紅葉ツイッター2016~



アルバム:




# by r_o_k | 2016-12-07 16:51 | 旅行 | Comments(0)

201611文化の日:東村山正福寺千躰地蔵堂・北鎌倉円覚寺舎利殿・洪鐘(国宝)※おまけ:鎌倉 晴明石、朝比奈切通の紅葉


20161103東村山国宝「正福寺千躰地蔵堂」開帳 #flickr 20161104鎌倉国宝「円覚寺舎利殿」等開帳・光照寺 #flickr ※この大磨崖仏(?)は1999年くらいに本で読んでフィルムカメラにおさめてきたものですが、正確な位置を忘れてしまいました。周囲はすっかり崖が整地され建物が密集しています。


# by r_o_k | 2016-12-07 16:31 | 旅行 | Comments(0)

20160902-6沖縄:渡名喜島久米島ガンガラーの谷(全)



二日目

~渡名喜島~

※石敢當に転用された変形のものが十年前くらいにはまだあったらしい、現状不明

※「神の岩」はトゲトゲのではなく一番港側の大きな丸い島らしい。昔は大木が立っていたとか。

~久米島

~那覇
※ガンガラーの谷 鍾乳洞(男)


行程表・メモ:
※久米島も渡名喜島もそうだが普通に民宿スタイルの離島と考えたほうが良い、観光化されてないほとんどの場所の過疎化、昔ながらのスーパーなど健在だが、歯磨きとタオルとブラシ、手持ち金の余裕と小銭必携。あとズボンは予備必要!那覇はレベルの違う都会
9/2(金) 
京急羽田行き
13:28着
(昼食)
羽田空港第1旅客ターミナル2階出発ロビー
JAL919 14:55羽田-17:30那覇
北16搭乗口
(タッチアンドゴー)
すこし遅れ、ギリ間に合う
飛行機は空いてたがモノレール混んでる
18:06那覇空港発 ゆいレール
18:18県庁前 着 東口
国際通り(晩飯)タコライス
歩き30分
1925 着
※大ペットボトル、翌日昼食買った
スマイルホテル沖縄那覇(旧ホテルオランジュール沖縄)泊港横
沖縄県那覇市前島3丁目24番1号
098-866-8100
ムラナカ電話済、朝便で着いたら先にチェックイン、荷物置きとレンタサイクル←昼に確認した(一日間違えられてた!(泣))
*********************
9/3(土) 
朝食無料
7:10朝食
7:50発
7:55泊港 着
http://kumeline.com/route/
30分前 2700円
8:30那覇(泊)→渡名喜島→久米島 1便  『フェリー琉球』か『ニューくめしま』渡名喜港10:45着
http://www.ritou.com/ritou/tonaki.shtml
レンタサイクル(歩きでも2、3時間)宿で無料(ちゃんとした自転車)
あがり浜の主人さんに何故かアンジェーラ浜の海亀の群れを見に連れてってもらう(近くちゃんと見えたのは一匹でかいやつだけ、数は70とか!上げ潮で沖に逃げてしまったそう、堤防に登ると鮫だと思って逃げるらしい)あがり浜に頼むと色々連れてってくれそう
高低差と暑さきつい、ドリンク絶対必要
天気、
景色狙いで山(南東回り、普通は南西周りらしい。。←正解。西からの上り坂とんでもない)、海装備は持たない←正解、この島はシュノーケリング内容的に不可(ダイビングは慶良間から来る模様)
バテた、離島ターミナルで大量のジュース
ターミナルで一日四回15分wifiつなげるので少しFlickrアップ(最初のつながりは悪い)
余り時間で市街地
あがり浜で軽く海水浴
夕日を港←少し遅かった
民宿ムラナカ(6000円×2泊)※コインクーラー!100円4時間
夕食良かった!ひとりだけど(翌晩はたくさんいたがマグロ刺し同じだった、アラ汁は染みた)
098-989-2626
フットライト観覧
※ふくぎ屋でツアーがあるがハブとヤシガニとか。。
**********************
9/4(日)
朝日、アラハーまで(ウミガメいない、海朝荒れ)
アラハーは草に隠れてたがシュンザ出口すぐ、ベンチの前
神様の降りる森はやはり外れのおうちの森じゃないかと しかし察するになくなったのでは?(家の境のフクギ以外見当たらない)博物館も跡形もない
シュガー浜、墓
北の展望台往復(遠い方)
もいちどアンジェーラ行くが海亀いない
里遺跡、展望台往復(里ウドゥン(左の赤瓦がもう一つのウドゥン)案外ある)
草の種で閉口、12時戻りシャワー浴びてターミナル昼食
休憩
やはり東浜以外遊泳できない(しても意味ないが海水浴程度なら可能)
ヤシガニ、ハブは山で夜
ヤシガニは汚いものを食べるので島の人は食わない
本島の人に採られて減った
カバーできなかった市街エリア
呼子浜にて神の岩解明
少し水浴、砂を巻き上げてるのと岩多くてすぐあがる
休む
民宿ムラナカ泊
**********************
9/5(月)
朝は晴れてたが悪化、雨
8時半チェックアウト、食堂にはいていい
異常な晴れ
神様の森の残骸発見
1030発 渡名喜島→久米島(1月1日~12月31日)1便
30分前 1140円→1045着1110頃発になった
『フェリー琉球』1150着→1225
http://www.ritou.com/ritou/kume.shtml
http://www.shimanavi.com/kumejima/
http://www.kanko-kumejima.com/
1228着
ホテル ガーデンヒルズ <久米島>(兼城港内)
098-985-2117
※チェックイン可(少なくとも荷物預け)。はての浜ツアーは午後少ないので、一応相談するが翌日午前だけ(2便2時に間に合う)のツアーを予約。自転車あり予約不可

