百鬼夜話21「幻の小屋」-30「風のはなし」(補記あり)

百鬼夜話(1989~2000)
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~学生時代からのメモ集でまったく他人に見せる気が無かったものです。ジャンルや書き方が一定しないのは、「怪物図録」のほうも同じですが、あえてそれを狙ったものです。単に謎という意味であるオカルトを「怪談」というカテゴリに押し込め、スキモノだけが季節に楽しむのは奇妙である、もっといろんな「不思議」に目を開き、古今東西問わず、どの国でもどの時代でも、自分の体験談も単なる歴史的記録も含めて混在させ並べておけば、人によって「これはよくわからない」「これはぴっとくる」という差異が出てくるはずだ。本来は「怪異」というものは生活を構成する様々な要素の中のごく一部にすぎない、めったに現れない「だからこそ怖いのだ」という持論を証明できるのではないか。そういうふうに怪談のようなもののありようを問い直す、もっと端的に言えば世の混沌を不思議の観点から俯瞰するように、その中からおのおのの琴線に触れるものを取り出して語り広げれば楽しいんじゃないか、

と学生時代に思ったものの成れの果てです。

というわけで続きです。

***

第二十一夜、幻の小屋

カンワキューダイ(いきなり)

この小噺集を始めようと思ったのは、古今東西怪話のなかにシチュエイションこそ違えど同じような幻想的モチーフが、互いの連関無く言わば同時多発的に出て来る。それが妙に面白く、これは人類の解明されない遺伝情報(もしくはゴミ遺伝情報)の中に刻印された始源的な記憶・・・

アフリカに現れた「人類の偉大な母親」の個人的経験とか・・・

の顕れなのか、などとSF(死語)っぽい空想を抱きながら、それがそれとなく伝わるように、なるべくごちゃ混ぜで並べ立てようとしている。もともと学生時代に日記風に書き連ねたものをベースとしているので、一寸「足りない」話しや、著作権的にまずそうな話し(これが多い)を省くと、個人的経験や江戸の昔語りに偏らざるをえず申し訳ないと感じているが、このシリーズこれからもちょっと気長に(細々)書き続けて行こうと思っているので、後々其の意図が表れてくれば「まあオッケーじゃないか」とは思っている。

さて。

英国デヴォンのヘイターに近い森には、幻の小屋が現れる。

ある女性が、森に接した小道を歩いていると、木立を透かして一軒の小屋が見えた。あとでこの森の所有者に何気なく尋ねた。

「あそこはどなたが住んでいらっしゃるの?」

所有者は驚き、そんなものは無い、と言う。急ぎ彼女は現場に戻ってみたが、二度と見つけることはできなかった。

暫く後に、森の反対側のバンガローに移り住んだ者が、矢張りその小屋を見た。また、陸地測量部の職員が、一度は見失ったものの、小高いところから見渡して、再び見つけたということがあった。

煙突からは煙がたゆぎ、洗濯物が干され、はためいていたのだという。

早速その場所めざし下るが散々探してもどこにも見つけることができなかった。途中犬を連れたご婦人と出遭ったが、そのご婦人も小屋を探していたという。

小屋の姿形と、位置は常に同じ。但し、該当するとおぼしき地点には、古来家など建ったことすらなかったのである。

隠れ里、という言葉がうかぶ。しかしあれは江戸時代、ひそかに山中を開墾して幕府の取り立てから逃れようとする貧しい農民の隠れ田だったのではないか。それよりも、同じような話しは現代日本に語り伝えられている。山岸涼子氏のエッセイマンガに、関西や東北でのタイムスリップ?経験をつづったものがある。ここで出て来る「嫌なイメージ」というのがまさしく、「同じ所を何度も行き来し闇夜に迷ううち辿り着いた一軒の小屋、灯りがともり誰かいるはずなのにしんとしていて、恐ろしくなり立ち去った。そのあと、二度と見つけることができない」という話しで、それをよむまえにこのイギリスの話しを知っていただけに、

「ああ、同じだ」

と思った。近年話題となった(少し食傷だが)「新耳袋」にも、関西での同様の話しが掲載されている(しかも山岸氏に極めて近い場所での話)。最近の映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」、隠喩のうちに表現される魔女の「雰囲気」、クライマックスの「あるはずのない館」は、やっぱり同様のイメージだ。

異世界に迷い込み、そこの忌まわしき住民と邂逅する寸前、その得体の知れない恐怖。

前に自由が丘のお化け屋敷のことを書いた。一歩踏み入れると得体の知れない場所に転送されてしまう、ということになっていた。イギリスには「妖精の輪」の伝説がある(イエーツだったか、小泉八雲(個人的には最高傑作と思う)最晩年の「ひまわり」にも、今は亡きブロンドの友と妖精の輪を探す子供のころのエピソードがあった)。

野原に草を倒して描かれた丸いわっか(「ミステリー・サークル」よりはずうっとちいさい)、踊る妖精に誘われるまま足を踏み入れると、妖精の世界に封じられて、永遠に抜け出せない。外の連中は目の前に見えるのに、相手側には姿が見えない。たまに声だけが木霊のように届く。運良く出られても、時の流れが違うせいか、長い長い年月が経ってしまっていて、知り合いなどひとりも残っていない。異界からの土産は、虚無と絶望だけだ。

