吉備イワクラだらけで桃太郎の謎ツアー(写真はflickrで)

一年以上のブランクをへて書いてみるのであった。しかしもう新鮮さも記憶も薄れているので、びっしり?書き込まれたメモもあんまり参考にならない(したくない)んで、つまみ食いだな。

吉備岡山を中心とした(初日、三日目)メイン写真はこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157617852353026/detail/
順番がむちゃくちゃなのはflickrのせいということにしておいて。説明板が小さくて読めないのは面倒だからまとめて縮小したせい。proに入ってしまったので縮めることもないんだけど、無いとは思うけど転用されたりしたらやだし、何よりでかいとさすがに時間がかかる・・・

3月某日(だったと思う)

初日(前夜発夜行バス岡山行き)

そのまま吉備線総社行きに飛び乗ります。

吉備津神社でびっくり。ああ、国宝の本殿・拝殿が補修中!!!!なーんも見えない。
有名な回廊も心なしか短く見えて、途中から右へ別ける道の先には鬼と称され一説には桃太郎こと吉備津彦が殺した温羅の首が埋まっている上に建てられたおかま殿。
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御釜殿ね。おかまじゃないよ。ここはしっかり申し込んで占ってもらうことも可能だけどやめた。古い釜(撮影禁止)を沸かして「温羅の声」音で占う例の占なわけだけど時間がないのとちょっとビジネスライクぽかった。。までも大した料金じゃない。恐山の常駐イタコさん(1柱単位)と同じくらい。雨月物語な雰囲気は無いです。

ちなみに吉備津駅から吉備津神社へ向かう参道登り口には温羅を射た矢を置いた矢置岩があります。

吉備津神社の奥から神秘的な吉備中山の小さな縦走路が始まります。

おすすめ。とにかく、イワクラが凄い。名前がいちいちついているのも凄い。よく言われるのは三輪山の新年儀式にみられるように、どこのイワクラに神が降りるのかその時になってみないとわからないから、注連縄を張った巨石がたくさんある。神は雷だったり、何か些細な奇瑞だったりする。ここはちょっと凄いっす。巨石はそりゃもっと大きいのは方々にあるだろうけど、この元入海の中の元孤島にこれだけ古跡として鎮座してるのは、大和の近かった吉備という土地ならではの歴史深さと不思議さを感じさせる。写真はきりがないのでてきとうに。鏡岩と天柱石は見ておくべきかな。注連縄が立ち入り禁止のように張られていたりしますが、節度をもってどうぞ。

牧歌的な縦走路の手前に吉備津彦御陵と認定される整備された茶臼山古墳があります。しかし寧ろ天皇家よりもその先にある小さな社とか前記のイワクラとか、民間信仰と、別種のもっと古い神道の強い気配を漂わせています。寺もあったが廃仏毀釈にあった模様。そりゃここは神の領域だ。接待してもらったり嬉しかった。

イワクラがあるくらいだからここは石がたくさんあるわけで、石室を持つ古墳群を形成しておりますが、その岩を転用したと思われる穴観音は穴に耳をあてると念仏が聴こえるとか、どこかで聞いたような民間信仰。そうそう、こないだの求菩提山の五窟の一つも耳をあてると涅槃の音が聴こえるって話でした。一つ岩の裂け目を写真に撮ったやつがそれですね。あそこは火山だから温泉の関係もあるんだと思う。とにかく暖かくて見たことも無い鳥獣がやたらたくさんいて、鳴いたり飛んだり近寄っても平気だったり、岸壁がグウグウ鳴いてぎょっとしたり(蛙だとは思うけど)、こちらの開けた山よりも神秘性は上だったけど。

だいだらぼっちの足跡ということであろう、不思議な「ダイポーの足跡」という浅い窪地や、頂上からの景色もしっかり愉しみませう。頂上には昔はいろいろ修験的な奇怪な木組みや社があったみたいだけど、ハイキングコースとして整備された模様。岡山文庫参照。

吉備津彦神社に降りると駐車場に有名な桃太郎像があります。びみょうな造形をお楽しみ。

奈良の鄙びた駅のような備前一宮駅まではすぐです。振り返ると山の緑がまぶしい。レンタチャリを借ります。だいたいこういうレンタチャリは私営ではなく公営なので融通きかなかったりしますが、ここは総社で乗り捨てが可能。ただ、例によってかなりガタガタだったり・・・

今は違うかもですよ。あと、一応レンタチャリで廻るコースはあるのですが、最近どこに行っても思うのですが車が凄い。喉やられる。うーん・・・ここは距離もあるし余りお勧めではないけど、かける時間と行く場所にもよるかな。