1230ガーデンヒルズ前でツアー1時発送迎ギリ拾ってもらった
http://www.kanko-kumejima.com/type/boat
(引用)奥武島(オウジマ)へと渡る橋の近くに、はての浜行きのボートの出る泊フィッシャリーナがある 。イーフからはそんなに離れていないが、はての浜ツアーを組んでいる業者はすべて、ホテル・民宿への送迎を行っているので心配ない。 はての浜までの船はだいたい15〜20分程度。グラスボートなら途中珊瑚礁やウミガメ、熱帯魚のたくさんいるスポットなどを見せてくれる。(引用終わり)
3500円
シュノーケリング一本(一番手前のはての浜うらの根ふたつ)1時間2000円プラス 白化ひどい おすすめしてなかった
はての浜(ナカノ浜、トイレなどあるのはここだけ、奥のハテノ浜はツアー業者ひとつしかやってない)45分(一周は写真撮りながらだときつい)
グラスボート(さっきのところ含む)帰りながら
海亀こども二匹
帰着0330で送迎
シャワーなし、道具も言わないと出さない(泣)
はての浜(半日で十分、但し午後だけの業者は少ない)
http://www.ritou.com/ritou/hatenohama.shtml
http://www.ritou.com/ritou/hatenohama-ecotour.html
ホテル ガーデンヒルズ <久米島>
古いが(元久米島観光ホテル)親切

【朝食付】スタンダードプラン【楽天x久米島特集記念】
決済済み
098-985-2117
港あたり散歩して居酒屋と称する高い観光客めあての個人定食屋で夕食 ゴーヤーチャンプルーうまい
**********************
9/6(火) 
朝食付き(人手不足だが非常にちゃんとしてる)
0757空港線バス ホテル前発
熱帯低気圧のため豪雨、フェリー全便欠航、山登る感じではないので、切り上げて飛行機でJTA872便那覇行き(一万円高くついた)
0835発0910着予定の便をギリギリでキャンセル席(朝の時点で予約すべきだった)、先頭の後ろ向き席!0205便以外は小さなプロペラ機
普通に飛ぶ
那覇はくもり→豪雨、台風化
1010モノレール発
1025旭橋下車
那覇バスターミナル
上泉停留所(ターミナルは大規模工事中!バス停分散しているので注意、ノッチ岩はこじんまりと残されている)
 83玉泉洞行バス
1202発
1255玉泉洞前着
1310ガンガラーの谷ツアー受付
1320-1440
天候酷くてつらかった
ツアーは3時以降打ち切りとのこと
怖いので早いバスで戻る
玉泉洞前発83バス
1515-1614那覇バスターミナル
旭橋
モノレール
那覇空港
1630すでに羽田便欠航(カウンター大混雑で相談できる状況ではない)
待つ
(夕食)
あっさりほぼ定刻通り、羽田便欠航は午後四時の一便だけらしい
無茶空いてる、予約満席だったので団体が早い便に振替えたか?キャンセル待ちが流れ込む
JAL998便
(タッチアンドゴー)
1945那覇-2205羽田
2230羽田着
2301京急久里浜行
横浜