そう一度きりの海外旅行、イギリスに一月余り滞在したことがある。オックスフォードで学生に英文法をレッスンしてもらっていた。3週間の間にひとり、こういう話しに乗って来る人がいて、ひとしきり盛り上がったのだが、

浦島太郎

の話しをすると、ひどく驚いていた。妖精の輪にそっくりだというのである。言われてみれば骨子だけを追うと似たところがある。戻ってみると「ひどく長い年月が流れていた」部分など、そっくりである。

「いや、ひとつだけ違うわ」

「自分で判断する」自由を与えられたところが違う、と彼女はいった。選択肢を「玉手箱」という形に託して与えたわけである。太郎は「あちらの世界の時間」か「現実の世界の時間」かどちらかをえらぶことが出来た。

太郎は「現実の時」を選んだ。

考えてみれば、浦島は別に竜宮城へ行かなくても断れば良かったわけで、自業自得色も強い。巻き込まれやすい人間が結局逃れられない運命に流された、一種説話ともとれる。浦島はじつは戦乱の半島から逃れてきた王族を救い、半島に渡って共に戦ったものの、滅亡を前にして国へ帰されたのだ、というひどくリアルな想像を持っていたのだが、

「幻想的解釈」のほうが数倍美しい。歴史は所詮推論にすぎない、であればそれもまた想像の世界、美しければ美しいほど想像は人を豊かにする。矢張り浦島は海上の妖精に誘われ、シレーヌの声のうちに時を忘れたのだろう。

話しが流れたが、島国同士(そして歴史のはじめにおいて征服者であったという点においても)イギリスと日本の感覚は似通ったところがある。東西同じような幻想がある、というだけで、何か楽しくなっては来ないか?
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・・・
第二十二夜、凄惨

或日光圀父に従い斬囚を桜馬場に見る。

其の夜に父、光圀へこう命じた。

「昼の斬首を提げて来い」

馬場は館の西南にあって樹木鬱蒼とし、夜は暗黒、恐ろしいことこの上ない。

しかし光圀直ちにこれに赴き暗中模索、遂に首を見つけると、あまりの重さに髪を引っ掴み、引き摺り引き摺り、何食わぬ顔で父君の目前に現れた。

父直ちに刀を賜いてその剛胆を称えた。

光圀、生まれて僅かに七年也

(内外古今逸話文庫明治27年刊より)

*光圀:御老公こと水戸光圀公、黄門サマのこと。

・・・
第二十三夜、ハンドルを握る手

用事があり昼間に社外を歩いた日のこと。道路脇に並ぶ路駐車の列のそばを足早に歩く。ふとある車・・・白い中古車・・・が目に留まった。人が乗っているような気がする。だが人影はない。一寸路測に停めてすぐ去るような車には、人が乗っているような気配を感じることがある。エンジンも止まっているが確実に人気(ヒトケ)がした。別にそれで興味をひかれたわけでもないが、通り際それとなく車内を覗く。

後部座席にぬいぐるみが二、三個転がっている。運転席に目を移すと・・・やはりどうも、人が乗っているような気がしてならない。視界には黒光りするシートとハンドルしか入らない。

いや、「人」がいる。

背中がチクっと痛む。例の感覚だ。しかし座席に、ではない・・・それはハンドルの奥の「暗がり」に感じられた。横目にフロントをすり抜けると、とんでもないものが見えた。

ハンドルの「軸」を、しっかりと握る手。

その手首は、座席でなく、ブレーキやアクセルのある、足元の闇から伸びているようなのだ。否、伸びているといっても、はっきりと見えたのはか細い手首だけで、その「根元」がシートでなく計器類の方向にあること以外は、どうなっていたか定かじゃない。見るなり恐怖で、逃げるように去ってしまったから。

あの車は、事故を起こすのではないか?

ハンドルを「取られ」て・・・

(1993/7/11記)

・・・
第二十四夜、金庫の音

「あれっ」

「又よ」

旅館に帰って一息ついて、へたり込んだ畳にざらっと感触がある。指先に白い粉がうっすら付いた。

昨日もだった。

「ねえ、旅館の人に言った方がいいよ。掃除手抜いてるんじゃない」

「他は綺麗なのにね」

五人部屋に三人、十分すぎるくらい広い。広い窓から海が一面に見渡せて清々しく、振り向けば飲みさしの茶もポットもきちんと片付いているし、座布団も綺麗に並べ直され、ゴミ箱も片づけられている。床も綺麗だ・・・僅かに散った白い粉を除いては。

