ガクモンとしてやっているわけだから、当然オバケなど信じちゃいないだろうなあ。当時学生寮でリアルオバケに悩まされていたワタシはなんとなくそんな気がして敬遠していた。

日民の研究室に友人がいた。うちの研究室の隣だったので(ワタシは不良学生だったから研究室など殆ど行った事もなかったが)なんとなく話をしていた。そこでM先生の話題が出たとき、その友人は言った。

あの人、ホンモノだよ。

?・・・ホンモノって?

・・・このまえ、研究棟の廊下を歩いていたらさ。階段の上で、下の方を向いて、先生が立ち尽くしていたんだよ。そばに行ったら、下の踊り場を見つめてるんだ。そこには何も見えない。

どうしたんですか?て聞いたら、言ったさ。

「そこに、いる」

・・・気味悪かったさ、ここ、あんまり気味のいい場所じゃないから。踊り場に、何か、いたんだってさ。そんなこと、結構よくあるんだよ。あの人、そういうの見えるらしいんだ。

もう結構な年の先生の横顔が浮かんだ。気難しそうな学究肌。・・・でもそのモチベーションの根本には・・・自分の「霊感」があったのか?

柳田民俗学の流れうんぬん。それとは別に、この人はそういう理解しがたい「体験」を解消するために、敢えて科学的というか、ガクモンとして割り切りたくて勉強を重ねてきたのかもしれない。今でもどこかの学校で教壇に立っていると思う。そして、その学校でも、たぶん・・・見ているだろう。

ちなみにそのころのうちの日民教室はけっこうすごくて、有名な人が出たりしていた。私の友人のその後のゆくえは知れないけれども。
2004/10/17記


こわい地名


血洗島、という地名が深谷にある。地名の起源は不明だが、利根川の氾濫でいくつもの島ができた、そのうちのひとつに作られた村落であることは確からしい。血洗い、というとまっさきに人を斬った刀を洗った場所、という想像が浮かぶ。ここは渋沢栄一の故郷として有名である。別項に書いたが死人の通るさまを「死人坊」と呼ぶ地域がある。それに対して、同じ「死人坊」という地名が福島にある、との情報をいただいた。調べてみたが地名の起源はやはり不明である。ただ、死人の名をいただいた地名は意外と多い。詳述は避けるが「死人坂」という地名がある。住民紛争が起きていて、それで知ったのだが、ここは寺の裏手の坂にあたり、いわゆる死人を寺に運ぶための裏門側の坂ということでつけられたらしい。こういう即物的な忌名を持つ地名も少なくない。私の実家のある丘は、古地図によると仏山、という名になっている。荒れ野のマークがついており、他の場所が畑となっているのに比べていかにも不思議なさまである。更に溯るとじつはここは墓地であった。そのせいか家を掘ると土器が出たりするわけだが、土器だけでなくコワイものもよく出るのである。仏山というのも一般名詞であったようだ。他地でも意外とそういう呼ばれ方をした場所が多く、たいていは墓地である。アブリコという地名についても別項に書いた。これは炙り子と書くらしい。地方によっては焼き網のことを炙り子と呼び、とくに忌むべき名ではないようだが、この九州の地名に関しては古代の火葬場で、文字どおりの「炙り」「子供」らしい。表意文字によってあらわされる日本の地名は奥深い。恐ろしげな名の奥に秘められた血なまぐさい伝説も、想像力を刺激して面白いし、コワイ。
2004/9/7記

(後記)
世田谷の血流れ坂というのも聞いた。上で人斬りをして血が流れた坂だという。

鈍感な私、、しゃがんでいる子供


最近の話しをしよう。ふたつほど目だったことがあって、某コミュニティサイトに書いたのだが、誰も食い付かないのでこっちにも書きます(泣)

先週はほんとうに忙しいというか睡眠時間を削らざるをえなくて、そうとうきつかった。それまでだいたい1時に寝て7時に起きていたから、まあ個人的には8時間欲しいところだがでも一般的には良く寝ている方だった。睡眠状態もよかったのだが、それが、一月ほど前からちょっと狂ってきた。必ず夜中一回目を覚ますのである。まだ暗く、3時から4時くらいであった。しかし、目を覚ますだけなので、とりあえず便所行って、帰ってきたら既に記憶の無い寝方をしていて、なんで目を覚ましているのか、さっぱり理解していないというか、ほんと、なんの気にもとめていなかったのである。

それが先週、そう、だいたい4、5時までは起きざるを得なくなってしまった。パソコンが壊れてその修理等をするのに毎晩時間がかかっていたのである(それは今も続く・・)。こういう作業はいらつく。気がたってしまい、寝床についてもすぐには眠れないのが常である。作業自体は3時には終わるのだが、寝床に横になって、ビデオを見ながらなんとなく気をしずめていくのである。

そのときだった。そう、3時半くらいだったろうか、最初は。

ええ・・・うう・・・

犬?何か小犬のような声?そんな弱々しい奇妙なひびきの声が、壁の向こうから聞こえてきた。壁は外壁になっているが裏はすぐ裏の家の庭で、犬など飼っていない。

ああ・・・あえ、ああ、ええ・・

・・・いや人だ。弱々しい人の声だ。中年で痩せている。そんな声だ。それが、なぜか・・・あえぎ声をあげている!

うっ・・・うう・・・うえ・・・うっ

・・・変に高いトーンだ。若者の高い声という感じではなく、もともと甲高い中年男の声といった感じだ。これは?・・・一瞬やらしい声に聞こえたがそんなんではない、泣いているのか、うめいている・・・

でも、なぜ?

なぜこんな時間に裏庭に中年男が立って泣いている?

ばたっ!

はっ、ときた。

これは違う!

ばたっ!ばたっ!

外壁が叩かれる。

こんなことをするのは・・・

・・・うえ、うっうっ、うう・・・あえあ!

ばたっ!ばたっ!

ふと、毎晩この時間~3時から4時~に起きていたことを思い出した。たんに睡眠のリズムだったんじゃない、

こいつが毎晩、俺を起こしていたのだ!

しかも、北の外壁から!

・・・俺は鈍感にも、気付かずに寝ていただけだったのだ。今週はこの時間までしっかり起きていなければならなかったがために・・・初めて気が付いたのだ。

断続的だった。それに、弱々しい。だから、私はむしろ気が立っている状態なので、マンガなぞを見て気分を散らすほうに気が行ってしまい、

不幸な男は外壁に放置されたのだった。

それでもときどき耳に聞こえる。

嗚呼・・・あえあ・・

ぱた。

不意に室内で音が鳴った。

北壁だ。

見ると貼ってあるポスターの中央が、まるで人の拳で突き上げたかのように、ぐうっと持ち上がって・・・ばた!と戻る。そしてまた、ぐぐうっ・・・と持ち上がって・・・ばた!と戻る。やめろ、それはお気に入りのポスターだ!

破くなコイツ!