# by r_o_k | 2016-12-07 15:45 | 旅行 | Comments(0)

岡林リョウ・ナビ

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こんにちは。岡林リョウともうします。


flickr;2016年現在、ツイッターを除き唯一更新し続けている場所です。説明文がほとんどないのはごめんなさい。このブログに説明記事を載せようと思って10年近く、もう断念ですほぼ。


☆☆日本ミステリー紀行☆☆


江戸怪異;江戸ミステリー散歩記です。2008年以降は下記ページに統合。


ほんやら旅怪異;日本ミステリー紀行的なものです。


☆☆クラシック音楽☆☆


20世紀ウラ・クラシック!<最新版>;クラシック音楽の音盤評サイトです。データ検索用まとめはこちら>FC2版


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☆☆過去のもの☆☆

幻想日記OKA-COMPLEX! neo/Ver.1;かつての私のメインサイト(暫定再開)

奇談つれづれ;幻想日記のサブドメインで奇談怪談ふしぎ話などをまとめてました。<諸般の事情につき閉鎖中>

奇談怪談ニュース;いわゆるそういう不思議系の話題は当ブログでゆるく継続。

怪奇漫画落之書;奇談系の「ストーリー付きらくがき」。当ブログでときどき。

☆☆怪物図録☆☆

怪物図録;古今東西の怪しいものをいーかげんならくがきでまとめてました。ネット以前のものも含むうちの最も古いコンテンツの片割れです(もうひとつは奇談つれづれ内「百鬼夜話」)。イメージ検索でやたら当たってきます。すいません・・・

怪物図録(最新);このブログでつづきを書いています。

☆☆その他☆☆

ゆるくいきる;ガジェット評やDVD評など、あるいは日常のことを「つぶやき」以上に書きたいときに書きます。ランダム更新です。もともとこちらのブログでも日常のことを書いてましたが、不思議系とギャップがひどいので分けることにしました。はてなはamazon等貼るのが楽なので。。

etc;幻想日記のサブドメインで他もろもろのことを載せていました。

らくがき;エキブロは画像ストレージとしてすぐれていますので、そういうことに使ってます。

CALMANDO(連続四コマ);そもそもこれを実験してみるために作ったブログだったんですが・・・

ニュース・オクタビアヌス!;2004年より書いていたニュースピックブログ。更新停止中。

ゴタク;ニュースピックブログの残滓はこちらに書いてました。あとほんと日常のもろもろ。(2011/6以降ははてなのほうへ)

アメブロ;流行に乗ってみました。まったく更新してません。


その他もろもろはそれぞれのページのリンク、カテゴリからよろしければどうぞ!

# by r_o_k | 2016-12-06 12:51 | ご紹介 | Comments(0)

葛飾北斎の両墓制的な祀られ方・・・(追記アリ)

葛飾北斎の謎の両墓制的な葬られ方。。浅草あたりに妙見信仰が分布していたとされ、その名に妙見信仰(北辰、北極星)が反映されていたこともあり、ゆえ縁で日蓮宗徒となったと思われる北斎(池上本門寺まで通っていたともいう)。。妙見は武家の信仰が篤い。。実父川村佛清はやはり武家だったのだろうが、元祖仏清などという名前を何故つけられたか。。

アルバムはこちら

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誓教寺(仏清墓)

元祖佛清墓 由来不明、飯島虚心「葛飾北斎伝」等より北斎の実父(川村市良衛門)の墓石との説が強い。
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享和年間の銘文ある比較的大なる自然石(硬い青海石)で、様式的にも一般的なものとは思えず、称より宗教家、もしくは特定の職業の家(寺町特有の石屋、もしくは仏師など)のものの可能性が高いと思われる。

川村家の菩提寺である誓教寺には北斎が参拝に訪れていた(北斎自身は日蓮宗に帰依していたので別寺(柳島妙見堂、現・法性寺内)にも寄ったが、そこから誓教寺を浄土宗ではなく日蓮宗とする偽説が流れた)という話が伝わる。北斎は後年養子に行った中島家を出て川村に戻ったという孫娘の証言があるが、その子は皆外へ出るなどしたため早々家は絶えた。
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<柳島妙見堂(法性寺)、押上の先。元浅草とは隅田川を挟んでかなり離れている>

北斎は貧乏であり、子ないし孫代で現在の墓石に別けられるまで、父の墓に(併せて?)土葬されていたとされる。市良衛門が別の子のために建てた墓石が現在の北斎墓石の脇にあった(現存しない)が、虚心はその墓の他に「技芸家か宗教家としての」吉良衛門こと「佛清」の墓石というもの~この石碑~を見出し、そこに最初に葬られたのだと推測した。寺僧もここに骨があると裏付け、また北斎から恩義ある者が、先ずここを拝んだという話を間接的に聞いたともいう。