指を鼻に近づけると、香の焚き滓の様な匂いがした。

「消毒薬かなにかなのかな、虫がいるのかなあ」

ぞっとして塵紙を抜く。

「そんなに汚くはないけどね」

「昨日の夜中、そういえば」

「あ、私も聞いた。なんか、モノオトでしょ」

「そう。こと、こといってた。虫にしては音、大きかったな。

・・・鼠?」

「キャ」

コトミが立ち上がった。

「言って来る」

「あ、私も、飲み物買って来る」

二人を尻目に、拭った塵紙をごみ箱へ投げる。外れてしまうが体に力が入らない。ふと見上げるとケイコの視線がこちらに注がれていた。

「・・・私はいいわ。疲れちゃった。」

「レイコずっと海入ってるんだもん。休んでなよ。何がいい?」

「ウーロン茶」

ふたりが出て行くと、ほっと息が出た。もう一枚ちり紙を抜いて、床の粉を拭い取ろうとするけれども、背中が重くどうにもだるくてやめてしまった。泳ぎ疲れたにしては、何かもやもやとしたスッキリしない気分だ。

「おかしいなあ」

茶卓越しに海のほうを眺めると、霞んだ水平線にむかって銀の波が無数にさざめいている。ぼうっとしてただ眠るでもなく畳に転がったまま、動けないでいた。

ことり。

ぎくり、無防備な気分が吹き飛んだ。何?

ことり。

部屋のどこかで音がする。

こと、こと。

ああ、あの音・・・昨日の音だわ。

鼠だったら、嫌だな。でも近いわ。低い位置を目線が泳ぐ。ふと畳の粉が、筋を作っているのに気付いた。筋を辿ると、テレビの置かれた棚の下に向かっている。

こと。

そこからだ。

「・・・金庫?」

それは貴重品用の金庫だった。コトミがこんなものにお金払うのおかしいって、使わないことになったコイン式の貴重品入れ。

ずる。

蛇のように這いずって金庫に身を寄せる。

すると、

かちゃり・・・

「ひゃ」

勝手に開いた・・・いえ、気のせいだわ、そんなはずない。ちゃんと閉めてなかったのよ。部屋係のせいだわ。掃除のこともあるし、この旅館すごく人気ある割に・・・

ことり。

僅かな闇の中から残響を加えた音がハッキリ響いた。思い切って大きく開く。覗き込んだ中には、何も見えない・・・

いや、小箱がある。

白っぽい布で包まれている。

考えるより先に手が伸びた。だが届くより先にひとりでに結び目が解けて、

ごとりっ・・・

現れたのは白磁の小壷、つまみ付きの平蓋がはずみで落ちて、金庫の底に大きな音をたてる。

中身が見えた。

白い粉・・・

むんと漂うは、線香の香りと、何かをさんざん焼いたあとの、燃え滓のような匂い・・・

灰。

「いや!!」

ばたむ、と金庫を閉める音と、部屋の扉が同時に鳴った。

がたがたと震える前に、不思議そうな顔の友人たちがいた。

「部屋、変えてくれるって・・・変なのよね。もう満室ですって言うところを、無理して空けてもらったでしょ、ここ。なのに他に空き室があるなんて」

「変える必要ないわよ。メンドーだし、明日帰るんだから」

投げ渡されたウーロン茶の冷たさに、我に返った。

「か、変えてもらいましょ・・・」

変に上ずった声が出て、立ち上がる。・・・?、体が動く。金庫の方を見ないように、荷をまとめはじめると、友人二人、顔を見合わせた。

・・・何と最上級の部屋に変わった。さっきの部屋よりさらに2~3畳大きく、景色は山側で少し落ちるけれども、小さな露天風呂が付いている。変わるのを面倒臭がっていた子が、真っ先に飛び込んだ。肩が軽くなったような、今度こそ晴れやかな気分になって、へたり込んだかと思うと、深い溜め息が出た。

笑われた。



翌朝こっそり旅館の主人に、あの部屋と、金庫の話しをしてみた。

真面目な顔でひとしきりきいた後、頭を掻きながら、老人はひとこと、

・・・あの部屋、普段はお客さん入れないんです。

それきり口をつぐんでしまった。無理を言ってあけてもらった、という友人の話しを思い出した。

金庫に何か忘れ物が・・・

もう無いはず、です。

くるりと後ろを向いた主人には声を掛ける隙がなく、そのまま支度をして会計をすませると、旅は終わっていた。

(分骨用の骨壷なんだろうけど、いわくいんねんが全くわからないまま終わるのが良いなあ、と思った。多分昔金庫に(事情でわざと忘れたのかもしれないが)置き去りにされたことがあって、無論どこかへ引き渡されたんだろうけども、忘れられたことへの得心のいかぬ「念」が金庫に留まってしまったんだろうな、と想像する。)
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・・・
第二十五夜、武者の聖域

別項にも書いたが鎌倉に通称「やぐら」と呼ばれる横穴がある。山肌に密集するさまは横穴古墳を彷彿とするが時代は隔絶して鎌倉時代より室町南北朝にいたる東国武者の慎ましい墓堂である。ごく狭い山海の迫る地であることから、死者をほうむる場所にも事欠いて、山肌に穴を穿ち死者が出ては次々と追葬をしていったようだ。樹叢の中ぼこりとあいた黒い入口を覗く。暗い中に半ば壊れた無数の五輪塔(石の継ぎ目やその下などに骨壷を納める)が林立する。見るからにおそろしいものだ。何故か徹底した調査がおこなわれず鎌倉市だけで4000は数えるのではないかというあいまいな数値しか目にしたことが無い。其の理由は証拠が少なく答えの無い謎を追うばかりになってしまうから、という以上になにか触れてはならぬ厳しいモノの拒む雰囲気がそうさせているのではないかと想像する。

