揺りかごから酒場まで☆少額微動隊

岡林リョウの日記☆旅行、歴史・絵画など。

2008/12/15ホントに見えてるのかしらん


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70年代に怨霊スポット本が流行り、80年代に心霊スポット本が流行った。口酒女もとい口裂け女ブームが皮切りとなった80年代はテレビも中年アナウンサーや坊さんや心霊主義者ではなく、一般タレントが、バラエティ番組で扱う様子がよく見られるようになる。時代の寵児たるオバサン系拝み屋が庶民的ななりで演じてみせる心霊スポット番組は今のヲカ系企画の基礎形となった。爆笑問題の心霊スポットレポートで将門塚が出てきたのを覚えている。帝都物語が流行った頃だったと思う。干される理由が呪いだったかどうかは知らないが。

リアル指向というかオシャレ指向というか、怨霊やら心霊やらではなく、不思議スポットという名で歴史ものや科学的な理由づけがなされているものを交えより広範に扱うものも多くなった。市場のニッチ化を防ぐとともにオカルト叩き対策でもあったのだろう。私はとても好きだった。わりとオカルトブームのルーツ的位置にいる中岡俊哉氏もネタや事件モノの中に歴史や文学系の話題を入れ込んでいて、雑多さが味になっていた。講談系の人だから当たり前だが。

後者は一見胡散臭さが薄そうに見える。しかし詰めが甘いものも多かった。

そこで先入観を培われた人が作り手に回ったとき、奇妙な誤解やいわゆる都市伝説を生んでしまうことがある。

鎌倉はヲカ的になかなか面白いところだ。歴史もある。

宗教的にも非常に重要な土地である。宗教の交差点というか、坩堝みたいなところもある。外に開かれた海の町だったこともあるだろう。

で、個人的に鎌倉の心霊スポットのどこを語るかで、

その自称霊感作家さんを測ってしまう。


小坪トンネルは鎌倉有数の名所、である。

その上にある、いやあったまんだら堂跡地の園地を怖がる人。。。

私はそういう人に、高時腹切りやぐらをも最恐と語る人が多いことにちょっと面白みを感じる。

山中までよくよく歩いて調べれていればわかることだが、どっちも鎌倉の中で、相対的にはそんなに怖くないからだ。

しょうじき、心霊スポット番組がそれらを執拗に取り上げたこと、そして、京都の鞍馬の奥の院なんかもそうだけれども、新しい系の宗教者や思想家が絡んだところに先入観が生じている。

高時やぐらはちと違うがこちらは歴史的背景とされるものが有名過ぎるからだろう。いや、中世後期既に綺麗に片付けられていたか、はなから供養墓でしかなかった可能性があり、墓骨は別の場所に出土したものだと、もう40年くらい前に示唆されている。あそこが怖いなんてわりと最近に出た話だ。

釈迦堂切通しが怖いのは道理だ。だってあの近くの失われたやぐらにこそ北条高時らの死体が運び込まれ大量に焼かれ埋められたというのだから。というか、あの場所が崖と墓石の見た目以上に怖いのは他にも何かあると思う。日月やぐら周辺は百八やぐらや籾塔、太刀洗から奥あたりと同じかんじがする。

葛原が丘だったか、化粧坂もからめて怖い。頼朝像周辺を心霊スポットとした番組を見た時はしかり、とおもったものだ。

和田塚の異様さも何故か取り上げない。背景を知らないで行ったとき、物凄く怖かった。意味もわからず。

文学的な歴史趣味もいいけれど、歴史考古学ぽい見地があれば、すぐにわかることだった。近年大量に骨の出たところなのだ。お屋敷関係の人はけっこう知っている話らしい。七里ヶ浜だってそうといえばそうなのだが、、、長田幹彦の回顧録に和田塚で出た骨にまつわる奇怪な話があった。日本における正統心霊主義の一つの終焉を示したようにも見えるこの人は、嘘もあるだろうが、鎌倉の心霊スポットへは敏感な反応をしめしていたとおもう。



まだ他にもある。とにかく、トンネルと焼き場があるだけで心霊スポット呼ばわりして怖がる脆弱な時代性に、

うーん。。


とはいえ小坪も石碑のあるあたりや電車のトンネルのあたりはちょっと来るし、まんだら堂じゃなくて切り通しのほうは、かなり壊滅しているけど、ちょっと重かったな。


ねえ。。着地点を忘れたのでおしまい。

やっぱり無線キーボードでも携帯は携帯だなあ。PCのほうが早いし回りくどくないっす。一時間かける文章じゃないわ。しっぱい。
by r_o_k | 2008-12-15 01:02 | 不思議 | Comments(0)

by ryookabayashi