江戸怪談 卍のばばあの話

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延宝五年のこと、江戸八町堀二丁目にねぢがねや甚兵衛という者がいた。ねぢがねという菓子で大層評判をとったことからそう呼ばれていた。
あるとき客と話し込んでいた。
「まあ、これだけ評判を取れば通りに店も出せる。大店の仲間入りですな」
「まだまだですよ。もっともっと金を貯めなければねえ・・・わっ」
ちりん。
鈴の音がして顔を上げると、中戸の口に白衣の行者が立っていた。無表情で、じっと甚兵衛を見つめていた。
小間使いが慌てて小銭を渡し、追い払った。
その背には大きく卍が描かれていた。
「おお驚いた、こんなことはよくあるんですかね」
甚兵衛の頭からはあの巨大な卍が離れなかった。
「なんですかね、中まで入ってきて金をせびるなんてこと、無いですが、あの卍は何・・・わっ」
今度は六十ばかりの老婆が現れた。ざんばら白髪を床まで垂らした格好で中戸の口にたたずんでいた。小紋の着物を着ているのが奇矯であった。
「またか、評判の店というのも大変ですなあ。帰った帰った」
お客が声を上げる。すると、
老婆は、おもむろに大きく口を開いた。真白い歯並び、その奥の喉がてらてら紅色に輝き、まるでうわばみが兎を呑もうとでもするかのように、首をもたげて言った。
「いかに甚兵衛、迎えに来たぞ」
枯れ木のような手を挙げ、ここへ来いと手招きする。小間使いたちは顔を見合わせ、
「これは何者だ、狂人だろう」
と引っ張り追い払おうとした。すると甚兵衛、急に苦しみだし、
「卍!」
と一言言って気絶した。
薬や針などしても蘇生かなわず、
夜には死んだ。
さて、あの姥は何者だったのか。店の者が調べても誰も知らない。
それを聞きつけた瓦版屋が江戸中を聞いて回っていたところ、とある高名な絵描きと面会することができた。一通り話を聞くと、こう漏らした。
「あの婆だ・・・」
絵描きの妻の体験である。
産後が悪く寝込んでいたときのこと。
夜遅く、熱が上がり額に載せた水袋が沸騰するほど熱くなり、弟子たちと共に戸板に載せて医者のところへ担ぎ込んだ。
「見たと言うのです」
戸板の上から薄ら見たものは、寒詣りの白衣を着た行者風の男が、前へ行き後ろへ行くところであった。ゆらゆらと揺れる提灯の灯りには、背中の大きな卍が描かれていた。
「卍と」
玄関が閉まっていたのでやむなく裏口から入れた。それは普段は死人を出し入れする戸口だった。
狭い病人部屋に一通りの処置を済ませ寝かせられた。
左隣、襖の向こうからも寝息が聞こえる。
「金に糸目はつけないからと長崎から取り寄せた珍しい薬など使わせて、色々と試したのです。それでも二、三日は熱が下がらなくて、私も赤ん坊がおりますしいつまでもつきっきりでいるわけにもいかないので、帰ったのです」
夜半ごろ、妻は何かの拍子に目を覚ました。ぼんやりと部屋を見渡し、初めて自分が医者の家にいることに気付いたという。
ぱさっ
「痛」
目に何かが入った。払いのけようとして手を挙げると、
ぱさっ
その手に何か毛のようなものがかかった。
は、と目を上げると、
天井に老婆が張り付いていた。小紋の着物を着て、手足はやもりのようであった。
月明かりに照らされた老婆は、長い白髪を妻の胸元まで垂らし、ゆーらゆーらと揺らしながら、折釘のような頸を曲げて顔を覗き込んでいた。
「そういうときは睨み負けるなと、いつも言っていたのです」
老婆はじっと目を見つめてきた。妻は恐ろしさと苦しさで頭が狂いそうになりながらも、きっと唇を噛んで、まばたきもせずに睨み返した。
どれだけの時間がたっただろうか。
老婆が不意に口を開いた。
「お前様は強情な女だね」
垂れた白髪が妻の全身を舐めるようにずるずると、ゆっくりと後ずさりして、老婆は天井の隅に縮こまった。しばらく考える様子をみせると、頭を出口のほうへ向け、
ぺたぺたぺたぺた
と消えて行った。
しばらくして、大きな声が聞こえた。
「卍!」
どたどたと足音がして、隣の方が騒がしく、夢うつつで聞いていると、何者かがこちらの部屋に入ってきて、何か変わったことがなかったかと聞く。妻は
「いいえ、何も」
と答えたという。その者は医者の弟子であった。ほっとした様子を見せて言うには、
「たまたま廊下を歩いていたら、何者かがここから出ていく気配がいたしました。不思議に思って見ていますと、隣の隣から大きな声がしまして、急いで行くと、天井を指さして、ひとこと」
卍!
「と言って息を引き取りました」
瓦版屋は江戸じゅうで同じような話を聞いた。老婆と、卍の男は何だったのか。
「ぞくに言う死神というものでしょうかねえ」
ねじがね屋のあった家の前で、伊勢参りから帰ったばかりという旅姿の男と立ち話をしていると、
「卍ですか・・・それはまさか、あの女の仕業では」
伊勢の川俣川、劒が淵に方一丈余りの浅い岩窟がある。
「地元では卍の窟と呼ばれていました」
入口の上に、卍の文字が刻まれていたからという。
寛文年間、窟の中に人が見えるという噂がたった。川むこうの家城村から様子を見て怪しんだ里人が、筏を組んで窟に渡ってみると、
「首くくりだ!」
「いや、見ろ違う」
50くらいの老女が、長い白髪をざんばらにして、仰向いたまま、その先を上の岩に漆で貼付けたように、しかし辛そうでもなく・・・
ぶら下がっていた。
里人抱き下ろそうと試みても髪ははがれず、真ん中で切り下ろし、里で水を注ぎ薬など与えれば息を吹き返した。
事の次第を聞いても前後記憶なく、ただ美濃国竜が鼻村の村長の母であると言う。津の国であるため上役所に訴え、国主から美濃に伝えられた。迎えのものが大勢来て連れて帰ったという。
「それが戻って間もなくいなくなったというのです」
「後には、大きく卍と書かれた白布だけが、残されていたと」
江戸ではしばらく「卍の婆」の噂が聞かれたが、それもすぐに忘れられた。

~神谷養勇軒「新著聞集」田中貢太郎「天井裏の妖婆」菊岡沾涼「諸国里人談」を参照にしました

ちなみに、紅卍党とは違います(秘儀とかそういうんではなく、田中貢太郎が普通に書いてますね)

by r_o_k | 2017-08-01 10:26 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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