本当に文献等一切残らないことから本来の姿は想像するしかないが、大きさも形も様々で、石仏を並べたむしろ寺のお堂のようなものから、前室に五輪塔を置き本当の後室をブロック状の石で塞いだもの(大抵のやぐらは入口に木戸を嵌めて出入り自由にしていたらしい)、彩色を施し壁に色々な種類の彫り込みや掘り出しの塔、仏像の類を設けたもの、正方の床にサイコロの如く整然と、丸穴を16個穿ったもの(16の井と呼ばれるが、本当の利用方法は不明)、ちいさなやぐらの底に大穴を掘り、死者を屈葬した大甕を埋め込んだものなど、興味を持ったら奥深いものだ。

・・・だが、気をつけなければならない。これは凄惨な時代において最も凄惨な日々を送った荒くれ武者の墓所である。姿こそ見えないものの、敏感な方は必ず何かを感じるだろう。

訪ねて良いことが起こるわけもない。何個所か有名なやぐら群がある。寿福寺の有名な墓地に並ぶ整然としたやぐら達は良く管理されまた近年再利用されているものもあり、全てが綺麗に整えられている。草も抜かれ荒石も除かれている。こういうところは非常に清澄で良い。ちなみに実朝、政子の墓堂とされるやぐらには、漆喰の塗られた跡や唐草文様の痕跡があり、初期やぐらが壮麗に飾られたものであったことを窺わせる。この周辺、東慶寺の美しく大きなやぐら群(大佛次郎などの墓もある)、前述の十六の井周辺、線路を挟んだむこうの、最も巨大で壮麗な仏像彫刻で知られる明月院やぐらはいずれも非常に穏かだ。対し、山中に眠るやぐら、とくに崖の上に人を寄せ付けない様に穿たれたものや、荒れ放題の巨大なやぐら(末期やぐら)は注意すべきだろう。また、指定を受けながらガイド上から名の消えたやぐらなどもある。何度かの訪問でやっと見つけたやぐらの中で、異様な気配を背負い込んでしまった経験がある。素晴らしい彫刻の見るも無残な保存状態を、撮りすぎたのだ。


ここでは配慮して名を特定しないが、以下は警戒すべきだ。どこの墓穴も、せめて頭を下げて覗かせてもらうべきで、写真もヒカエルのがよかろう。でないと2年の長きにわたって不幸に見舞われたりするぞ・・・

・HHやぐら:最大規模を誇る無数のやぐら群で、一般立ち入りのできない寺域内のものや番号が振られていないものも含めれば200は下らない。近くに壮大な石切り場があり格好の撮影ポイントとなっているが、こちらとは雰囲気が違う。穴はバリエーションに富み、江戸時代から明治に再利用されたさい仏像を追加されたりしたものもある。ハイキングコース沿いで明るい雰囲気のものはまだ良いが、斜面を少し下って森林の間を探ると、

「来るな」

という幻聴に見舞われるかもしれない。ちょっとだけ入口の覗いた埋没やぐらに灯りを差し込んだら、多数の白い五輪塔が浮かび上がり、そのあと数日熱が出た。深追いしすぎてはいたのだが、正式な調査もしくは礼拝目的でないかぎり決して好奇心だけで荒らしまわってはならない。この先に十二所におりる道があり、主君一族の骸を新田の手から守り埋納するために穿たれた「北条家墓所」の標柱のあるやぐら群がある。ここは平静で、むしろ暖かくさえあったのが意外だった。小さな流れに面して、まさに「北条首やぐら」「お塔の窪やぐら」があるが、崩れ掛けの割に、多分よくお参りされているせいだろう、綺麗な様子だった。

十二所のあたりから六浦(金沢文庫)へ抜けるAH切り通しは鎌倉に七を数える切り通しでも最も険しく最も紅葉の美しいダイナミックな古道(当然足元のわるい山道で車不可、2016年冬時点では再整備がされて少し様相が変わり紅葉も減ったようだ)。滑川沿いの崖上に並ぶやぐら様の穴、これらも少し怒りを持っているようで、それらのひとつ、明るくまばゆい光の中、紫の衣の女(はじめはその姿しかわからなかった)と、ぼろぼろの筋肉質の男が、よじ昇ってきた私を鋭く睨んだ。・・・恐ろしかった。切り通しに近づくにつれ何か異様な苦しみを感じ、峠近くの大きな岩盤に穿たれたやぐら(もしくは「武者隠し」や「罠」だったかもしれない)で凶凶しさの極みをかんじた。この要衝、確かにたくさんの古人が死んでいる。

