港区三田を行くシリーズ(4)桂坂旧道をたどる&二本榎の残骸を探せ!

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また高輪台かよと言われても・・・さすがに私も飽きましたが、まだまだ品川周辺は掘れるところが多い。今回も(用事のついでだったのですが)満足いく結果ではなかったので、二本榎の消防署の改装が終わったらまた行くでしょう。とりま、「二本榎の修行寺の坊さんが夜な夜なカツラを被って変装し、東海道への急坂を下って品川遊郭に通っていたところ、転んで死んでしまった伝承からカツラ坂の名がついた」とも言われる桂坂の、元のルートをたどろうと思い、ついでに元桂坂の正面にある黄梅院に最近移植されたという二本榎の末裔を探した(そして恐らく無いことが判明した)ということ、さらに下った先の高輪神社と稲荷神社に残された石造物の面白さをえぐってきました。そして、二本榎の寺町で一大勢力となった高野山東京別院(江戸時代からあるお寺ですが、二本榎は戦災にやられなかったといいながら残存物はいっさいありません)の新造石造物のバリエーションの面白さや、その下に残る一大堂宇、東禅寺(早々と閉門してしまい入れませんでしたし、著名人の多いといわれる広大な墓地は観光や調査を拒否する張り紙があって、角の立派な地蔵等石造物と、外から三重塔(新造ですが東京では極めて珍しい)を覗くにとどめました)の古色蒼然とした宅地を孕む鬱蒼とした森林に往古の高輪台寺町の淋しさを体感できました。
アルバム:
20170216高輪台・旧桂坂

旧桂坂の地図(明治時代の古地図を選択すると確認できます):黄梅院(円真寺)正面から小路を下り、現在の小学校(左側)の先で右折、現在では崖下に一部宅地化されている東禅寺の広大な境内を右目に下りてゆき、東禅寺正面への小道に見えるのが洞坂(法螺坂)、ぐっと下ると左へ曲がり(ここで現桂坂から再び離れる)、本堂修繕中の正覚寺門前で道なりに右折、稲荷神社(高輪神社)への脇道を左目に東海道に出ます。稲荷神社としては別途泉岳寺道角にビルとなって新築されており、現在の高輪神社とは分けられています。泉岳寺道ももともと少し先にあり、赤穂浪士の墓周辺には義士堂として独立して参道を持っていたようです。

by r_o_k | 2017-02-17 09:49 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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