江戸怪談 見てはならない世界を見た話(再掲)

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江戸からしても、かなり昔のこと。西塔の若い僧が京に出て、帰るときの出来事である。東北院の北の大路で汚いなりをした子供たちが集まり、トンビを縛り絡め取って、杖などで打っていた。
「こら、やめなさい」
慈悲の心を起こし手持ちの扇などを差し出すと、子供たちは引き換えに、トンビを渡した。
老いたトンビを抱え、縄を解いて放してやると、ぴいっと一回りしてから飛び去った。
同じ方向だったから後を歩いていくと、藪の中より老僧が現れた。金色の袈裟をかけ、高貴な香がし、只者ではない雰囲気を放っていた。
「先ほどは御憐みをもって危ういところを助けていただいた。」
思いもよらない言葉に戸惑った。
「そんなことはしておりません、人違いではないでしょうか。」
「そう思うのも無理はない。東北院の大路にて、酷い目にあっていた古トンビじゃ。」
老僧は眼光鋭く見つめ返してきた。
「年を経て神通力を得たのだ。この喜びをお返ししたい。何でも叶えて差し上げましょう、望みはござろうか。」
・・・ただのトンビではあるまい。
若僧は怪しんだ。
「私は出家しております。世に望みはございません。ただ」
試してやろうという気が生じた。
「ただ、釈迦如来が霊山にお座りになり、説法をされている景色を見せていただきたく思います。」
化生の者であればそんな大それたことはできまい。
「それはとても簡単。ついてきなされ。」
そう言うと、そばの小山に向かって小路を入って行った。共に連れ立って歩くが、特におかしな様子は無い。そうして一本松の立つ頂に着くと言った。
「しっかり目を閉じていなさい。説法のお声が聞こえてきたら、瞼を開きなさい。」
「ただし、決して信じてはならない」
老僧の目が更に鋭くなった。トンビの目であった。
「貴いなどと思わないで下され。もし信心など起こしたならば、あなたのためにならない。」
老僧はそう言い残すと、さっさと山を下りて行った。
「こんなところに取り残されて、化かされるのではないか。」
思いつつも、目を閉じ、草木の揺れる音や、小鳥の囀りなどに耳をすませた。
・・・しばらくすると、低い声が聞こえてきた。それは次第に大きく、高くなり、妙なる調べとともに若僧の周りを渦巻く。
「御法の声だ。」
若僧は言われたままに目を開いた。そのまま、大きく見開いた。
霊山があった。
地は金や瑠璃に覆われ、草木は宝樹となって七重にも重なっていた。頂に顔を向けると、松はひときわ美しく光り輝く絢爛の宝樹となり、天蓋が掛けられた下には説法図に見たものとまさしく同じ釈迦如来が獅子の椅子に座り、説法を行っていた。左右には文殊菩薩、普賢菩薩が座り、菩薩や聖人たちはまるで雲霞のようにひしめきあい、空からは四種の花が降り注ぎ、かぐわしい香りのする風が吹き、見上げると天女たちがたなびく雲に並び妙なる音楽を奏でている。
お説きになる深遠なる法は、まったく聞いたことのないものであった。心の奥底に響きわたり、若僧はすっかり参ってしまった。この上ない喜びの涙を浮かべ、深く仏を信じる思いが骨の髄まで染みわたり、思わず手を合わせた。
「・・・ありがたや・・・」
地に頭を付け身を投げ出して礼拝した。
すると大地が大きく揺れた。顔を上げるとそこに見える全てが大きく揺れ、間もなく法会の景色そのものがきゅうーっと縮み始めた。
声も音も小さくなってゆき、やがてかき消すように失われた。
草ぼうぼうの中で貧弱な松の木を前に、ただ山中にいた。
しばらく立ち上がることができなかったが、どうしようもなく、こんなところにいても仕方がないと、山を下りることにした。よろよろとし、足が重い。
無性に喉が渇き仕方がないので、途中の泉で水を飲んでいると、あの老僧が現れた。ぼろぼろの袈裟で、傷だらけであった。
「あれほど信心を起こすでないと約束したのに」
老僧の目に鋭さは無かった。
「約束を違えたばかりに天の護法童子が下り来て、あの程度の信者を忍び込ませるとは何事かとお叱りを受けた。もう術も使えない。酷い目にあってなすすべがない。」
と言って消えた。
若僧は悄然と泉の水面を見た。
そこには骸骨のように痩せ衰えた顔が写っていた。
山を下り道に倒れているところ、仲間の手引きで寺へ戻ったものの、事の顛末を語ってそのまま息を引き取ったという。
~菊岡米山「諸国里人談(本朝語園)」を参考にしました



by r_o_k | 2017-08-02 08:50 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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