北斎父は鏡師で、御用鏡師中島伊勢に養子にやったのもそのつながりという説もあるそうだが、百姓だったという説(北斎が養父中島姓を自称していた一方出自を自嘲的に語り号にもした話、生誕伝承地辺の古地図上に川村家が見え無いことからその説もあったようだが、寺の過去帳上は川村は名前をしっかり頂いた下級武士のように見え甚だ疑わしい)同様、根拠に乏しいように思われる。

なお、同寺は関東大震災により北斎のおさめた全ての画を焼失した(後に檀家よりおさめられ戦中は疎開して助かったものが現在残る)。その後区画整理で移転を余儀なくされる寺が多い中、それを拒んだことなどから大幅に寺域を減らされ、北斎墓も移動した。もとは現在胸像のおかれている本堂向かって左向こう側あたりにあった。

そのとき掘り起こした棺に副葬品は何もなく、立派な体躯の骨を当時の法律に従い火葬しなおして現在地に小さく収めたというが、

昭和七年五月二十三日に北斎百七十年建碑式が行われたとき、当時の住職が震災後の改葬について「仏清の碑」の下より翁の遺骨を掘り出した、と証言した記録がある。この墓石がはっきりしたことがわからないにもかかわらず境内草そう内に辛うじて残されたのはこういった経緯があってのことかと思われる。いわば両墓制のような形になっていたことになる(別の場所にあったとしたら)。

ただ、そうなるとそもそも明治初期「北斎墓」建立時には何も改葬されなかったことになり、不自然な点が残る。特殊な宗教上の理由でもあったのだろうか。幕末ごろ「までは」合葬されていた、という都の説明書きとも矛盾する。虚心は佛清墓に父親の遺骸自体無かったのではないかとしている。

川村家についてはこんな説も(仏清説にたち「川村清七」こと市良衛門の謎を想像している)。
klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/handle/10487/7360
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葛飾北斎墓(画狂老人卍)
南ソウ院奇誉北斎信士
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戒名は通名の北斎に南窓(ソウ=煙窓)、奇を付けた。現在「居士」となっている。
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葛飾北斎終焉の地、浅草寺子院の遍照院(最後の一年を境内の小長屋で過ごした。葛飾で一生を終えたいという願いはかなわなかった)。こちらには一切の伝承は残されておらず、当時の長屋の位置も、寺の広さもよくわからない。住所は変わらないため、ちょうど現在の本堂が昔の本堂裏であることから、まさにここと推測されている。南側に赤い門があり、卍のマークがあったそうである。卍翁に相応しい。山谷堀や聖天町に近く、誓教寺とは浅草寺を挟んで真逆にあり、お栄の先導する早桶の葬列も辿り着くのに小一時間はかかっただろう。
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北斎は両国は本所南割下水(道路の真ん中に下水が流れている)沿いの生まれ、現在の北斎通り沿いと思われるが(現菓子屋辺、2016年秋、向かいに建ったすみだ北斎美術館の手前公園に標識が立った)かつては北斎通りの入口右角(江戸東京博物館裏正面)に碑が立っていた。先向かいは最新の横綱之碑のある野見宿禰神社。北斎の本姓は生前藤原とされていたものの、生まれが川村なのは菩提寺過去帳(書き写し)、卍翁墓刻銘や晩年行動の通り。程なく近所の吉良邸跡の一部を拝領した代々鏡師中島伊勢の養子となったため、中島と書く本もある。北斎はそもそも実母が凶刃に斃れた吉良家臣の孫娘だと喧伝していた。現在は小社になっている。その真向かいが吉良邸跡史跡公園。
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# by r_o_k | 2016-11-22 15:00 | 旅行 | Comments(0)

十三塚考(追記追記アリ)

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稲村御所館跡出土瓦器(中世)


古くは柳田國男の論考から戦後編まれた書籍(三省堂)、比較的新しくは神奈川大学により全国の十三塚と「考えられる」資料集成全二巻が平凡社より出版されているが、「小さな塚が十三個並んでいる」という「気持ち悪さ」が初心者として民俗学的興味をそそる。出土遺物がほとんど無いことから無駄に想像力を掻き立てる。見た目の奇異さと出土品の乏しさという点、吉見の百穴に代表される古墳~奈良期の横穴墓のようだ。

