江戸怪談 おめでた話の天狗僧

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弘化四年(1847)の夏ごろのこと。相州小田原近辺のとある村に酒を売る男がいた。そこにたびたび酒を飲みに来る僧がいて、特に怪しいところもなく、自然と仲良くなり、他愛も無い話をしては帰って行く日々が続いた。

ある夜、またも姿を現した僧、ばつが悪そうに言う。

「今日は酒代が無いのだが、飲ませてくださいませんか」

「ああ、いいですよ」男は愛想良く答えた。「気にしない気にしない」縁台に酒と肴を出した。

腰を下ろした僧は会釈して一献傾け、虫の音に耳を傾けながらしばし悦に入った様子であったが、ふと振り返ると男に話しかけた。

「あなたは未だ妻を娶らず独り身と見ました」
「私よりあなたに妻を差し上げましょう」

「私は未だ独り身です」男はいつもの軽口だろう、と思った。
「いただけるものならいただきたいですな」

僧は了解した、と胸をたたくと、「それなら明日、夕方に連れて来ましょう」と言って立ち上がり、宵闇に消えた。

翌日の夕方、約束どおり、僧は店に現れた。僧の横にもう一人人影があった。

男は驚いた。裸の美女だった。

「昨日約束したあなたが妻とすべき女は、これです」
「夫婦になりなさい」
それだけ言い残すと、僧は酒も飲まず、立ち去っていった。

男は呆気にとられ立ちすくんだが、やがて女をしげしげと眺めた。腰巻を締めただけの丸裸であった。しっとりとした肌からは湯気がたっている。

「ええと、あんた」

女は呆けたような顔をしている。

「一体そんな格好で、どこからいらっしゃった」

女は呆けたような顔をしている。

「このへんの顔じゃないな。あの坊さんとどういう関係で」

女は呆けたような顔をしている。

まるで正気が無い。傍らに包みがあることに気がつく。開くと金子が入っていた。

「嫁入りするような格好じゃないが・・・」

そうしていると近所の人々が集まってきた。男やもめに裸身の美女を任せるわけにもいかず、とりあえず隣の家が引き取ることになった。翌日、その翌日もさまざまに介抱し、三日ほどするとやっと正気を取り戻した。

「どこの国の人じゃ」

「・・・我が身は江戸吉原町の某家に仕える遊女である」
「湯に入り出てそのまま二階の縁先で涼んでいたところに」
「何か恐ろしいものが飛び来て、我が体に当たり」
「そのものに身を掴まれたと思ったとたん、そのまま正気を失って」
「・・・すこしも覚えていない。ここはどこの国ぞ」

問い返す女に人々怪しみつつ答える。

「ここは相州小田原近くの某村という所だが、近頃見慣れぬ僧が一人、数度酒を飲みに来ることがあり・・・」いきさつを説明すると、
「その身をここに連れ来て、そのまま去っていった。」

と語って聞かせた。

そうして、その旨を領主に訴え出ると、領主から公に訴え、詳しく糺されたが、女は間違いなく吉原町の遊女であった。

「天狗のたぐいでもあったのだろう。これも何かの縁、好きにするがよい」とのお達しが下った。

女も抗わず、男は仮親として女を身請けそのまま、妻に賜り、夫婦になった。

僧は二度と現れなかった。

~宮負定雄「奇談雑史」安政年間 より編

by r_o_k | 2017-08-01 10:58 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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