・・・そんなことが何度かつづくとますます目が冴える。結局私はその現象が断続的にも結局終わる5時過ぎ、外が明るくなるまで眠れなくなってしまったのだった。

最初はそんな感じ、でも、次の日も、その次の日も私の寝る時間は遅くならざるをえなかった。毎日2、3時間睡眠の体は辛かった。

そんな日々に拍車を掛ける、あの男の気になる所業。

むかついた。もう3、4日目のことだろうか、疲労困ぱいして、でもそんなときに限って目は益々冴え渡り・・・その目に、あのポスターの中央の盛り上がりが映るのである。

ううっ、うう、という煮え切らない中年男の呻き声とともに。

私は夜中であることをもはや忘れていた。

てめえこいつ!黙ってりゃ毎日毎日来やがって、何ぞ文句でもあるのかいな?おまえ、フユウレイだろ?俺のとこへ来んくらいなら、自分で寺でも神社でも行って、勝手に成仏しやがれこのタコ!

・・・すると、なんとその声がぴたり、と停まったのである。ポスターの中央がふわり、と元に戻り、外壁の気配も、もはや消えていた。

ああ、やった。

私はその日も2時間睡眠だったが、満足して眠ることができた。

・・・

2、3日たって週末がやってきた。私はやっとこの不眠サイクルが終わると思って早めに床についた。すうっと自然な眠りが降りてきて、ああ、気持ちがいい、と思ったものである。楽しく、安らかな気持ちだった。

がくっ

それは突然来た。うつぶせの私の上に、ちょうど人間大の砂袋のようなものが天井の方から、どさっと落ちてきた感覚で目が覚めた。何の理由もないただただ異様な恐怖感だけが全身に響いてきた。金縛りだ!やつらが金縛りをかけてくるのはこっちが気を抜いているまだ浅い睡眠時(深い睡眠だと手が出せないのは周知のとおり)、こちらが動けず強い恐怖感を抱くことをよく知っていて、かけてきやがる。顔はうつぶせだから見えない、でも、これはヤツだ。追い払ったとおもっていたヤツが、どうやったのか室内に入って、俺に復讐をしようとしているのだ。何故?さびしいから。さびしいのに、怒鳴りつけるようなことをしてきたから。たいていの浮遊霊は弱い。人が力を抜いているときしか攻撃してこれない。私は理由の無い絶大な(金縛り特有の)恐怖感に恐怖しながらも、こういうときの対処法を試した。先ずは舌打ちである。舌程度は動くものだ。そして、霊は、霊自身もそういう音を出して現れるくせに、人間が同じ舌打ちのような打音をはっするとひるむ。こっちもはっきりしたパチンという音に耳を打たれ完全覚醒状態に至る。そこで上半身だけでも起きたら、腹の底から歌をうたうのである。今回は「ジャイアンのテーマ」だった。なるべく力強く、ばからしい歌がいい。

おーれっはジャイアーン ガーキだーいっしょー!

砂袋が横にひねれた感覚。右腕が動く。さっと枕元のスタンドのスイッチに伸び、思いっきり捻る。

さーっと音がするように、気配は雲散霧消した。

フユウレイはあまり一個所に留まらないものだときいたが、こんなにしつこいとは思わなかった。

次の日。

もうヤツはあらわれなかった。

でもそれは私が再び1時に寝るようになったせいかもしれない。

もしかしたら、今晩も3時になると、外壁から・・・

気が付くと叔父の命日が数日後に迫っていた。

ついでに別の話し・こちらは夢の話しなので、真実かどうかはよくわからない。とにかく、夜中中えんえんと長い夢を見るのだ。それはふたつのパターンがあった。ひとつは私がなぜか古ぼけて暗く汚い工業都市にいて、方々から煙があがり、いつのまにか軍人に囲まれて、ドオン、ドオンという遠い爆発音を聴きながら、泣きそうになり、絶望に身を引き裂かれそうになっているところに、ごろん、とふたつ、冷たく重い鉄製のWO転がされ、もう、ここまできたら一緒だ、と無言の圧力を掛けられる。左右を見まわし、黒い顔に囲まれて仕方なくその手に持った感覚が実にイヤな・・・重く冷たく固く塗装が禿げ古びたパイナップル型のカタマリ。震える手でレバーのようなものに手をかけるが、びくっとして引っ込める。なぜふたつなんだろう。私はホンモノの人殺し道具が手のうちにある恐怖に凍り付きながらも、もう時間が無い、動くぞ、と命令される。もはや家族とは会えまい。・・・そういうところでいつも、記憶が途切れるのだ。なんでこんな夢を、しかも毎晩毎晩見るのだろう?・・・それがわかったのが、ある日のたぶん朝方のことであった。突然、灰色の部屋のようなところにいて、扉もないのにすっと、痩せた老人が顕れた。顔の大きな染みが恐かった。夢の中で老人は私の前にざっくばらんとあぐらをかき、やがてとうとうと話しを聞かせはじめた。

それは戦争の話しであった。

南方ではないらしい。おそらく大陸で、歩兵として戦ったこと、その中のわずかな心の動きから、あまりにあっけらかんとした人の死の群在について、思い出話を語るように、でもたんたんと、聴かせてくれた。私はえんえんと聞き役であった。老人はなぜか戦争の話ししかしない、でも、ちぎれ飛んだ友人の腕に握られたをはがし取り、渾身の力を込めて投げた話しを聞いたとき、私はふと自分の夢ののことを思い出した。そして初めて口をひらいた。

あの、をふたつ渡されるのって、なぜですか

老人はうなずきも何も反応せず、たんたんと言った。

自分もふたつ持たされたことがある。

よく生き残ったもんだ、上官に渡された二弾を抱えて敵陣に突撃し、一つは敵の中に投げ込み、そして二つ目は、なるべく敵の陣近くまで駆け込み、撃たれながら・・・自爆するためのものなのだと。大義名分はあくまで生きて捕らえられたときの誇り高き自殺用というものでありながら、あれは事実上人間爆弾なのだ、と語った。しかし老人は生き残ったのだなあ、と思ってふと老人の大きな染みが、染みではなく、大きく爛れた傷痕であることに気が付いた。私はふと朝の鳥の声を聞いた。ああ、朝だ、起きなければ。自覚夢をよく見る私はこの物騒な夢を終わらせようと断ちあがった。すると、老人がぐわっとこちらを見上げ、片手を伸ばし、私の手首を強く握った。

話しはおわっていないんじゃ。

・・・どうやってそれから逃れたのか、覚えてはいない。しかし結局朝はきて、あまりにはっきりしている夢の記憶と手首の感触を確かめながら、しばらく何もできずに座っていた。

あれが本当の元兵士の幽霊だったのか、よくはわからない。

ただ、妙にリアルな話しの内容と、其の前の夢・・・をふたつ渡されたときの恐怖感だけが、今も心に深く突き刺さっている。老人はそれきり出てこなかった。そしてを渡される夢も、もう見ることはなかった。

