江戸怪談 怪しを呑んだ話

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天和四年正月四日、中川佐渡守殿が年礼にいらっしゃる供として堀田小三郎という人が参り、本郷の白山の茶店に立ち寄り休みを取った時の話。
「みなの者、ご苦労であった」家臣をねぎらう堀田。
 家臣たちは上士を取り囲むように茶屋の椅子に座り店の者が運んできた茶を口にする。
 その家臣団の中に一際目立つ、鼻筋の通った若く美しい武士が一人いた。
 名は関内。下層武士の生まれでありながら剣の腕で引き立てられ、家臣団の中に組せられた剛の者である。
 「私は水でけっこう」とかねてより質素倹約を標榜する関内は一人水を汲み、いざ飲もうとすると、茶碗の中に見目麗しき若衆の顔が映った。
 訝しく思い、水を捨て又汲むが、やはり茶碗の中に同じ若衆の顔が見える。
(はて、面妖な。さては妖しの仕業であるな)と面倒くさくなった関内は
「お前は何故に私に取り憑くか」 
 と言うとそのまま呑んでしまった。


 その夜、部屋にて関内が寝ていたところ。どこからともなく黒い煙が湧き影が固まり、やがてあの若衆となった。
「お前は昼間のー」慌てず騒がず関内は若衆を見やる。
「式部平内と申します」
 ほんのりと頬を染め微笑みながら若衆は関内の枕元に跪くと、その頭を抱え、
「昼間初めて御意を得ました」と言い、愛おしげに頬を合わせた。
 若衆の冷たい頬の感触にはっと我にかえった関内
(これは人ではない)
 と枕もとの刀をひっつかみ「やあ!」一刀のもとに斬り捨てた。
「ひえええええ・・・」
 若衆はたまらず外に飛び出す。
 関内は刀を持ったまま手負いの男を追いかけるが、隣家の境で見失ってしまった。
 騒ぎの音に人が次々と集まり、屋敷内は騒然となる。
「まったく私は身に覚えがない。表門をどうやって通ったのでしょう」
「表門には誰も通った形跡がありませぬ」
 人々は集ってその理由をいろいろと話し合うも、どれも腑に落ちない。
 一人悄然とする関内。


 さてその翌晩のこと。部屋でうつらうつらとしている関内の枕元に、誰かが座る気配がした。夢うつつに聞いていると、こんなことを言う。
「折角思いを寄せてきたものに、いたわるならともかくも、手を負わせるとは何事か・・・」
 関内が顔を上げると障子の前に三名の男の座する姿が見える。
「式部平内の使い 松岡平蔵 岡村平八 土橋久蔵と申す」
「平内は養生のため湯治に参ったが、十六日には帰る。 その時は覚悟して居よ」
 関内は起き上がると三人に向かい、
「何者じゃ。平内といいおぬしらといい。何故に私にかかわるのだ」
 暗い室内で顔もよく見えない男たちは口々に答える。
「平内を呑んだではないか」
「契りを誓ったしるしじゃ」
「あ」関内はあの日、水とともに妖しを呑み込んだ件を思い出した。


 関内は静かに脇差の柄を握り暗い男たちを見据えた。
「生憎衆道の趣味はない。ましてや妖魅などとどうして契ろうものか」
「妖魅とわかっていたのだろうが」
「我らに男女の別などござらぬ」
 そうして見る見るうちに三人は凄まじい姿に変わりはじめる。
 一人は巨大な牛の姿に。一人は蛇に。一人は鴉の姿に変じていく。
「おのれ妖怪!」関内抜きざまに斬り付けた。
 妖したちは斬られながらも素早く表に飛び出し、前日と同じ隣家との境まで行くと、隣の壁に飛び上がって見えなくなった。
「馬鹿なものにかかわったものだ。未だ修養が足りぬ」
 関内は憤り(次こそ討ち果たさん)と刀を携え夜毎待ち受けるが、平内と申すもの以下、二度と現れることはなかった。
 「あの件以来、水が呑め申さぬ」と白湯をたしなむ様になった関内
 爾来何の理由か関内は縁談の話を断り続け、生涯独り身を通したという。家は絶えた。


              ~神谷養勇軒「新著聞集」より編


「怪物図録」参照



by r_o_k | 2017-08-01 10:40 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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