激戦区であった化粧坂切り通しなどは側のお寺が非常におさめてくれているようで全く感じない。一時期ここはいわゆるスポットみたいな言われ方をしていたが、それは鎌倉時代より昔から葬送場そして処刑場だった葛原岡につうじる道だったからだろう。たしかに葛原岡のあたりは少し怖い雰囲気もあるが、私は昼間の訪問だったので余程強くないと感じないから、そのレベルでいけば全然okだ。其の逆方向が有名な頼朝銅像のある源氏山だ。噂ではここもスポットらしいがここは全くその気がない。海の垣間見える美しい尾根筋だ。

名越切り通しは小坪方面に抜ける渋滞づくの車道の上を通るひっそりとした道だ。

小坪ときいて「あっそこ・・・」と勘付いた方はオカルトマニアだ。

小坪と鎌倉は小さく険しい岩の山脈に隔てられている。それを越える手段としてここにも切り通しが作られた。時代が過ぎて荒廃したそのずっとあと、新しい人々が住むようになり、小尾根が入り組んでいるゆえ、6つのトンネルが穿たれることになった。そこを電車と車が通る。そのうちのひとつが、お化けが出る定番らしいのだ。(ちなみに同名のトンネルがずっと海岸側の大通りにあるが、こちら全く別物)

でも私は余り変な感じはしなかった。少なくとも、いつも名が出る、トンネルのほぼ上、良く整備されており花も多く、またその整然とした様子から恐らく可成良家の墓域であったはずの「まんだら堂跡やぐら群」(ちかぢか寺から逗子市に引き渡されるらしい←渡されて一定期間以外立ち入り禁止になった)は下手に写真を撮りすぎたり、妙なことを口走らなければ、つまり常識的に振る舞えば全くに平安そのものを感じよう。穴が余りに沢山整然と並び石塔の数が半端ではない、それだけでイメージ的に怖いと感じるのだろう。

ほんとうに怖いのは、そこから大町(鎌倉)方面にむかう「切り通し」の向かって右側の高台・・・ここは鎌倉中心街に最も近く常に闘いの場となり、かなり死者が出た場所でもある・・・恐らく武者が隠れて弓を射たりするために人工的に作られたような窪みを見下ろす高台の平地に、

ぽつんと大きな無縁塔が立っている。

・・・下手なことはするな。

これだけ忠告しておく。ついこの間、このあたりをうろついていて2度偏頭痛に見舞われた、2度目がここだった(1度目はなぜかお猿畠だった)。「ヘッドフォンをはずせ!」と怒っていた。

100円供えたのに・・・

さてこれらの下が車のための4つのトンネルである。いずれもそれほど長いものではない。くれぐれ多くはかたらぬ、私は余り感じなかったのだ。何より生活道であるから日々近隣の方が利用されている道道なわけで、ヒトケが多いだけにバケも寄る。それだけではないか?

といいつつ念のため、煉瓦造りの「そのトンネル」だけは通過しなかった(他のときは何度も通過している)。大渋滞を横目に、新トンネルのほうを抜けて、線路脇へ出ると轢死者供養という塔がいきなりあった。

寧ろこちらの痛々しい雰囲気が作用しているのだろう、と思う。そういえばかなり高台から見下ろした電車用の2トンネル、少し凶凶しい”霧”を持っていた。(あれが噂のトンネルか、と勘違いしたくらい。煉瓦のほう)

ちなみに火葬場が近くにある(よく言われる「上」ではない←葬儀場は上にありました、まんだら堂方向へ行く途中に垣間見える。煙突が上じゃないだけか。ただくれぐれも用事無き人は近寄らないように。生きている人に失礼)が全く影響無し。火葬は死者の存在を消し去るもっとも効果的な方法だ。それが死者にとっていいかわるいかは別だが、なにか余程強いニンゲンでないかぎり、炎はソノ力を分解してしまうようである。尤も

やぐら墓は火葬が基本だったからじゃあ何で”残ってる”の?・・・

強いニンゲンの時代だったからね。

煙突が奇抜。

さて。

最大のスポットとされる・・・ただ私は前記のHHやぐらのほうが散々だったが、SKD切り通しである。見るからに壮観な岩の門。石落としの仕掛け跡、武者隠し、武者隠しをやぐらに流用したもの。今は立ち入り禁止のはずだが撮影者のあとをたたない。心霊写真をとられたことがあるが、地層のはっきり浮き出る岩肌だからたまたま光加減ということもあろう。だが、何故かわからないが、このあたりの地域には何かちょっと、ちょっとある。私にはあわない。竹林で有名な寺が近所にあり、まるで京都嵐山あたりのようで優雅だったが、そこをオアシスとして周りが少し暗い。竹林は少し「威力」が強かった。土の香りのようなものもあって不思議だった。SKD切り通しを守る為、この洞門のうえに時政の館があったといわれる。そのNGやぐらは一寸頭が痛くなった。墓穴に顔を寄せすぎたのかもしれない。ちなみに私有地なので気をつけること。洞門のうえに登る登り口脇のやぐらが非常にイヤなかんじがしたが理由は不明だ。(のちにこのあたりで骨がたくさん出たと聞いた。和田塚など、「実は・・・」というところが鎌倉には散在している。無意味に頭が痛くなるなどしたら、ちょっと調べてみると何かあるかもしれない。まあ、鎌倉はどこ行っても頭痛くなる狭い土地かもしれないけど。)