蛇足。

ついでに。某踏み切りに夜中通りかかると、まるで飢餓の国の子供のように骨ばった背中の、裸の子供がしゃがんでいることがある。これは邪悪な感じがするので、見ても見ぬふりをしているが。

さいきんはこんな感じである。

2004/9/22記


岸辺の三人


ユウレイ話というのはえてして断片的なものである。物語性を求めるとそれはもう脚色された文学作品になってしまう。断片素材だけの話しというものがどれほど希求力が有るのか私もあまり自信がないが、こういう漠然としたものが典型だ、ということでつい一昨日聞いた話しを記述しておく。

カヤックで川を下りながら途中川原でテントを張りキャンプをする、というツアーだったそうである。川原でキャンプというのは増水時を考えると結構危険な行為だが、そのツアーはベテランのガイドによるもので危険はなかった、という。ほんとかどうか私はわからない。とにかくそこでテントを張って一晩過ごしても何も起こらず、次の日再びカヤックで下り、今度は民宿に泊まった。その晩のことである。

彼は異様な雰囲気に目を覚ました。真夜中、窓から月明かりが入り部屋の中を冷え冷えと照らしている。・・・誰かに見られている。視線を感じた、というのだ。だが室内には鼾と寝息が満ちている。彼以外に起きている者はいない。どこからだ?彼は泥棒だと思った。心臓の音が大きくなりひときわ耳を打つ。彼は寝たまま、目だけを部屋のあちこちに向けた。そして、視線の元をたぐる。しかし室内には何も無い。ふと月明かりが揺れる。窓外には川原が広がるばかりで木や草のような遮るものは一切無いのに、影が揺れている。ゆっくりと、目を窓外に向けた。

シルエットがあった。

そこには三つの影があった。

のっぽ、低い、そして普通の背丈の、人影。

徐々に目の焦点が合ってくる。

・・・そこには「人」が三人いた。ガラス窓に顔をべったりとつけた三人のずぶぬれの男。いずれも、何か獲物を探るかのような不気味な悪意を込めて、その6つの見開かれた眼を室内に向けていたのである。

生きている人間じゃない!

気を失った。

翌朝、彼は恐ろしい体験を仲間に話した。するとガイドをしてくれた年かさの人が、何気なく口を開いた。

あ、そうだよ。この川でカヤックをやっていて溺れ死んだ人間が、三人。よく出るんだよね。

・・・その日のカヤックツアーは皆寡黙に、慎重に進められたという。

後日、三人はじつは小屋の前ではなく、前日のテント場のところで溺れ死んだことがわかったそうである。つまり三人は、小屋まで川を、彼等の後を付いてきていたのだ。カヤックを漕ぎながら・・・

話しはこれだけである。

2004/8/30記

(後記)
不正確な点があった。泊まったのは民宿ではない。
車だ。
車に一人で寝ていたら、朝方に周りを取り囲んだ男女がこちらを見下ろしていたそうだ。


子供の顔


夜寝るとき、薄暗い天井の隅を見つめてごらん。

何か見えてこないか?

そこに、子供が見えないか?・・・膝を抱えた小さな子供が、見えてこないか?

彼が私のところへ来たのは、もう10年ほど前のことである。連日遅い日が続き、コンビニ弁当を食べながら寝るという生活をしていたころ。そのときも弁当を食べながらいつのまにか寝てしまっていた。

うー。

?何か声が聞こえる。呻き声が聞こえる。・・・俺か?

眠りに入ったか入らなかったかのとき、よく自分の声が違う方向から聞こえてくるように感じることがある。単なる錯覚なのだが、人によっては「隣で違う人の息遣いが聞こえる!」とか言って怪談にしてしまう。たんに寝ぼけて耳だけが鋭敏になってしまっただけなのだが。私はふと目が覚めてしまっただけだと思った。ちょっと息を潜めてみる。でも、

うー。

さかりのついた猫のような声がする。方向は・・・隅だ。部屋の隅だ。それも、上のほう・・・

目が自然と覚めて、その目にぼんやりとうつる天井の隅。そこに、何か黒っぽい、闇がもっと闇を深めたような影が、蠢いている。

眼鏡を取り、かける。

うわっ

・・・うー。

天井の隅には、黒い子供がいた。膝を抱えて、変な角度で浮かんでいる。思わずあげた声を飲んで、私はそれを観察した。黒くて服とかはわからない、でも表情だけはわかる。何か、全体的に皮膚がグズグズで、右下に流れたような・・・汚れた顔。(実は私はそのとき手元のメモ紙にその顔を書きとめたのだが、どこかへいってしまった。出てきたらここへ載せようと思う)

うー・・・

声の調子が変わる。私が彼を認識したということがわかったのか、地の底から湧き起こるような低い声が、いくぶん高く、尻上がりのようになってくる。だんだんと、姿ははっきりしてきて、それとともに、声は子供らしい高い声で、ちょっと変な言い方だが、甘えるような、情にうったえるような声になってきたのだ。わけもわからず呆然と見ていた私は、恐怖心から次第に同情心に変わっていく心のうつろいを感じていた。ああ、・・・土砂崩れか、洪水か、そういうのでやられた子だ・・・蒼白く汚い顔に浮かぶ想いが伝わってきたような気がした。

う。

と、呻き声が停まった。天井の隅に浮かんでいた少年は、静かにこちらへ向かって大きくなってきた。つまりは、近付いてきた。口がちょっと開いたように見える。顔の皮は、かなり人間らしさを取り戻した表情になっていた。同時に、少年から「現実味」が失せてくる。死者は、夢との境目において初めて人間としての姿を取り戻せる。言い換えれば、死んだときの非人間的な凄惨な姿から、いくぶんこちらの脳の想像力を利用して、人間らしい姿を取り戻す事ができるのだ。少年の顔は、やがて私の視界いっぱいにひろがった。私は半分寝ぼけたようになっていて、ただぼうっとそれを見ているだけだった。恐怖感はもはやなかった。

ないしょだよ。

・・・そのコトバが聞こえるか聞こえないかのうちに、ぱ、っと部屋の雰囲気が変わった。空疎で、冷ややかな空気が肌を刺す。少年は、消えていた。私は眼鏡を外して、しばらく首を振り、夢だったのだ、と信じ込もうとした。でも、手元のメモ帳には、気味の悪い絵が書き残されている。私はメモを裏返すと、ばたん、とそのまま深い眠りに落ちた。

何か私が知っていたと思ったのだろうか。子供のオバケに憑かれることは案外多いのだが、はっきりモノをしゃべるほど大きくなった子供の場合は珍しい。翌日、私はぼーっとした頭で、ないしょだよ、というコトバを反芻しながら、会社へと向かった。

会社で鞄をひらいた。そして、あ、と思った。

そこには石が入っていた。

私が拾ってきたものだ。文鎮に使おうとして多摩川で拾ってきた拳大の石だ。

石の表面。

拾ってきたときには気が付かなかったのだ。

青黒い石の表面に、白い石がざらめのように入っていて、それが、人の顔のように見えた。いや、男の子の歪んだ顔、そのものだった。口元が釣り上がり、何か苦しそうに訴える子供の顔!

