江戸怪談 空から落ちるものの話
2017年 08月 01日
空より落ちるもの色々あり。古来天下変事の兆候として占いなど奉るものであった。
安永年間江戸の話。夜だというのに往来には人が沢山出ている。空には星々が光り今にも零れ落ちそうだ。皆、何かを待っているふうでもあった。その中に、縁台に腰掛ける老人と、その知り合いらしき一群れがあった。
「武州稲毛に傘はり長者の屋敷跡というところがある。先祖は元は傘はりなどして生計をたてていたゆえ、そう呼ばれていると聞く。こんな伝説がある。
主がちょうど今日のような晩、このように縁台を出して庭で涼んでいたところ、西のほうから
じゃらじゃら
とけたたましい音を鳴らして飛び来る光りものがある。 」
「蛍じゃねえんですかい。 」
「蛍は鳴きはしない。」
老人は話を続けた。
「何やら大きな火の玉が、地を離れること二、三間ほどで、まるでこちらが見えないように、目の前を通り去ろうとする。妖しと思いかたわらの竹竿を伸ばして払おうとした。先がすこし触れたようで、ちらちらと火の粉のようなものが落ちた。 火の玉はじゃんじゃんと音をたてながら藪の中に去って行った。
その夜は気味悪く放っておいたが翌朝火の粉の落ちたあたりに行ってみると、銭が八文落ちていた。 不思議に思って拾い持ち帰ると、これより思いもよらず利得のあることばかりが続いた。 」
「金の神ってやつかい。聞いたことあるよ。俺は盆のようなものだって聞いた。お目にかかってみたいもんだ。見ただけでも大金持ちになれるっていうからなあ。 」
老人は頷く。
「傘はりの家はたちまち繁盛して富栄え、子子孫孫まで繁栄を続けた。拾った銭は大事に箱に入れて秘蔵とした。
あるとき、馬鹿息子が神棚の下にその箱を発見した。
ちょうど表でじゃらじゃらと音を鳴らしながら通る者がいた。鐘太鼓を叩きながら化物のかっこうをして疫除けといっては銭を強請る。 誰も目もくれなかったが馬鹿息子、箱の中にあった八文銭を持ち出すと、
やれやれもっとやれ派手にやれ
と言いながら投げつけた。
すると一座はぴたりと止まった。銭を拾い、
しかと受け取った
と言った者の顔は小判のように真っ平らに光っていた。腰を抜かした馬鹿息子を尻目に、再びじゃんじゃんと鐘太鼓を鳴らしながら去って行った。盛んなるものは衰えるのが世のことわり、逃れられるわけはない。 この銭を紛失してのちは不幸のことばかりが相次ぎ、使用人も次々と去ってゆき、今は屋敷跡だけが言い伝えられているという。 」
「そういう話じゃ」
老人は茶をすする。
「へえー。。ところでほれ、今日も始まりましたぜ。 」
職人ふうの男が指差した方向、夜空に浮かぶ星ぼしの中から、一つ、二つ、と星が落ち始めた。
「何かあるんですかねえ。 」
「さあ、星が落ちて良いことはないだろうが、風雅な心地はする。 」
やがて空一面が星の流れるようになった。 人々は往来に出てざわめき、役人もまた同じだった。星は地上二、三間のうちには消えた。
「えい、えい 」
「何をやってるんだ 」
「コウ、星を落としてさ、金を。 」
「何言ってやがる。八文銭なんざ馬鹿の拾うものだ。 ろくなことにはならないってさっき爺さんが言ってたろうが」
「アレ、落ちたぞ。 」
素っ頓狂な声が聞こえた。往来の向こう側からだった。
「何何、どんなもんだい、お、こっちにも。」
「星」はやがて地面に降り積もっていった。まるで雪のように白く、綿のように柔らかく、道や木々や家々の屋根をうっすらと覆った。 わずかに光っているようにも見えたが、触れるとすぐに消えた。
「これはみんな長者になるってことかねえ。 」
「一時でも長者になれればいいねえ。 」
夜明けには全て消えた。
午年十月二十九日のことであった。十一月三日の夜にも星は飛んだが、前のように多くは無かった。
しばらくして悪疫が大流行した。
とても多く死んだという。
〜梅翁随筆