2013年5月長崎怪異と切支丹落ち穂拾い旅(雲仙古写真追加)

昨年のGWは怪異関係に行かなかったので省略。数年前の長崎旅で落とした箇所をまわりました。急な設定だったので非効率でしたし怪異関係でないところも回った故、載せる量的には少ない内容ですが、いちおう記録として。

(全写真集はこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157633539350760/

***

5/16(thu)
AM

長崎駅からすぐ:本蓮寺
海に面する急斜面に壮大な墓地を持つ日蓮宗のお寺
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http://tabinaga.jp/column/019.php
崖下はすぐ海だったという。
勝海舟、シーボルト親子等が滞在。

★「切支丹遺跡」
ここはサン・ジョアン・バウチスタ教会及びハンセン病のためのサン・ラザロ病院の跡地である。しかし禁教令により破壊され跡地に本蓮寺が建てられた。

遺構として今も内庭(入る時は声をかけて許可をもらうようにしましょう)に残る
★「南蛮井戸」
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・・・教会が火を放たれた時、逃げる信者が次々と身を投げた(一説には放り込まれた)という。
以後お寺の片隅に残されたこの井戸の脇の部屋に寝ると、人の次々と歩くような姿やうめき声、すすり泣く声が聞こえるとのうわさが立った。また、いわゆる枕返しに逢う人もいた。老人の姿の刻まれる南蛮杉戸で区切られた部屋は「寝返りの間」と呼ばれた。
日親という僧侶が怪の正体を突き止めるため懐刀を持って泊まったところ、夜中に何者かの歩く足音がする。見ると杉戸から怪しげな老人が抜け出して歩き回っている。
咄嗟に老人に飛びかかり目を抉り抜いた。
翌朝、日親は高熱を出し、数日苦しんで死んでしまった。目の抉られた老人の杉戸は大事に保存されたが、原爆によって寺屋ともども煙と消えてしまった。
井戸も枯れてしまったが、南蛮幽霊井戸とも呼ばれてひっそりとその跡を残している。
・・・この井戸には海への抜け穴説もある。切支丹が逃げ延びるための井戸だったというのである。距離的には海までわけなく逃げられただろう。

海援隊士土佐藩沢村惣之丞(関雄之助)らの墓
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PMは軍艦島クルーズの2便で高島の炭鉱資料館と端島(軍艦島)の200mコース(廃墟には入らず西端より遠巻きに見る一般コース)を歩きました。
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稲佐山
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5/17(fri)

AMはやまさ海運の軍艦島上陸コースで再び200mコースを歩き、前日は回らなかった軍艦島の裏側、すなわち外洋側のマンション群を海から一周して眺めて帰りました。
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PM

数年前に事前連絡なしで行ったら入れなかったここへ>

新中川町駅から手前を上る:春徳寺
★「切支丹遺跡」
トードス・オス・サントス教会の跡地。1569年長崎初の教会だったと言われる。
時代は下るがシーボルトの居館に近く、シーボルト親子が滞在したこともあるお寺。

少し郊外の高台にあり風光明媚。ここの内門で区切られた小さな庭園の隅、外壁の脇にこじんまりとある
★「切利支丹井戸」と「祭壇石」
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教会時代に掘られ江戸時代には外道井戸とも呼ばれた長崎の著名な不思議スポット。ここは必ず事前に電話して行くこと!
共に想像よりかなり小さかった。
山の上なのにしっかり(今でも)水が湧いているのが不思議。四角い石組の下は岩で周囲が固められがっちりと深く掘られた井戸穴が闇に沈む。本蓮寺の井戸同様切支丹の抜け穴だったのではないかと言われた。
祭壇石は後世発掘されたもので、教会時代の貴重な遺物だと思われる。けして大きくは無いし摩耗しているが大理石。真ん中に石仏を置いて、間違って座ることのないようにしているんだとか。

崇福寺
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梅園身代わり天満宮
★梅塚
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★恵比寿石
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★飴を噛む狛犬
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5/18(sat)

AM
長崎から直行バスで小浜経由(バスは海沿いの右側に座るべき!)

雲仙地獄
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青々とした森の中にところどころ吹き出す蒸気が地獄模様を伝える。今はかなり小さくなっていると思われる。

★「切支丹殉教地の碑」
http://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/1064/
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1627-1631年の間、棄教しない切支丹を拷問し処刑した。
その悲惨な模様は島原城内の切支丹資料にある銅版画からもうかがえる。

★「清七地獄」
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清七という切支丹が拷問処刑されたとき噴出したと言われる。
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大正時代にはこれほど噴出していた。かつては処刑拷問にふさわしい文字通りの地獄であったと思われる。

★お糸地獄
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★浄玻璃の鏡石、葬頭川の婆石
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雲仙地獄の手前側にある。三途の川に見立て、脱衣婆が婆石の上に座り、鏡石の脇で閻魔大王が生前の行いを映して見る、というちょっとこじつけっぽい感じ。

★ライオンロックの残骸
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パワースポットと勝手にされていたライオン型の岩、半年前に大雨で落下してしまったとか。

★旧八万地獄
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道路の下手に広がり半世紀前に既に活動停止した地獄。ここにある大岩が湯神少彦名大神とされ、温泉地ではどこでも祀られているように、ここでもお祭りがおこなわれる。

戦前はこんな。(八幡地獄と書いた)
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★鬼石
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旧八万地獄から原生沼(八万地獄より更に昔に活動停止したため沼池になった窪地)に下る途中にある。近年再発見されたそうで、パワースポットという人もいる。女鬼といい、男鬼の岩は別の場所に。

PM
路線バスで島原へ下る(わりと近い、右手に島原湾、左手に雲仙普賢岳平成新山がしっかり見える)。乗るバス停はお山の情報館前でも島鉄バスターミナルでも可。

★雲仙普賢岳平成新山
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眉山によって島原の市街地は守られたが、その両脇の川筋を崩れ落ちた土石流が甚大な被害をもたらした。千本木展望台は島原駅からタクシーで10分くらい、千本木地区の集落が呑み込まれた跡と山頂部を遠望できる。そこからぐるっとまゆやまロードをまわって(途中展望台と資料館あり)、雲仙からの下り道へ合流する手前が水無川の土石流跡で完全に河谷が埋まり今も小学校の残骸などが残る。ここまで回ると車で1時間はかかる。

★島原城
「島原の乱の舞台」
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天守等は近年のもの。どことなく今治城を思わせる石垣と掘割が綺麗。天守閣内は民俗資料館になっており、切支丹資料、とくにカクレキリシタンの遺物が貴重。
噴火資料館や北村西望記念館もある。
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「」内は切支丹関連のものについて。

<怪異旅まとめ>
http://ryookabayashi.sakura.ne.jp/otherkaiitop.html

以上

by r_o_k | 2013-05-28 17:45 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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