・・・ないしょだよ。

帰り道、近所の公園に投げ捨てた。

その石のその後は知らない。

細い女、鎧武者、オトロシ


書こうとしたとたんにパソコンがバグった。。私の小学生のころの話。結局ハッキリした理由はよくわからなかったのだが、女の影に追いかけられた。それも、一ヶ月くらいにわたって。生きている人間ではなかった。なぜわかるかって、そいつは異様な気配を撒き散らしながら背後から近付いて、はっと振り返ると、ささっと側の電柱の影に隠れる。僅か20センチくらいの太さの電柱の後ろに、全身が隠れてしまうのだ。電柱より細い女!蒼白い顔の異常に長い、30くらいの背の高い女。ただ細くて長いだけではない、奇妙に捩じれたような、歪んだ顔をしていたのを覚えている。丁度CGで人の顔を歪ませたような、ちょっと考えられないねじけ方だった。気味が悪いと思えば思うほど気になって、しばらく電柱のほうを見ていると、影からちょっとだけ顔をずらして、じーっと、私を見返してくる。友達と遊んでいるときも、塾へ行くときも、夜道でも、日の高いうちでも、視線を感じて振り向くと5メートルほど離れた所に必ずあの背の高い女がいて、瞬時にそばの電柱の影に隠れるのだ。思い当たる事はあった。ある晩、塾からの帰り道、道端の家から出てきた老人が話し掛けてきて、何か孫がいるとかどうとかいう話しをしてしきりに家へ招き入れようとする。10分も熱心に口説かれて、どうしようかな、という気になったのだが、ふとその家の中を覗いたら、大きな写真が飾ってあって、線香が焚かれていた。・・・怖くなった私は走って逃げたのだが、あきらかにその写真には若い女性がうつっていた(顔までは見えなかった)。あれが、細い女の正体だったのではないか。何かの事情で、私を自分の子供とだぶらせて見ているのではないか。老人が何だったのか、私は怖くてあの夜以来その道を通る事はなかったのでよくわからない。でも多分そういうことだ、と感じた。結構マセガキだった私はそんな女を哀れに感じた。・・・その日も、女はついてきていた。秋陽の長く影をおとす日だった。私は近所の寺に向かっていた。時々振り返ると、さっと電柱に隠れる細い女。たぶんその姿は他の人には見えていないのだろう、夕方の喧騒の中で誰もその女の奇行に目を留めるものはいなかった。境内に入るとすっと空気が変わる。がらんとした広場の清澄な空気が私と女の亡霊を包み込んだ。今でこそ五月蝿い観光寺になってしまったが、そのころは不気味さと崇高さの同居する異界的な雰囲気を持つ寺だった。私はなんとなくそこへくれば何とかなる、と思ったのだ。本堂に向かって手を合わせると同時に、心の中で、横へ来て、と語り掛けた。すると気配がつと横に立った。姿は見えなくなっていたが、あの細い女に違いない。丁度本堂の扉は開かれ、金色に輝く大仏がこちらに向かって鎮座しているのが見える。すると、横の気配が、静かに、まるで砂が崩れるように消えていくのである。同時に私は肩が軽くなっていくのを感じた。その時初めて「肩が重かった」ことに気が付いた。やがて気配が消える。境内には誰も居ない。烏の声だけが響いていた。ちょっと寂しい気もしたが、その女には二度と会うことはなかった。

ちょっと長文にしすぎた。あとの二つは手早く。

小学生の頃、私には霊感らしきものが確かにあって、変なものの訪問をよく受けていた。その変なものの中には、律義にもノックをしたり、呼び鈴を鳴らしたりするものがいた。

ちりりりん。

あ、誰か来た。

かぎっ子だった私以外に家には誰も居ない。

はーい。

玄関に行く。摺り硝子の引き戸のむこうに、黒っぽい大きな影が透けて見える。

かちゃ、がらら。

・・・うわーっ!!

黒々とした鎧を全身に身につけ、頬当てで顔を隠した大きな鎧武者が立っていた。

かっと消えた。

うちの古い玄関は当時北東、鬼門の方角にあった。そのせいか玄関から上がろうとするモノが多かった。別項に書いた化け猫もその玄関に顕れたものである。

これとそっくりな話しをだいぶあとにテレビでタレントが話していて驚いた。それは作り話だったようだが、私は思わずパクリだ!と叫んでいた。

最後。これも古い家での話しだが、小さい頃私は悪い事をすると押し入れに閉じ込められた。まっくらな押し入れは幼い私には恐怖以外の何物でもなかった。それに輪をかけるように兄が私を脅した。

押し入れの中には、”おとろし”が棲んでるぞ

私は”おとろし”が怖くて怖くて仕方なかった。おとろしが何なのか、よくわからなかったが、よくわからないからこそ怖かった。滅多に押し入れに閉じ込められることはなかったが、閉じ込められてもおとろしはついぞ見なかった。

そんなことをもう忘れ掛けていた、小学生高学年のころの話し。

私はその押し入れのある寝室が何故か怖かった。実際にいくつか「見た」せいもあるのだが、何より雰囲気が悪かった。

誰も居ない日にかぎって、その音は聞こえてきた。

あの押し入れのほうから、何かを引っ掻く音。かりかり、かりかり、かりかり。

えんえんと続く音におっかなびっくり近づくと、ぴたり、と止む。

しかし寝室を離れるとまた、

かりかり、かりかり、かりかり

・・・がりがり、がりがり、がりがり

・・・バリバリ、バリバリ、バリバリ!!

ばっと駆け寄ると、またぴたりと止む。しばらく押し入れを開く勇気が無かったが、意を決して開けてみると、そこにはびっちり仕舞われた布団があるだけで、何かイキモノが入り込む隙などなかった。

”おとろし”じゃないか・・・

ふと思い出した。

すっかり忘れられた”おとろし”が、押し入れへの呪縛を解き放ち、外へ出ようともがいているんじゃないか・・・

そんな想像をするにつれ、私は押し入れを開ける事すら怖くなっていった。音はひと月ほども続いた。

音が聞こえなくなってしばらく後のこと、部屋にノミが飛び跳ねるようになった。動物を飼っているわけでもなく、なんでだろう、とプチプチ潰していたのだが、そのうち、嫌な匂いが漂ってくる。数日後堪らず調べることになった。

あの押し入れの天井には、天井裏に上がる穴が開いていた。

そこから入った業者さんが、あ、と声をあげた。

猫ですよ。

腐った子猫の死骸が、そこにはあった。

どうしたものか、屋根裏に入り込んでしまい、押し入れの上から下に脱出しようともがいていた、その形のまま腐っていた。

その音があの「かりかり」だったのか・・・。

”おとろし”はいない。その日以降、私は押し入れが怖くなくなった。

・・・オバケ話じゃなくてすいません。


2004/12/4「最近どこかで書いたこと」

(某コミュニティに書いた内容の抜粋+αです)