・・・

総じて鎌倉は凄惨である。とくに海岸や山間は酷い。滑川河口は砂浜にそのまま流れ込んで海に染み込む独特の風情で、夕景の素晴らしさは筆舌尽くせずだが、馬ごと骨になった武者が山ほど出た場所、といったらみなさんはどう思うだろうか。海外でドキュメンタリーが製作されているほど有名な考古学上の遺跡なのである。相模湾沿いの海で一番怖いのが、私にとってはこの鎌倉に程近い海だった。幼い頃から・・・。

江ノ島なども少し怖いのだけれども、敏感な人は余りこのへんをうろつきすぎないほうがいいかもしれない。

「六地蔵」で死者に憑かれた、なんて洒落にもならない・・・

・・・

第二十六夜、坊主地獄



あなた夜中に坊主に囲まれてみんしゃい。

恐ろしや恐ろしや。



・・・

夜も老け込んだ深夜のベッドで香の匂いがつんと。

薄明かりに茶色い袈裟がたくさんたくさん、

足元の鉄パイプから枕元のライトまで、ぐるりを坊主が

たくさん、たくさん。









自分の死ぬときの夢を見る。

子や孫に囲まれて安らかに往生する布団の男を見下ろしている絵。これは誰だか古い人の書いた話しでその人も死んでいるはずだがどうだったのだろう。

ところで俺はカトリックだ。

坊主の顔をひとつひとつ見るけれどもどれも知らぬ顔で知らぬどころか何の激情も諦念も感情のかけらも落ちてこない。生気をどこかに忘れてきてしまった青白い坊主の集団が取り囲んでいる。

あー

あー

あー

あー

ああはじまった。だれからともなく、どのくちからともなく、

驟雨にふりそそぐ経文の痛痛しさに夢よさめろと叫ぼうと起き上がるやいなや。

むん

むん

むん

むん

むんぐと口が塞がれ嫌な匂。あの匂いだ。あの。

辞儀をする格好で言葉にならぬ声をあげながら、つるりと蒼い頭を布団めがけて押し付けて来る。下の我が体躯に押し付ける。

ぐいぐいと音が出そうでこちらは反吐が出そうで、四方八方青白い肉塊が頭といわず口といわず手と足と胸と腹とそのほかの全てを、

めり

めりめり込ませてくる。

丸い頭の感触。

丸い頭の重み。

丸い頭の力。

ぬめり頭の大軍が一斉に私を陥らせようとしている。

どこへむかって?

身体がずぶりずぶりと布団の「中」に沈んでいく。ヤラレタ。

これはアレだ。

もがき苦しみもがいてもがいても悪夢のように目覚めることがなく身を動かしていても本当の肉体は寝たまま微妙にずれる感覚の嫌らしさに坊主の声が重なっていく。

あー

あー

あー

あー・・・・

舌が動く。

ちっ

ちっ

ちっ

・・・

明らかな音は日陰の言葉を和らげて、その隙間に上半身を起こした。私はベッドに直立している。目の前に餓鬼のようにかがんだ茶色い衣の一団が見える。私はベッドに直立している。

上半身をベッドの上に残して。

下半身はベッドの下の暗がりにある。

目に映る足先はほんとうの足先ではない。

このままでは、死んでいる。

ほんとうの足先に陰風を感じる。暗く大きく、底の無い穴に吊るされて、目に見えないけれどもばたばたと宙を蹴り俺は「下」を恐れている。

「下の世界」を。

下の世界って何だ?

上半身は重なっている。下半身はこの得体の知れないものどもによって、ベッドの下の暗がりに引きずり込まれようとしている。群れて私の上にかがみ身を寄せる、

最早坊主ではない。

鬼畜の類だ。

あー

あー

あー

あー

・・・震える手先を枕元のライトに伸ばした。

あー

あー

あー

あ・・・・

・・・!

ぽん、

という音がするほどにはっきりと元どおりの足がベッドの上に戻って、布団に穴は開いていない。腰に身体を「曲げている」感触が戻る。

あれは「ほんとうの穴」なのだ。

見せかけの穴ではない。

・・・

その部屋にかつて住んでいた男に惚れた女がいた。女は敗れた。この部屋の扉を見詰めながら女は死んだ。飛び降りだった。

・・・

誰か訪ねてきて、扉をあける音がした。友人かと思って振り返った俺の首を徐に絞め上げた巨体に血が引いた。白いシャツの禿げ頭が黒々と隈取りのような目を吊り上げて私を締め上げた。レスラーのような男だった。

