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別にこのパターンを続けていこうとは思ってないんですが、まあ、フリッカーに無意味に大量にあげた写真の再利用、って側面もあるわけでして。供養ともいう。

まずは今日のランキング・・・と思ったら3件しか見られてない!!さすが月曜日!!

三位!!青森の三内丸山遺跡
200505青森恐山キリスト釈迦墓奇行
の「オトナの墓」の看板!!なんだこの着目点。・・・・ああ、看板を読むために展開表示させたということかあ。
オトナの墓。

二位!!広尾稲荷神社
2007広尾・高橋由一天井画他
いや、ここは確かに江戸後期の建築で広尾みたいなはいそな場所には似つかわしくない庶民的な趣をかもし出してはいる。でも・・・なぜ?
ちなみに狭い拝殿の天井狭しと大きな龍の絵が描かれており、高橋由一のものという。これは必見。
2007広尾・高橋由一天井画他

一位!!隠岐の西ノ島、焼火山案内図・・・
200611隠岐焼火神社
わりとこういう看板とか地図とか参照されてるのが最近わかってきました。デジカメ時代になって枚数に糸目をつけなくてもよくなったから、メモとかとらなくてそのまま写真に収めておしまい、としてしまうことが多いですね。メモしなきゃならないんだけど。ほんとは。じゃないと行った甲斐もないくらい忘れてしまう。
ちなみにこの山の上に重文の焼火神社奥の院がある。海を眼前にして航海を見守る神様ですね。水木しげる先生が一時期隠岐にいれあげていたとき、何か書かれていた気がする。建築は安土桃山時代だったかな。ほらメモとらないから全部忘れてる。
200611隠岐焼火神社
これ一昨日ランクインしてた写真。構図斜めで迫力を出そうとして本来の建築の妙を捉えられていない典型的な厨房写真ですな。ごめんなさい。
ちなみにwikiから引用。
***
「焼火山縁起」によれば[4]、一条天皇の時代(10、11世紀の交)、海中に生じた光が数夜にわたって輝き、その後のある晩、焼火山に飛び入ったのを村人が跡を尋ねて登ると薩埵(仏像)の形状をした岩があったので、そこに社殿を造営して崇めるようになったと伝えている。また、承久年中(1219 - 22年)のこととして、隠岐に配流された後鳥羽上皇が漁猟のための御幸を行った際に暴風に襲われ、御製歌を詠んで祈念したところ波風は収まったが[5]、今度は暗夜となって方向を見失ったために更に祈念を凝らすと、海中から神火が現れて雲の上に輝き、その導きで焼火山西麓の波止(はし)の港に無事着岸、感激した上皇が「灘ならば藻塩焼くやと思うべし、何を焼く藻の煙なるらん」と詠じたところ、出迎えた一人の翁が、「藻塩焼くや」と詠んだ直後に重ねて「何を焼く藻の」と来るのはおかしく、「何を焼(た)く火の」に改めた方が良いと指摘、驚いた上皇が名を問うと、この地に久しく住む者であるが、今後は海船を守護しましょうと答えて姿を消したので、上皇が祠を建てて神として祀るとともに空海が刻むところの薬師如来像を安置して、それ以来山を「焼火山」、寺を「雲上寺」と称するようになったという。
***
原文にもあるとおり、ここの信仰はかなり変化し今に至っているようだ。

ちなみに昨日の一位はこちら。
2007河童増殖
わけわからん。

続けるか続けないかは私次第・・・

おわり。
by r_o_k | 2011-06-13 15:45 | 写真 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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