2004/11/30

先週酷い目にあいました。夜中の3時にムリヤリ叩き起こされ、見えないんですけど、明らかに嫌な煙のような気配が体に纏わり付いて離れない。物凄く訳のわからない恐怖感で体がガタガタ、で、電灯つけて明るくしたんですけど、おかまいなしに攻撃してきて、とても眠いのに体中くすぐられたり、足首掴まれたりと寝かしてくれない。最後は限界量の睡眠薬で無理矢理寝たんですが。。。翌日某大学の講堂に行って、映写のためライトが落ちた途端、見えるわ見える。走り回る子供の一団、前の人の頭上に縋る上半身だけの人等等怖。顔までハッキリ見える。こんなことは滅多に無い。前の晩のできごとがきっかけで何か波長があってしまったのでしょう。以後ダル。*しばらくして回復、見えなくなりました。

2004/12/01

私は長年不眠に悩まされています。そのため眠りをある程度客観的に意識することができたりします。夢はやはり大半が既存の記憶の整理ぽいです。言葉で思考していたものが、すっと映像にシフトする。その映像は僅かなきっかけで想像力の暴走により極端で過激な内容になったりする。これはあくまで私の場合ですけど、そんな夢が深層意識にトラウマとして残ることはありえます。私は理由も無く尖端恐怖症等に陥ったことが何度もある。 勿論前世の可能性も、誰かの記憶が侵入した可能性もあるかと思いますが。。 「きっかけ」が何かによりますね。逆に前世や霊というものはきっかけ程度の僅かな力しか持ち得ないから夢に出現するのかもしれない。

2004/12/02

なんか本棚からぼんぼん本やCDが飛び出してるんですけど。。平らに置いてあったものまでなんで水平に飛び出すの?片付けるのも怖いわ。。

2004/12/04

べつにコワイ話じゃないんですが、交換したつもりのないビデオテープが何故かデッキに入っていて、アンビリバボーの正統派陰明師除霊スペシャルが愛エプと銭金で完全上書きされてしまっていたのに気が付いた。霊番組コレクションが損なわれたことよりも、その銭金の録画途中に異様な画面ブレが発生していたのにちょっと恐ろしさを感じた。古いテープのせいかもしれないけど、埃とかのノイズじゃなくて、声が捩じれたり画面がひねれたり不気味すぎるのですぐに別なもので上書きした(ていうか今しているところ)。朝からちょっと実生活上のトラブルが続いたのも気になる。本を飛ばしたヤツのせいか??ちなみにあの頃のアンビリはやや宗教がかっていて余り好きではなかったので(この当時の陰明師流行りに便乗した企画も、山奥でホンモノの陰明師の一派が生き続けていたという場面は(まあ演出にすぎないわけだけど)とっておきたかったが、半分以上に及ぶ除霊シーンはよくあるいつものパターンだった)、すっぱり諦める事にした。一応ツタヤでビデオ探してみるけど。霊番組コレクションといえば自称陰明師を担ぎ出したことで有名?な金スマで小学生塾に出没する女子霊の話をやっていたというのを録りのがした。痛い。見ると合格するというジンクスはなんだか座敷わらし風だけど、それより連想させられたのは「ほんとにあった呪いのビデオ」シリーズに出てきた、合格祝いをやってる背後のホワイトボードにくっきり浮かんだ男子霊。詰め襟まではっきり見える鮮明さ、不意に顕れるいかにも霊らしい瞬間芸(芸じゃないか)、あのシリーズは大半が怪しいが、怪しいとしてもインパクトがあり私は強烈に覚えている。但しダビングしたものがどこにいっちゃったのかもうわからない(泣)

陰明師といえば(音楽サイトの日記に書いたが)先週藤原定家の明月記のホンモノを見に行ったのだが、その中で病気平癒だか死者追悼だかのときにいろいろやんなきゃならないけど陰明師も三人呼んどいた、みたいな記述があって、鎌倉時代に入っても平安を引き摺った生活を続けた公家社会に、陰明師がまだ生き残っていたんだなあ、と思った。それにしても三人呼んだ、って記述はあきらかに軽んじてるよなあ。清明の時代からずいぶん変わったもんだ、あるいは逆に所詮その程度のものだったのかもしれない。物部村へはいつぐらいに伝わったんだろう?やっぱり平安末期か?てことはその後も京に陰明道は堂々と続いていたことになり矛盾が生じる。歴史は一筋縄じゃない。この明月記は定家の完全なワタクシ日記ではあるが、記録的意味もあったとみられているそうで、天気のこと星のことと儀式のこと、歌会の席順のことなどが克明に書かれている。星の記述には怪星出現の記述も少なからずあり、火球やほうき星の記述が目を引いたが、一番面白かったのが三日月の暗いところに明るい星が顕れた、というもの。UFOか?それとも隕石衝突か?まあ隕石も解明されないうちはUFOなわけだけど。個人的にはマグリットの絵、闇の中に屹立する杉の木のシルエットに何故か月が浮かんでいる、というものを思い出した。神秘的だ。


 

2004/11/1「シンガポールのタクシー怪談は怖い!」

これはシンガポールのタクシー運転手の間で広げられた実際の物語です。中国の新年の前夜の7.30 pmごろのことでした。タクシーの運転手、60歳のアー・タンはBedok Reservoir通りに住んでおり、家族の夕食で新年を祝うために家路を急いでいました。

彼は、偶然Punggolの近くあたりの遠い小道を通り過ぎました。そこはかつて農村でしたが、ここ数年で廃村になっていました。そのあたりにはすべて路傍に沿った4つのバス停留所がありました。小道に沿って運転していると、バス停留所で若い女性が手を振っているのが見えました。すぐさま、彼は女性を乗せたいと思いましたが、それだと夕食に遅れてしまう。時間厳守には特別の人です、彼は、この客を連れて行かないことを決定しました。その後、彼は運転を続けました。すると驚くことに、2番目の停留所にまた女性がいて、彼に向かって手を振っているのです。この時、彼は彼女に見覚えがあると思いました。 彼女は赤いTシャツと暗いスカートを着用していたのです。光の加減で、彼は彼女の顔を見ることができませんでした。

第3のバス停留所を通り過ぎた時、彼はぞっとしました。また女性が彼に向かって手を振っているのです。女性は、同じ赤いTシャツと暗いスカートを着ています!どのようにしたのでしょうか、女性は、車より速く移動できるのでしょうか?2つの停留所の間の距離は遥か0.8KMも離れています!この時、彼は本当に恐ろしく感じてアクセルを強く踏み込みました。第4の停留所を通り過ぎるとき、女性が車に向かって飛び込んできた!