どんどんという音がした。

私は暗い部屋の真ん中に正座をしていた。

「おい、おい」

知る声に扉を開けた。

輸血が必要だ、おまえの血液型は。



翌日先輩がひとりなくなった。

組んだ手の蝋燭のように白く、固まったさまは残酷だった。

教習所帰りの事故だった、と聞いた。

・・・

昼間先輩の隣に並んで、順番を待っていた。

いよいよ仮免なんですよ。

返す言葉は覚えていないが、

暖かい笑顔は覚えている。

無事仮免がとれて、友人と食事をした。

近くで救急車のけたたましいサイレンが鳴り続けていたのを、確かに聞いていた。

・・・

死者は悲しい。

置いていかれた者は先ずは呆然と立ち尽くし、

失われたものへの気持ちが固まってはじめて涙を流す。

運命論

それは人を楽にする。

・・・運命だったのだ。

・・・

だがこうも思う。

あの大男は何だったのか。

俺が何かをしていれば、先輩は助かったというのか。

・・・

以後二度と現れない。

俺は今でも思い出す。
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・・・

第二十七夜、三つ巴

「太夫元の家の前で、人魂が三つクルクル転っていたんだとよ。ありゃア大札に、鈴木屋、猿屋さんの三人ので、何か曰くがあるんだろう」

という噂が出る。芝居町猿若は河原崎座、権之助が太夫元だったとき、三丁目の総取締大札の某が陰日向となり出方一同押さえ間を取り持っていたのだけれども、どうしたわけだか芝居茶屋の鈴木屋、猿屋ソレと太夫元権之助自身申し合わせて失敗をさせて恥をかかせることがあった。

「どうも大札さん、とんだお気の毒な訳で」

「ナアに、反って楽でいいのさ、小僧さんチョットその包丁を貸してくんな」

何気無く”みさご鮨”の小僧から鯵切り包丁を借りた大札、狂言中の仕切場前に鈴木屋、猿屋を見つけるやツカツカ入って「ウヌ手前のために顔が潰ったぞ」、グサと鈴木屋の横っ腹。ワッという場の騒ぎ、芝居を潰しちゃいけないと居合わせ者ら鈴木屋を芝居小屋前のうちに抱えて連れ込み、血がズウと筋を引くという始末。マア鈴木屋は助からず大札は牢死、ソレ三年経つと猿屋亭主は神経を病んで、ブラブラ死。さらに2、3年で噂が立つ始末となった。

評判となり見物まで出、権之助の宅にも知れたが言い訳するには「ありゃア国の乳母が夜中に蚊取線香焚いたその火が雨戸の三ッつの節穴から表に見えたんだろう。人魂なんて事があるものか」けれども因果、河原崎権之助が今戸へ引っ越しキラクにヤっていると、押し込みが入った。金を出さないものだから脅しに撲った刀の鞘が真っ二つ、飛び出た金物、太夫元の頭を割って哀れ変死とあいなった。団十郎さんは河原崎の跡を取らず、国太郎さんが取るもこれが若死にで、4月8日にあひるの玉子を呑み翌日亡くなったという次第。ここで河原崎家は一時絶えたのです。

~「幕末百話」篠田鉱造著、岩波文庫より抄抜

・・・

第二十八夜、仙人の話

関敬吾氏の<秘められた世界>には、様々な民俗学的な逸話が解かり易く記されていて面白い。其の中に、日本人の持つ民族心理に視点を据えた<心理の迷路>という章があり、そこに「仙人」についての文章がある。いくつかの話があるが、捕らえられた仙人の話を聞くと150年も前の出来事を語った、とか、昨日まで平凡に暮らしていた者が、不意に山中にはいってしまい、ひとり暮らすといった話。「そんな人々を仙人とよび、仙術を体得したかのように説くのは、当時から今なおつづく、里人どもの解釈のくせだったにすぎない」としながらも、この日本の奥山のどこかに、「自らなる別天地が形成されていたことだけはまだ否定できそうもない」として、結論をはぐらかしている。だが、そのあとに記された内容はなかなか興味深い。なぜならそれは昭和になってからの話だからだ。

毎日新聞記者が29年の秋にインタビューした、青森は”赤倉山の仙人”の話。俗名 荒井万作こと犬山彦江神さんは、明治23年に赤倉山の行者として入山してから63年、「赤倉様」の忠実な使者として俗界を避けての難行苦行を重ねたという。信者は150名たらず、実家前には石碑も建つ予定。

・入山の動機・・・霊気にさそわれて。

・山では何を?・・・神様のいうとおり流れに打たれたり、行をやっている。

・食べ物は?・・・四つ足のもののほかは何でも。でも、行に入れば神様が飯を食わせないから、20日ぐらいは何も食べない。食べ物のないときは、木の実や供物の昆布をなめている。

・信者たちが、いろいろお願いに行ったときは。・・・神様に聞いて答えるだけだ。木の実でなおしたこともある。

・県の山はほとんど歩いた。神様の言うとおり、どこへでも行っている。信者が来るときと、神様に仕えているときが一番しあわせだ。神様に仕えて長く生きたい。

俗人としての荒井万作は、中農に生まれ、妻との間に1男5女をもうけたのにもかかわらず、いきなり山に入ってしまった。妻も死に、自分が死ぬときは自分の死体を隠してしまうのだと語っているという。

今はどうなっていることか、知らぬ。

(1993記)

