怪物図録(龍女、識名宮の神女、若狭の白比丘尼)

龍女
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言葉としては昔からある、単純に竜王の娘もしくは竜宮の官女ということ。芝居で使われる。水をつかさどる弁財天と宇賀神=龍神のイメージが重なったもの(神仏習合)。遡れば仏典上に現れる釈迦の龍神を教化し仏法の強力な守護者としたうえでの、三十三観音のひとつもしくは近世図案としても知られる龍頭観音(騎龍観音)のイメージも入り込み、けして最近の考案のものではないが、仏教系の民間信仰、新興宗教やスピリチュアル系の言説で出てくることが多い。竜王の娘として仏典に現れる話は正統だが、龍の憑依、前世で竜王とかかわりのあったもの、ないし龍の生まれ変わりとして鱗などの表徴を持つ者の伝承をそのまま持ってきて、特に女性に、これこれこうこうという容貌(美貌とされることが多め)や性格、果ては凶相として現れ、ひいては今生ではなく来世にどうこうという話になる。いずれあまり良い印象のものではないが一方で選民的な意識を植え付ける元にもなっている厄介な概念である。

識名宮の神女
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崎間の大あむ(上級神女)が窟の中に光り輝く石を発見しびじゅるとして信仰した。霊験あらたかなことを尚元王の長男が知るところとなり病の平癒を願ったところ見事叶い、寄進により建築されたのが識名宮という。大あむの孫に髪から肌から全身が真白の娘が生まれた。平時より慎み深く、奇異にも野菜以外口にしなかった。ある晩、がじゅまるのもとへ行くと姿が消えてしまった。大あむは以後神宿りの木として野菜をそなえ、皆の崇敬を集めたといわれる。(那覇)

若狭の白比丘尼
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室町時代(例外として平安時代の木彫もあるがいかようにもとれる女神の像容で伝承が後から付加された可能性がある)、主として京洛と東国に現れた白髪白肌の尼僧「八百比丘尼」。尊像として椿と宝珠を手にしたものが関東や中国地方に比較的多くある。即物的に解釈すればそれより800年、平安時代以前に生まれ、16の頃に何らかの理由で人魚の肉もしくは珍奇な鮑など異界(内陸の話もあるため竜宮とも言い難いが竜宮伝承は淵や池にも広くあるのでそう言い切ってもいいかもしれない)の物を食べたために、老いることも死ぬこともできなくなり、諸行無常を目前に出家して各地を遊行教化して回っているとした。人魚の肉を得た男が食うを躊躇ったところ娘が口にして不老不死となったという通説から、浦島太郎(浦島子)と結びつくこともあった(下呂)。若狭の出身説が強く、白比丘尼という名で山を越え京都に現れたときは非常に話題となった。身を寄せた屋敷よりいくら銭を積まれても一切姿を見せなかったという記録がある(老いないという触れ込みから老いている姿を見せないようにしたとも思われる。神像として後世作られる像はそれほど若くは見えない)。一方で200歳の老婆というものが白比丘尼を名乗り見世物興業をしたという記録もあり、出身地や出没伝承の多さ、広さ、時代の偏り(計算上古墳時代前期の生まれとなってしまう所も中にはあるが)から、当時よりすでに仏教系の民間信仰の対象として八百比丘尼というものがあって、女人救済をうたいいわば歩き巫女の形態をとって布教に利用したとも邪推。最後は若狭に帰り洞窟に入定したと伝えられ、そのときは老衰して通例通りの入定死だったか、若いまま自らを封じただけかは定かにされていない。不老不死なら後者となるが現在はいずれの伝承地も入り口が開き石碑があるのみである(東国にも入定伝承はある)。全身の白い先天性色素欠乏症のいわゆるアルビノの子が神通力を持つという話は有色人種に、とくにアフリカに多く、その肉を口にすると神通力が分けられるとして人さらいが頻発し大きく問題化している。人肉食とアルビノの関係が人魚を食らった白比丘尼の話とつながるとは思えないが、異形の者としてひとつの代表的な表徴と扱われたのは、前掲の琉球の神女伝承にも通じるところである。


by r_o_k | 2017-06-14 20:51 | 怪物図録 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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