彼は、少なくとも100KM/Hの速度で運転していました!女性は車の上に跳ね上がると、バス停留所の隣の排水管の中に落ちました。アー・タンはあまりの恐怖に大声で叫びました!犠牲者は赤いTシャツと暗いスカートを着ていました。アー・タンは非常に暗い気分になり、新年を祝おうという気持ちなどなくなってしまいました。

最後に、彼は、警察に出頭することを決めました。ほどなく赤いTシャツと暗いスカートの死体が見つかりました、それは20から25才くらいの若い中国人女性でした。ここでアー・タンの恐怖が証明されました。女性の死因は自動車事故によるものではなく、鋭い刃物によって突き刺されたためだったのです!彼女は約三日の間、既に死んでいました。身体は既に腐食し始めていました。

警察の事情聴取の後に、アー・タンは出来事を全て考え直してみました。もちろん、警察は彼の供述にくすくす笑い、別の「本当の」情報を欲しがりました。

1週間後に、アー・タンの悪寒はやっと収まってきました。何という偶然、彼は、自分のタクシー・ナンバープレートの番号で4-Dの1等賞を当てました。彼は大金を勝ち取りました。とても喜びましたが、彼は不運にも、風呂場で突然倒れ、右腕を砕きました。そしてChangi病院へ入院しました。

病院では、毎晩悪夢を見るようになりました。赤いTシャツと暗いスカートの若い女性が、「Ah Peh, li di si lo lai?」(おじさん、いつ来るの?)と彼に話し掛け続けるのです。彼は本当に耐えられませんでした。

さらに、炎症が傷を膿ませ始めました。幸いに彼の友人の一人が道教の僧侶で、儲けた金を「安全」のために放棄することを提案しました。彼はアー・タンに、女性のゴーストが深刻な不満によって苦しみ、ひどい悪霊になってしまっていると告げました。

「彼女はいくつかの理由により殺害者に復讐することができなかったので、アー・タンが彼女の再生のための「身代わり」に選ばれた。4Dで儲けた金は命と引き換えに使われるべきです!」

精神の戦いの後に、それとは別に女性はまだ彼を悩ませました。彼は断腸の思いで彼の100,000ドルを放棄しチャリティー共同募金に寄付しました。まことに奇妙なことに、彼は病気から急速に回復しました。

すべては終わったかのように見えました、しかし彼がお金を失って束の間ののち、彼の妻が4-Dを再び獲得しました。それは$100,000でした!なぜでしょうか。ある日、妻は市場に行って、いくつかの野菜を買いました。彼女は包み紙が例の若い女性の殺人事件について書かれた古新聞であることに気づきました。おかしなことに、そこには4つの数字が書かれていました。そこで彼の妻はその番号を賭け続け、当てたのです。夫婦の猛烈な議論の後に、アー・タンは金銭を寄贈するように彼の妻を説得することに失敗しました。深い心配がアー・タンを悩ませ始めました。彼の妻がおかしな考えを抱きはじめ、赤いTシャツと暗いスカートを着ることが好きになっていったのです。彼女は、狂っていったように見えました。また、どんどん癇癪が酷くなっていったのです。ある朝、彼女は、急に生活が無意味であるとアー・タンに伝えました。この時は、アー・タンにとって決定的でした、彼は金銭をすべて直ちに放棄しました。またあの寺院へ彼の妻を連れて来て、煉獄から若い女性の魂を解放してくれるように僧に依頼しました。

この出来事の後、彼は4-Dを買うことをやめました。いや、あらゆる種類の賭博をやめました。つい先ごろ、彼はタクシーライセンスを放棄しました。

Po Seren筆

~http://www.ghost-cafe.com/より

ほんとはブログに訳出しようと思いましたが、原文の単語が変に難しくて苦労したのでもったいなくなりこっちに載せることにしました。よくあるタクシー怪談が、なにやらいかにも東南アジア的な土俗と精霊の世界に収斂していくのが面白い。4Dは4つの数字をあてずっぽうに書いて当てる高額クジですね。クジにまつわる話は江戸時代にあったような気がするが忘れた。


2004/11/1「大蛇に呑まれた話」

鎌原石見守重宗は代々上州吾妻郡三原の庄鎌原郷を領地とし、よって地名を氏とし、初め武田氏につかえ、武田氏滅びてのちは真田氏に仕えた。かつて一人の少年を従え、近傍の地(山澤と呼ばれる場所)へ釣りに赴き、自らは熱心に釣り糸を垂れて、少年は川の上下を駆け巡って遊んでいた。すると間もなく川の下流から少年の叫び声が聞こえる。重宗急いで下流に赴くと、時既に遅く少年の姿が見えない。目を巡らすと水中に一匹の大蛇がいるのに気が付いた。これが少年を呑んだに違いない、と直ちに衣を脱ぎ捨てて。褌に刀を差して水中に潜り入って見れば、その大蛇は既に少年を呑み終わって、その腹を臼のように太くし、身動きもならない姿になっている。すわ重宗は刀を抜き蛇の首を一刀両断、これを岸に引き揚げて、その腹を裂いてみると果たして少年の姿があった。少年を引きずり出すもこの時既に息が無く、しかしまだ絶息して間も無いということから或いは蘇生するかもしれないと種々の介抱を加えたところ、忽ち息を吹き返し、再びこの世の人となった。重宗は少年に向かい、今までの様子はどうだったかを問うが、少年は呑まれるときは何の感じもなかったが、ただただ暗くて何物も見えず、暫くして腹中に入った頃に、熱湯を頭部に注がれる心地がして、それより感覚を失ったと言った。この少年は大きくなって沼田公に仕えるが、蛇の腹に入って後は、頭部に一本の毛も生えなかったという。

~青木貫之進筆「古今東西逸話文庫」M26

妙にリアルなので載せた。ほんとに日本にはニシキヘビ並の大蛇がいたのではないかと思わせる。呑まれた様子もなんかリアルで、特に胃に入ったとき頭から恐らく胃液を降り注がれるところなど、医学的知識のなかった時代にしては妙にリアルである(もっとも蛇は消化に一週間以上をかけることがザラで、呑み込んだ途端胃液をドボドボかけることなんて一般的にはありえないのだが)。生還ののち頭に一本の毛も生えなかったというのは、胃液で毛根が全て溶かされてしまったのだろうか。鯨に呑まれた人の話を思い出してぞっとした。


2004/11/1「小理屈に弱いインテリキツネ」

渡辺華山の墓は三州田原城寶寺にある。里人が華山の墓に詣でれば、狐狸に憑かれていても落ちるといって、今はとくに参詣する人が夥しい。華山が生前雇っていた従僕に一人の娘があった。かつて狐に魅入られたことがあり、その時は一朝にして漢学に精通し、四書五経を暗唱できないところはなかったという。華山は早速娘に会い、おまえは深く漢籍を暗知していると聞く、然らば問おう、論語に「子曰く」は何個所あるか。憑かれた娘は言葉に詰まり、忽ち正気に戻った。そのため華山を狐払いとして崇拝する者が多くなったという。

