怪物図録<地下室のマリー、春千代のマリア、女の首、石塔磨き、竹王神、水道町の化物、火の見櫓の生首>

地下室のマリー
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古い楽器店。現代的に建て直されてもなお噂された怪談。かつて地下室に弦の一本足りないヴァイオリンがあった。米国の将来を嘱望された15歳の天才少女マリー(仮名)のものだったが、自分の楽器の弦で首を切られ死んだ。建て直しのさい楽器はどこかにいってしまったが、寒い夜には三本の弦だけで不自由にレクイエムらしき曲を奏でる音が聞こえる。ある日噂を確かめに降りた社員たちが、首のない少女の演奏姿を見た。最後にF、A、C、Eの四音を繰り返していたという。顔が欲しいのではないかという話をしていたが、その翌々日、ノースカロライナ州の田舎で、15歳くらいの少女の頭蓋骨と三弦しかないヴァイオリンが発見されたという。失われた楽器と同じものかどうかはわからない。弦を張りなおして手厚く埋葬されたというが、その後怪異のおさまったかどうかは定かではない。(「カイシャの怪談」カイシャの怪談調査委員会編、ワニブックス)

春千代のマリア
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島原を切支丹が席巻した頃。最後の仏教の砦ならんとする相國寺に春千代という稚児あり。やんごとない身分の出で長年修行にいそしんでいた。15の時、境内で見掛けた西洋の女性に不思議と心奪われ、崖上まで追いかけるも見失う。宣教師に出逢って住処を教えてもらおうとするが、困惑され、最後に見せられたのは教会のマリア像。するとまさしくこの人と抱え止める間もなく駆け出し、像の指す崖を見て共に逝きましょうと身投げした。遺言は南無阿弥陀仏であったとされる。漂着した遺体はしっかりとマリア像を抱えたままだった。筆者「長良川鵜之介」の天草生まれの祖母が、幼い頃に語ってくれた昔話とされる。有明の海にはこうした切支丹宗徒との間にはぐくまれた幾多の美しい恋物語があったという。(「海の伝説と情話」盛文館書店T12/7大阪朝日新聞連載編)

女の首
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身持ちのよくない新吉という者がいて、周りの者と組んで人さらいをし店に売り渡すなどやっていた。夕闇に沈む街角で獲物を狙っていると女学生のような娘に目をつける。道に迷うようなさまから田舎から出てきたものと思い後をつけ、池畔から離れるところでそれとなく声をかける。家出してきたとのことで今晩は家に泊めてやると連れ帰り、下宿屋の主人と組んでそのての店に売り渡す算段をする。店へ話をつけに行く間にと、女将は二階の部屋にカツ丼を持っていき囮膳しておく。新吉が戻って二階へあがり部屋を覗くと、机の上に首だけが載っており、にっと笑いかけてきた。転げ落ち外へ逃げ、人の沢山いる所へ行こうとするもうまくゆかず、しまいに大きい黒い戸が右へ左へ閉じて通せんぼをする。今だ!と飛び込むそこは線路・・・ひとたまりもなかったという。(田中貢太郎「女の首」)死者が語る形になって矛盾を生じる、おそらくほとんど創作だろう。舞台は上野、明治のころと思われる。虚実の境が曖昧で、一縷の実も無いとは言い切れない「実話怪談作家」なので、採録しておく。ここでは底本「怪奇物語」春陽堂。

石塔磨き
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文政十年に江戸府内に始まった石塔磨きは墓の貴賤問わず無差別にひたすら磨く奇行で、願掛けにしては誰も犯人を知らず見た者も稀である。大きな大名墓になると、動かしたり山へ上げたり、五六人もいなければままならないことが、ただの一晩のうちに行われた。他に三本並ぶ墓石の一本だけ戒名を朱塗りしたり、没年だけを朱塗りしたり、戒名の三字だけ朱塗りしたりなどバリエーションも豊富である。いったん収まってから再び関東に広く広がり、下館で一昼夜に数百本磨かれることもあった。関宿では女を見つけたが瞬く間に奔走し見失う。追いかけた五人の男のうち、三人はいつのまにか髪が切られざんばらになっていた。(桃園小説等多くの随筆に記載。こちらは藤岡屋日記による。)夫婦が捕らえられたりした記録もあったと思う。藤岡屋が続編の末尾に書いたほどには不可解ではないものの気はするが、それが何の教えによるものなのか、一種の講だと思うがサッパリわかっていない。墓石を磨くためには玉垣や灯籠を壊し、大きいと抜いて倒しっぱなしでピカピカに磨く等々。。

竹王神
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漢の武帝の時。女が川で洗濯をしていると三ツ節の太い竹が現れて足の間に流れ込み、いくらどけても流れ去らない。竹の中から泣き叫ぶ声が聞こえてきて、割ると一人の男子現る。成長につれ武勇の才現れ、中国西南部の部族の長、竹王となる。割れた竹は竹林となり、石を打てば泉が湧いた。脅威となったため蛮夷として朝廷の手で首を撥ねられたが、地元の皆がこれは人の血を受け継ぐ者ではないから人の手で裁くのはむごい、というためその三人の子は地方の官吏に取り立てられた。(「異苑」劉敬叔)この書は日本のものを含む類型的な話が比較的多く、宋代という時代から面白い交流や、思わぬ伝承伝播ルートが推定できる気がする。

水道町の化物
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牛込水道町の話。夜も更け小雨、初五郎ともう一人が職人仲間の家から帰る途中、飯田常助屋敷向かいの辺りで誰かに付けられていることに気付く。振り返ると高さ60センチ位のざん切り髪の極端に頭の小さなモノが走ってくる。慌てて裸足になって逃げるが速い。四足の様だ、近くの連れの家に飛び込み難を逃れるも、まんじりともできず明けて寝込んでしまった。(須藤由蔵「藤岡屋日記」を底本とした鈴木棠三「江戸巷談藤岡屋ばなし」)

火の見櫓の生首
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定火消役本田六郎の四谷屋敷で天保五年七月下旬、火の見櫓が震動することがあった。次の日も揺れた。三日目、特に大きく揺れ、見張役が中段まで降り止むのを待ち、上に行くと女の首級がある。驚き報告思案、すると隣家浅川より密に使いが来て、奥方が一昨日亡くなるも湯灌をすべく準備に目を離した隙に消えた。見せて欲しい、ああ間違いない引き取ります。理由もわからず渡して終いになったとの評判である。一説に全身があったともいう。(須藤由蔵「藤岡屋日記」を底本とした鈴木棠三「江戸巷談藤岡屋ばなし」)これの暗示するは「火車」だが落ち度のあった人とは書いておらず、異説も書いてるので、筆者の疑ってる節がある。わりと疑う人、というかもうそういう時代だったのだろう。

by r_o_k | 2017-07-17 12:49 | 怪物図録 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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