備前一宮の裏、チャリ借り場からそのまま夜泣き石を往復する。迷ったけど、奥に行けば新興住宅もあるとはいえかなり鄙びているので、地元のかたに聞けば一発でわかる。途中はトラックの排気ガスとかきつかったけど、夜泣き石近辺はいい雰囲気でした。ノミで穿った跡がくっきりある、周辺の風景と違和感のある巨石だけど、巨岩は一つではなく、距離も鑑みて、秀吉が運ぶのを断念し置き去りにした現実的なわけがよくわかる。切り出した石切山も遠望できる。

さて駅に戻ってレンタ屋さんに貰ったコース紙通りに行くと吉備津神社に巻いて戻ることになる。牛供養の鼻ぐり塚とかありますが新しい。このへんはいい感じだけどちょっと上り下りがあるかな。

野中のキモチイイ道の先、もうすっかり新興住宅地が広がる。だから迷います。もともとは島とか岬だっただろう小山がいくつもあり、一つの上に王墓山古墳群。家型石棺が露出して見られます。大和の様式ってかんじで特記する感じでもない。もっと見所は楯築遺跡で、ドルメンが林立する様子や、直孤文に覆われた(籠を模したと思えなくも無い)奇怪にも程がある神体、亀石が社殿の中に見られます。ここを見ずして吉備路の何がミステリーだという。もっとも、どの石も思ったより小さかったけどね。山自体も。景色は王墓山同様よい。弥生時代から大和政権支配までの連綿と続く歴史の最初にこういうものがあったというのは、巨石文明という言葉を使いたくなくても想像はしてしまう。ちなみに吉備は筑紫と同一勢力だったと言われます、ってことを吉備から帰ってきて知った。大陸の影響を受けた装飾墓からしてそれっぽい。鬼って結局ヤマトの敵全部なんね。元をただせば全員渡来人でも誰が最初に来たか争い、可哀想だったのは原日本人の方々。

鯉喰神社あたりまでくると新幹線や大通り・高速からびみょうに離れて、古い写真に見られる雰囲気がちょっと残る。これも温羅戦争の古跡の一つ。

造山古墳あたりまでくると巨大古墳群になります。とにかく巨大古墳や特徴ある古墳だらけです。石棺の残骸とかもありますが、明らかに筑後に見られるものに類似した直弧文装飾のある石室(千足装飾古墳)は立ち入り禁止とか、イマイチかな。でも畑の中にマウントが散在している風景は特有の情趣を醸す。漕ぎながら風景を愉しむ。古墳の上に巨木というのも過去の信仰を感じさせるイイ風景。

・・・しかし道が迷路・・・

矢喰神社と血吸川は名前からもわかるとおり陰惨な温羅戦争を彷彿とさせるポイントですがチャリの返却時間を考慮し最後に回して、国道とかちょっと厭だと思いつつ備中国分尼寺跡。ここからすぐ雰囲気がよくなり、こうもり塚は壮大な石室と石棺を見ることができる。伝説もあるようですが、名前の由来は単にコウモリが棲みついていただけか。京都の太秦だったか、石舞台クラスの蛇塚ってのもありましたけど、何か不気味な生き物が住み着くものなんだなあ。

備中国分寺は文政年間の五重塔が色合いや軒が室町時代の様式を髣髴とさせる立派なもので、国重文ですが、他は基本的に新しい。風景がいいけど、古いものを見たくて廻ってる人には特に見るもの無いかな。

巨大な作山古墳はもう眺めるだけにしときましょう。

角力取山古墳は珍しいフォルムのはっきりした方墳。相撲をとったんだろうなあ。

三輪山古墳群にたどりつきます。ここはコウモリ塚に比べては小さい石室があります。道がわかりにくく、名前も道標では宮山とされている。弥生時代から古墳時代初期にわたっての宮山墳墓群のうちにあり、古墳石室の原型とも見える墳墓穴群が居並ぶ尾根は不思議というか怖い。楯築遺跡との関係も指摘されたり。特殊器台とか石棺とか、岬にはイワクラがあってちょっとぎょっとします。王墓山古墳同様南西の方向を向いております。

意味はわかりません。宮山古墳を見て、総社の古い町並みを尻目に駅へ。6時前でした。このあと電車で足守駅に行って歩きで矢喰宮を往復。ここがまた幹線沿いでひらけているけど、大石がごろごろしたイワクラ風情のある場所。平地にあるのが特異な様相をていしている。そばを流れる血吸川は温羅の血で染まったからその名がついた川。川から流れてきた岩か、運んだものか。しかし高架がそばにあって、昼は情緒ないだろなあ。。