~石川鴻斎筆「古今東西逸話文庫」M26

有名なパターン話であるがインテリ狐というシチュエイションがちょっと面白かったのと有名人の名が出たので載せてみました。この本、新聞のコラム記事を集めたものだが、こんな話ばっか。


 

2004/10/17「アカデミズムは霊を肯定するか?」

堅い題名だが話はカンタン。うちの大学の日本民俗学の教授にその世界では(今でも)チョー有名なM教授という人がいた。妖怪やオバケの研究で知られていたが、いたって真面目な学究的な人で、扱っているものの「いかがわしさ」にそぐわないとても厳しい先生だった(単位がとれないという噂を聞いてワタシはその授業をとる機会をみすみす逃してしまった)。あくまでガクモンとしてオバケ話を扱っているのだなあ。テストで学生に自分の聞いた・体験したオバケ話を書かせたなどという話も聞いたが、当時都市伝説のたぐいが流行りだした時期で、とくにうちの大学はそのてのものが多い学校だったから、そういうこともやってみたんだろうな、と思った。いずれにせよ、ガクモンとしてやっているわけだから、当然オバケなど信じちゃいないだろうなあ。当時学生寮でリアルオバケに悩まされていたワタシはなんとなくそんな気がして敬遠していた。

日民の研究室に友人がいた。うちの研究室の隣だったので(ワタシは不良学生だったから研究室など殆ど行った事もなかったが)なんとなく話をしていた。そこでM先生の話題が出たとき、その友人は言った。

あの人、ホンモノだよ。

?・・・ホンモノって?

・・・このまえ、研究棟の廊下を歩いていたらさ。階段の上で、下の方を向いて、先生が立ち尽くしていたんだよ。そばに行ったら、下の踊り場を見つめてるんだ。そこには何も見えない。

どうしたんですか?て聞いたら、言ったさ。

「そこに、いる」

・・・気味悪かったさ、ここ、あんまり気味のいい場所じゃないから。踊り場に、何か、いたんだってさ。そんなこと、結構よくあるんだよ。あの人、そういうの見えるらしいんだ。

もう結構な年の先生の横顔が浮かんだ。気難しそうな学究肌。・・・でもそのモチベーションの根本には・・・自分の「霊感」があったのか?

柳田民俗学の流れうんぬん。それとは別に、この人はそういう理解しがたい「体験」を解消するために、敢えて科学的というか、ガクモンとして割り切りたくて勉強を重ねてきたのかもしれない。今でもどこかの学校で教壇に立っていると思う。そして、その学校でも、たぶん・・・見ているだろう。

ちなみにそのころのうちの日民教室はけっこうすごくて、有名な人が出たりしていた。私の友人のその後のゆくえは知れないけれども。


2004/10/12「女がいる」

ダウンタウンDXで渡辺徹が語った奇談のひとつ。付き人が家に帰りたくないという。なぜかと聞くと、部屋に女がいるらしい、というのだ。自分は一人暮らしで、女なんていないはずなのに、友達が彼の家に電話をすると、女が「もしもし」と出るのだという。「おまえ同棲してんのかよー」とからかわれて、驚いて自分でかけてみると、留守電に切り替わった刹那、かちゃっと受話器を取る音がして、「・・・もしもし」と確かに女が出た、というのだ。渡辺さんはそんなバカなことがあるわけない、と自分の携帯で付き人の家に電話をかけた。すると何度か呼び鈴が鳴ったあと・・・

「・・・はい」

確かに女が出た。二人は急いで付き人の家に向かった。鍵をあけて薄暗い中に入ると、そこに女はいない。でも、何かむずむずするような、イヤーな感じがする。・・・押し入れからだ。

渡辺さんは押し入れをがら、っと思いっきり開けた。

女の首があった。

うわっ!!

のけぞる二人。でも、よくよく見るとそれは、マネキンの首であった。付き人は酒癖が悪く、よくこういう拾い物をしてくるという。マネキンの首を捨てると、現象はそれきりおさまったそうである。稲川話に箪笥の後ろの戸棚に隠された子供の人形が抜け出す話があるが、それにとてもよく似た話ではある。

「痰吐きおばけ」

この付き人、よく魅入られるようで、「痰吐きオバケ」にもあったという。夜中胸をボン、と叩かれて目を覚ますと、胸の上にオッサンが座っていて、ぐーっと、顔を覗き込んでいる。しばらくするとオッサンは立ち上がった。そして、流しに行って、カーッ、ペッ!と痰を吐いて消えた。

翌朝流しを見ると、大きな痰が流れずに残っていた。これは渡辺さんも見たらしい。

「イチゴ侍」

同じ時にもうひとつ奇妙な話をしていた。イチゴ狩りの夜、扉がすーっと開いて、とことことことこと、小さなサムライが、まっすぐイチゴを積んであるテーブルに向かう。そしてぴょん、と山に飛び乗ると、イチゴを両手でかかえ、おもいっきりガブッと食い付いたそうだ。翌朝、歯形の付いたイチゴがあったとかなかったとか。

いやはや、面白い人だ。


2004/10/12「顔でかい」

ダウンタウンDXで東幹久が言っていた話。子供の頃、家に一人でいたら、玄関の扉がかちゃ、と音をたてた。姉が帰ってきたと思って、おどかしてやろうと物陰に隠れたが、それっきり誰も入ってくる気配が無い。あれ、と思って不意に振り向いたら、肩口に、おっさんの巨大な顔が乗っていた!うわっと床に転げると、オッサンの顔だけが、見たことも無いような奇怪な表情をして、ぐいぐいと迫ってくる。とっさに伸ばした手の先に殺虫剤があった。それを取ってとっさにその顔に向けて殺虫剤をスプレーすると、オッサンの顔はふわっと上に上がると、天井に消えた。なんだかわからないものだったという。

ほん怖で、オフィスに一人残っていたOLが、机の下に異様な雰囲気を感じて覗き込んだら、巨大なオッサンの頭があって、にや、っと笑ったという話があった。


2004/10/12「日本兵がいっぱい」

グアムで中尾彬が10数年前経験した話。この人もよく見るらしい。夜ホテルで寝ていると、「パタッ、パタッ」と何か音がする。何かと思うと隣で寝ていた同行の人が、「中尾さん、来たね」と言う。はっとして入口のほうを見ると、日本兵が一人立って、敬礼している!ぎくっとしてベッドから床を見下ろしたら、兵隊が4人、床を這って匍匐前進していた!・・・グアムやサイパンではよくある話であるらしいが、森久美子も同様の経験をしたとダウンタウンDXで言っていた。ラバウルなんかにはこういう話はないのだろうか。松谷みよ子さんの著作に、南方に遺骨拾いに行った人が、足元の砂を集めると、小さな兵隊が沢山出てきて、わーい、日本へ帰れるぞ、と喜んでいた、という話があった。ちなみに自衛隊の先輩によると戦時中日本軍と米軍が激しく闘い、日本軍の全滅で幕を閉じたことで知られる小笠原南端の某島(自衛隊以外立入禁止)にはもう兵隊のオバケがうようよしていて、ノイローゼになる隊員も多いという。