・・・

第二十九夜、訪問者

とびらのノブがガチャガチャ鳴った。

目をさます。

嵐の夜。刑場跡を訪った日の晩だった。

恐怖や寂しさよりも、狂暴な車の騒音と煤煙の激しさに気を奪われた。

刑場の頃は江戸を離れゆく街道が、森林と海にはさまれた長く静かな道のりを辿ってゆく風情の有る様子だったはずだ。

極狭い刑地は、必ずしもこの風光明媚な土地の代名詞ではなく、ひっそりとした影の一部にすぎなかったろう。

刑死者は膨大であったというが、街道筋故、行き倒れ者も多かったろう。宿場では飯盛女が不幸な末路を遂げることも多かったと聞く。

刑死者はあの陰惨な時代には”特殊”ではなかったし、寧ろ死してあと特別に扱われることもあったとなれば、幸福な後生ともいえたのではないか。

・・・そんな言い訳を考えていたら、ノブはやがて静かになり、扉は開かれなかった。

・・・


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人の死んだ場所を訪れると時折あることである。それは人数には関係が無い。人数に関係があるというなら、先の戦争において大空襲で焼け死んだ空前絶後の人々は、何故出ないのか。渾然一体となり深緑色の暗雲のように立ち込めることはあっても明瞭な形をとることはない。・・・死に方の問題なのだろうか。だとすれば「大量死」は何と救いようの無いものなのだろう。

・・・

第三十夜、風のはなし

長崎の五島でカゼとは憑きものであり、久賀島では通り風にあうと気が狂うと信じられていた。鹿児島の出水郡大川内村の村内の曲がり角などでは、夜中によく生ぬるい風が吹き、それに当たると病気になることがあるという。肝属郡でも、「魔が通る」と言って、魔風に会うと人馬共に害を受けることがあるとされる。奄美のスキマカゼ、千葉安房の千倉町のミカゼ、岩手九戸郡山形村のハカゼもみな同じ、人間の気分を害する風で、三本道などでよく会う。「悪い風にあたる」という言葉もここから来ているのだろう。山口や大分のミサキカゼも、急に悪寒を覚えさせる風だ。「風の神」の中でも、悪神とも言うべき「風邪の神」としてのものがあり、新潟や福島、八丈島などでは「風の三郎さま」といった名でまつられる。風邪をひくときは、長いことごほごほやる場合と急激に奈落に陥る場合があって、後者の唐突さを「悪い風にあたった」としたのかもしれない。

熊本宇土町あたりで、赤子の産毛を少し剃り落とすのは、「ユウレカゼ」に魅入られないためだという。江戸の怪話で道端に黒々とした霧の塊が蹲り、風邪の気となって人を襲う話しがあったと記憶している。又「新耳袋」であったか、赤子を畳の間に寝かせて掃除をしていると、畳の隙から白い煙が沸き上がり、人の形となって赤子の顔を覗き込むそぶりをした、という話しもあった。「幽霊風」という訳だ。五島のショウロカゼは精霊風のことで、盆の十六日の朝にうっかり墓道などを歩くと当たり、病気になる。三重飯南郡では、急に悪寒が来て身震いすることを無縁仏に憑かれたこととするが、餓鬼憑き、「ひだる神」の類いも、全て同じ現象であるように思われる。ウマオコリ、ムエンオコリという言葉が菅江真澄の紀行文にあるが、同じようなものだろう。

諸国の神が出雲に集う神無月に大きな風を伴うといって、季節風のいわれを解釈する地域もある。風祭り、風神祭りはこのような大きな力を持つ神に対して行われるものだが、身分の低い精霊のような小さな力しかないモノに対しての信仰も、又日陰で、ごく狭い地域で行われている。神の差別化という多神教から一神教に至る宗教の進化の過程にみられる現象が、ここでも認められるのだ。今野園輔氏は、風の怪異に関しての文章をこのように結んでいる。

私事だが、昔登山していたときに二度ほど「ひだる神」のような体験をした。急に動けなくなり、何か口にすると直る。今思うと栄養の不足しがちな縦走中のこと、脱水症状もしくは急性の栄養失調なのんではないかとも思えるが、突然、元気だった者が倒れてしまうという現象は、現代病のひとつ「突然死」に通じるところがある。生と死の間が如何に儚く薄い仕切りしか無いものであるか、曖昧で、ほんの少しのきっかけであっけなく転んでしまうものなのか、ということを思わずにいられない。小学校の頃、冬のさなか、マクドナルドでマックシェイクを買って、家路につく最中飲みながら歩いた。買ったときは全く元気だった。だがシェイクを飲みはじめて、家に着く頃、何故かフラフラし、吐き気が起きてきた。そしてまもなく高熱を出し、点滴を受ける寸前までいった。悪性の感冒であったのだが、これなど、帰り道の途中で<悪い風に当たった>、と昔なら言うのだろう。

騒がしい学校の教室などで、ふと、シーンとする瞬間がある。これを「神が通る」と言ったものだ。民間信仰は、人の深層意識に、遺伝的に受け継がれていくものなのだろうか。(1991/11記)

つづく。

by r_o_k | 2017-08-08 12:18 | 鬼談怪談 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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