ま、このへんは電車は比較的頻繁にあるので不安感はない。

二日目。写真はこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157617763149239/detail/

岡山から姫路行きに乗り吉永駅。このへんも車が主なんだなあ、という道の作りで・・・朝早いほうがいいかも。線路沿いをとぼとぼ歩いていると左手に参道ぽいのが。ここが一時期有名になった牛神社。野上牛頭天王社。というか田倉のうしがみさま。牛の土地っていうのは各地にありますが、今は食肉産業で名を馳せるこのへんでも農耕牛は貴重であがめられる対象であり、また、この焼き物の山の中を見ればわかるんですけど、牛だけじゃなくて家畜類一般が信仰・供養の対象になります。

吉永に戻ります。この時点で既に5キロ歩いています。旧閑谷学校に行くんですが、バスです。但し私は親切な人に車で送ってもらいました。ありがとうございました。

国宝。備前焼の瓦や床で有名。綺麗だけど不思議ではないです。

吉永へバスで戻り(タクシーの呼べるとこじゃない、山の中です)熊山駅まで電車。

有名なハイキングコースですし、ほんとはちゃんと登るコースがあるんですが、時間的都合で登りタクシーを使いました。距離や標高にしては2500円弱と、まあまあです。

二ツ井手前で降りて軽く登り、千年杉二本を尻目に目的の熊山遺跡。
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日本のピラミッドというならこういうのをそう呼ぶべきだよな。

といってもここはかなり整備されている。山中には他にも同じものがいくつかあって、戒壇でもないらしく、寺院跡であることからして仏教遺跡には違いないんですが、例えば二上山の石塔とか、仏教伝来から間もない石製遺物に近い独創の感を得ました。もっとも、室町時代くらいらしいんですけどここは。黄砂で景色はイマイチでしたが、熊山の逆側、海が遠望できて嬉しい。

ここからは地図が必須。その海側の直降ルートを行きます。六甲山のような岩頭が横に見えたり、けっこう面白い。途中の分岐に注意!ここで変な目にあいました。不思議系なことだったと思うけど忘れた。とにかく、違う道に入り、崖上に出るという恐ろしい状況だった。油瀧神社は熊山姫大神をまつっています。姫山なんですね。

山を下る嬉しさというのは川の音が聞こえ人家がぽつぽつ増えてきて急に平地と集落が開けるあの開放感にあり。ただ、煙突のたくさん立った備前焼の里も駅まではけっこう距離があるので、電車の時間には注意。ただ、幹線沿いで岡山行きバスもそこそこ出ているので、電車がなくても多分OK。とにかく赤穂線に乗りたかったというだけの理由で、香登(かがと)駅から邑久(おく)駅へ。東備バスで牛窓へ。このリゾート的なレトロ港町は天気次第でゆっくり泊まりたかったけど、悪化してたので結局岡山へ戻った。いろんな映画に使われていますが、かなり建て替えが進んでます。人は割と素朴でいい感じだったな。博物館も自由にさせてくれたし子供の挨拶運動も身についた感じ。かまぼこ屋さんの人は駒沢にいたとか言ってたけど。

本蓮寺で国重文の本堂から海を望み、霞む小豆島をぼーっと見てました。雨が降りそうでもそれはそれでいいかんじ。降ったら厭だけど。魚うまかった。

肝臓大切にしなきゃなあ、とカンゾー先生ロケ地の標を尻目に岡山へ戻る途につきました。

三日目。

笑うほど大雨。朝は寂れた後楽園と残念な城の情景。内田百閒先生の生誕碑もバス通り沿いでこじんまり。合羽を買って総社駅まで電車。ここでまたタクシーです。歩けないならここはタクシーしかない。登山口に「鬼の釜」があり写真だけ。温羅が人を煮て食ったという伝説がありますが一切そんなことは書いてません。兵隊(修行僧説が有力だけど)を食わせるための大釜で、製鉄技術と軍事力の高さを示すものだということです。
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で、鬼ノ城ビジターセンターに着く頃には豪雨。センターのおじさんはあんまり親切じゃなかったかな。当たり前か、こんなときに来るんだから。そこそこの準備をして、最初は傘で園地を進むと、新しく作った奇妙な城門が目に入る。この雨でこの山の上で、工事を進めている方々がいてがんばるなあ、と驚いた。ここは天気がよければ凄い景色だと思う。まさに昔は海への出城かつ山城だったのだ。上を一周するコースはかなり大変だったけど、雨が降ってなければ別に平気だと思う。城壁の見事さが実感できるのは屏風折と呼ばれる箇所。その他、イワクラ的な大岩もあり、あくまで信仰の山だったものを改変して城に仕立てたんじゃないかと思う。逆かもしれないけど。いずれ温羅は討たれるわけですが、確かに立て篭もって大戦争を繰り広げるには水はあっても兵糧が枯渇しそうな地形で、血吸川が見えるけど、城が流した血液のように思えた。