 

2004/10/12「エレベーターはぎっしり」

ダウンタウンDXで森久美子が言っていた話。以前住んでいたマンションで、深夜にエレベーターに乗ろうとした。するとがーっと開いた中から、大人6人と子供が10人くらい降りてきた。驚いて叫び声をあげたら無反応でそのまま去っていった。空のエレベーターの中に入ると一人で一杯・・・確かめるとエレベーターは4人乗りだったという。この人はヨーロッパでもオバケをよく見たというからさしずめ昔で言う「見鬼」である。


 

2004/10/10「ハラキリ死刑あれこれ」

江戸時代のハリツケや火あぶりって、予め罪人を絞め殺してからみせしめ的にやったんだって。ハラキリも扇腹(刀を使わず扇を当てて腹を切ったことにする)で結局介錯人が首を落とす場合が多かったらしい。戦国の頃は立ったままハラキリして内臓を掴みだし投げ付けるのが戦場では普通、千利休は秀吉に自刃を命じられ、茶室に花を活け茶をたててのちハラキリ、内臓を掴みだし壁に引っ掛けておいたらしい。また、農民には帯刀が許されていなかったので、鎌腹といって農作業の鎌で腹をかっさばくようなことも行われたとか。いたそー。唐突だがチベットでは死刑用の籠があって、中に押し込めて崖から落としたらしい。また、川に沈めるというやり方もあったらしいけど、まるで鼠みたい。その籠がどこぞの民族学博物館にあるとかないとか。もっとも模造品らしいけど、よく怪談のネタにされてるそうです。 (某ブログより転記)


2004/9/25「カテドラル教会泣き石消滅」

「泣きモノ三題」でこの物件について書いた。私が行ったのは86年くらいのことなのでかれこれもう20年近くになる。簡単に語るなら現代的な大聖堂で知られる東京は文京区関口のカテドラル教会敷地内、ルルドの泉の右側の鬱蒼とした森の中に分け入ると、怪しい仏像と石碑があった。仏像は首がなく、かわりに長円形の石が載せられている。この首がわりの石を「八兵衛の夜泣き石」といった。文京区はかつてキリシタン弾圧の伝説を数多く持つ地であった。この近所にもかつてキリシタン屋敷があり、その近くに置かれていたものという。拷問にも屈せず改宗を拒んだキリシタンの八兵衛という男がいて、最後は生き埋めにされた。そのとき残酷にも天国へ昇ることすら叶わぬよう、長円形のこの大石を載せたというのである。それ以後、夜な夜な石からすすり泣く声が聞こえるようになった。また、人が「八兵衛苦しいか?」と石をこづくと、グラグラと揺れるという伝説が伝えられてきた。仏像は石と並置されていたものだというがはっきりしない。伝承をつたえる石版も立っていたように記憶される。

今日、ふと思い立って行ってみた。

ルルドの泉に向かった。そして驚いた。泉の右側には新しい司祭の家が立っていて、森は石積みと雑草の山になっていたのである。小さな石碑がふたつあったがそれはあきらかに違う。とにかく狭く、唯一森に分け入る小道脇の織部灯篭(江戸時代に愛でられた茶道様式の灯篭だが、胴部に両手を合わせた人物像が彫られ、全体の形が十字架様をしていることから「キリシタン灯篭」と呼ばれることがある)のみがかつての雰囲気を遺していた。聖堂の案内所で聞くと、よく聴かれるんですよ、と言いながら、もう20年も前のことで、誰も覚えてないんです、とのことだった。大司教館なら分かる人がいるかもしれない、とのことだったので、早速そちらを訪ねた。しかし出てきたおじさんも困った様子で、わからないねえ、と言う。ただ、この教会から他へ何かを委譲したことはないし、捨てることも絶対に無い、おそらく倉庫にしまってあるんじゃないか、とのことだった。

ああ、だめか。

と、おじさんがふと一言。「でもここ、元々移転してきたんだよ。小石川教会だったから、それもそちらから持ってきたもののはずなんだよね」

小石川!そうか、忘れていた。小石川はキリシタン弾圧の本場だ(どういう意味だ)。そうか、あっちにあったのか。

ならもう、2度も3度も動かされ・・・土の下の八兵衛はもう、どこに埋まってるんだかわかりゃしない。ましてやぐらぐら揺れて泣くこともあるまい。天に昇って今は安楽に暮らしていることだろう。

そんな物件にはもう「かつてこういうことがあった」という話ししか残らない。実物を見たところで仕方ないだろう。

私は最後に再び森に入った。ふと足元に一抱えくらいの石が目に入った。形が違うのでたぶんこれじゃないだろうが、まあ、これと信じて写真でもとっておくか、とシャッターを押した。遠く聖堂からオルガンの音が聞こえてきた。手持ちぶさたになった私は胸突坂を永青文庫へ降り、国宝の人斬り包丁をいくつか見て(ほんとに包丁のように寸胴なものもあった!)、椿山荘をぐるりとして帰途についた。伝説物件は儚い。行かないと一生見られないものもあるかもしれません、ソレ好きのかたはまだ行ってないところがあったらそっこ行きましょう。

(後記)夜泣き石は現在小石川のキリシタン屋敷跡に戻されているとのことである。最近の雑誌で知った。

PS

銀座で飲んだら酷く悪酔いした。ビール2本でゲロゲロになり、翌日頭が痛くて一日寝た。体調のせいかもしれない。でも、私は確かにアレを見た。銀座の交差点を歩く、泥だらけの兵隊の列・・・。ぞろぞろと5、6人の兵隊が、平然と列を作って歩いているのだ。え、と思って振り向いたら・・・その一人の背中が透けて、むこうの女性の黒い服が見えていた。あ、ヤバイ!その列の先頭を目で追った。するとそこには紺の服を着たぱりっとした老人がいた。白いソフト帽を被っていた。しかしそうとうな年であることはその杖の突き方でわかる。ああ・・・たぶん戦友か・・・それとも戦後遺骨拾いで拾ってきたのか・・・それとも上官一人生き残って、部下が死んで・・・・と一瞬のうちに想像を巡らした刹那、最後を歩いていた軍服の男が、がっと振り向いた!目がまっ黒かった!・・・・そんなことがあったわけで、いわゆる死者の毒気にあてられたんだろう、と思った。今日カテドラルへ行ったのは、そいつを払う目的もあったのでした。


 

2004/9/23「記憶」

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ついてくる

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人手蟲

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腕呑む犬

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佇む影(西表の爆死者)

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 〜あとで聞くと、この前の海で戦後、残った弾薬を使って爆弾漁をしていた男が誤って自爆し、バラバラになって死んだという。


ハンドルを握る手

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揺れるハンケチ

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肩甲骨から入るもの

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電柱の上

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蒼い影

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カーテンの下の手

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歪む女

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by r_o_k | 2017-08-12 12:18 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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