房総半島の神秘のオーブ




卒論を房総半島の横穴墓(崖に穴を穿ち人を葬ったもの、古墳時代から奈良時代の地方墓制)で書いた。沖縄の亀甲墓のように子宮を模したものから、平面かまぼこ型の蛇腹が刻まれたもの(しばしば船などの素朴な線刻が掘られる、これが茨城福島や南九州になると割石や切石積をともなう石灰やべんがら塗りの武具呪具をともなう装飾横穴になる)、中世やぐら(仏堂を模して穿たれた鎌倉時代の横穴、天蓋などを模した彩色や丸彫石仏が配され奥壁に磨崖彫刻が掘られることも)や地獄めぐりの地下回廊(江戸時代の改変がほとんど、ここに載せた富津の岩谷堂磨崖仏は横穴墓を掘り広げ堂の背後の崖内を巡る小規模な善光寺式の洞窟回廊として近年有名になった、仁王と地蔵彫刻が目を引くが鎌倉のやぐらに残る十王彫刻(信仰)や田谷の洞窟の地下伽藍が誇る地下観音霊場めぐりの影響もあると思う。外壁にも彫刻があり、近辺のやぐらも整備された)に改変されたものまで、対岸神奈川の影響を色濃く残していた。今でも郷土史家しか知らないたぐいの知られざる神秘スポットである(2017年現在はテレビに出るまでになった)。
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これはデジカメ初期に撮ったオーブ写真。仁王像と、回廊に居並ぶ地蔵などが、ボロボロになって残っているなかなかの不気味さだった。当時は鮮明になったオーブ(フィルム時代にも写りはした)が珍しかったのでフラッシュ焚いてよく撮った。ちなみに、子宮型の横穴墓には和同元年の銘が刻まれていたが、私有地なので農機具がしまわれていた。あのプラネタリウムみたいな漆喰塗りのドーム墓室は興味のある人は何か感じるだろうなあ。
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ついでに、鋸山の千体観音などを載せました。当山日本寺の首無し地蔵の数は日本一。房総名産の博徒らが賭け事のお守りで掻いて持ち帰ったと言われている。日本寺は大規模火災にあったり廃仏毀釈運動にもあっているようなので、首なしの理由は一つではないでしょう。

2013年07月25日mixiサルベージ

by r_o_k | 2017-07-27 16:09 | 不思議 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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