豪雨で困ったのはこの先、もともと狭い棚田だったところなど通って登るハイキングコースがあって、奈良と京都の境目にある当尾の石仏コースによく似た牧歌的な景色だけど、豪雨だとまあ、石仏を撮影するにはいいけど、、、ねえ。これまた巨石な岩屋観音、鬼の差し上げ岩~八畳岩一周コースは短いけど、城を作った鬼の住んだ場所と言われていて、見て思ったのはこういう道って修験であるよな、とか、日本ではほんとによくある岩屋という居住(行場)形態が住居から信仰の対象になるということを実感。岩を廻るコースはイワクラというよりはもはや単なる伝説のある岩を見て楽しむかんじ、かつて仏教系の修行に使われたことを確信させる。ここからは岡山空港からの飛行機がよく見えるので、弁当持ってよく来るとか言ってたけど、豪雨ではよくわからん。皇の墓の不気味さは必見。失礼な言い方だけど、変な形状なのだ。コースはそのまま舗装道路を含み戻っていく。

ほぼ予定通り2時過ぎにビジターセンターに着く。携帯は繋がらないのでタクシーを呼んでもらう。高かった。もう。

総社からは倉敷に向かう。ここはもう。大原美術館に駆け込み、夜間照明に映える美観地区を撮影したあと、鶴形山の上の神社でまたもやイワクラに出会い、ぼーっと町を見下ろしておしまい。

四日目。

写真はこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157617852122130/detail/

瀬戸大橋から高松。

とりあえず高松からすぐの鬼無駅へ。盆栽の町で小さいけど山並みは如何にも香川の丸いかんじ。ここは桃太郎電鉄のキャラが駅に立っていることからわかるように、桃太郎がここで最終的に鬼を退治したので鬼無しとなったということからそう名前がついた。桃太郎神社はびみょうだけど犬、猿、雉、おじいさんおばあさんの墓石がまとめられていてちょっと不思議。雉は雉武彦命という名前になってる。左手に芝刈り山があったんだけど、今は施設が出来ていて、どこのへんがおじいさんの芝刈り場だったのか判然としない。神社から幹線を挟んで逆側に鬼ケ塚(供養首塚)、更に人に聞いて何とかたどり着いたおばあさんの洗濯場、、、何と治水工事中で凄い情趣が失われていた・・・までも、ここの桃太郎伝説はちょっと怪しいのでいいか。一応標識はある。

高松に戻るのが遅れ船に乗りそこない、高松城をゆっくり廻る。工事中。。

すぐそばの港から女木島に渡る。鬼が島のひとつと推定されている島で、高松港からすぐだけど、離島の雰囲気が満点。風よけの石垣や鬼の資料館もいいけど、ちゃんと船込みで時間観光コースが出来ていて、すぐバスに乗って山の上まで。この島はほんと離島情緒があるので、時間があったらぜひ歩いて登ったりしてほしいですね。山の上には70年代に発見された巨大人工洞窟がある。ここが恐らく海賊の根城だったんだろうということで・・・鬼のキッチュな模型が・・・でも新しい発見物件だからいいかな。頂上風景は360度素晴らしい。どんより曇っていても。島々も見えます。ここはおすすめ。ちゃんとフェリーにあわせて時間が決まっていて、お土産やのおばちゃんもバスの運転手も動いてくれるから安心。しかし、やっぱりゆっくりしたいよ。

高松からはもう最終日ということで、電車マニアでもないのに電車で観音寺まで行き(途中国宝物件に寄る)、銭形平次になることにする。凄い時間がかかるんですが。行ってよかった。

写真はこちら
http://www.flickr.com/photos/38136682@N02/sets/72157617848967248/detail/

よく保存されてますが、銭型を見下ろす琴弾八幡宮の象ヶ鼻展望台はイワクラもあり、下は綺麗な遠浅の砂浜に広大な松林、銭型も至近まで寄れます。そんなに巨大ではないけどね。琴弾公園って名前にも確かいわれがあったけど忘れた。山の裏には金堂が重文で八十八ヶ所の一つである観音寺があり、巨木など情趣があります。この町は駅は小さいけど広くて、宿泊にもいい雰囲気。でも高松に戻り、夜行バスで帰るのでした。

おわり。

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by r_o_k | 2009-05-06 13:43 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ☆フツーのつれづれをフツーに書きたいという変な欲望が囁きました。


by ryookabayashi
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