だがこれは室町期恐らく「瞬間的に」全国に流行した、十三佛信仰にもとづく一つの信仰の形跡で、何らかの宗派の僧侶が広めたものであると思われる。一種の呪法を籠めた土盛りを十三佛に見立てているということである(十三塚より瓦器が出た例があるそうだが、現在江戸東京博物館で開催されている昨年度考古学成果展にて、墨書した瓦器を合わせて埋めたという呪法のものを見ることが出来る、ああいうものであったのか)。堀一郎の十三塚考では様々な可能性が示唆されているが、十三塚の多くは異なる伝承を持つにも関わらず形式が一律に整っていることから、一律の方法を伝えた者がいて、なおかつその築造理由が忘れ去られるほど瞬間的な流行だったのではないか、と感じる。

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<東村山、正福寺十三仏石仏。初七日~三十三回忌の十三回の法要を司る冥界の十王思想に基づく日本特有の信仰で、江戸時代以降さかんになりました。ここでは十二支の護りと兼ねています。中央にひときわ大きく薬師如来が据えられます。>

特定個人の供養のため毎年一つずつ建立される十三佛の方式を塚に応用したというのは納得がいく。モンゴルのオボ説までいくとやり過ぎで、かといって現存仏教の特定の宗派によるとも言い切れないのは、法華経の経塚伝承を持つものの存在などがある。

念仏塚、行人塚、経塚と呼ばれるものが近くに別途設置されている例があり、どちらが先かはともかく、仏教系遺跡であることを暗示している。
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十三塚の典型としては中央に大きな親塚、両翼に小さな塚を六個ずつ、一直線に配置する。これは一部の十三石仏をおもわせる。ちなみに方形の石組を十三並べている例も関西にある。室町期の小型宝形印塔や板碑を伴う例もあるが、それらは特徴のないありふれたものであり、意味ある由緒が刻まれることもない。十三石佛のたぐいやそれにちなんだ石塔をともなうものはあるという。

他の中世以降の塚同様、壊滅させられたり移動させられたりして、現況上配置や配列がおかしくなっているものもあると思われる。十三塚と呼ばれるものの中にはもともと直線に並ばないものや十三を超える数のものもあるが、それらの一部は以上の概観に沿わない。名前に惑わされず別物と考えるべきかもしれない。千葉大医学部敷地内の七天王塚は北斗七星の配列に塚が並んでいるとされ(航空写真ではそこまでしっかりとした配列には見えない)、北辰信仰との結びつきから平将門の影武者伝承を付加されたが、近年中央部に前方後円墳跡と遺物が見つかり、古墳時代のものを造り直し再利用したのか、古墳信仰からの展開なのか、重層的な様相が予想される。

そもそも地方に多く分布する小規模な古墳群、群集墳であったという説は実例を知らない。古墳時代のものは一種「規格化」されているため、特徴的な構造や遺物を残すもので、墓の痕跡らしきものがいずれの墳丘にも一切無いというのは考えにくい。但し整備されたものを見ると、外見上はかなり似る。小型の円墳が尾根上に配列されるというシチュエーションは確かに似た印象を与える。もっとも、古墳はこのように小さな支群であっても個々にあるていどの大きさがあるものだ。
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多摩川台古墳群
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そう、十三塚は丘陵の馬の背上など、人気のない村境(山林等の共同管理地、しばしば忌み地)に並ぶことが多い。区界を示すものという説はそこからの後付けの性格だろう。もともと十王思想からきている、死と結びついた十三佛信仰自体の性格からも、そういう場所に置かれたのだろう。村の縁に墓地が置かれることにも似通ったものを感じる。

「流行」がおさまって、忘れ去られて後、古戦場などといった土地の伝承と結び付けられ、大量の死者を埋めた跡である、ということになった場合が多いのではないか。

村境=道路という所もある。道沿いに十三塚が設けられる。行き倒れの半ば風葬地のようになっていた場所もあったろう、色々な原因からいつのまにか畏れられ民間信仰の対象とされ銭をそなえられたりという状況は、出土遺物の少なさとあいまって、さらに色々な想像を掻き立てられ、埋蔵金話や妖怪退治伝説など、はたまた地元とは何の関係もない平将門などといった怨霊伝説と結び付けられたり、、、さてさて文明開化ののち日本考古学の幕が開けて、華々しい成果が期待できないことから学術的研究の対象とされづらく、存在自体忌まれがちなことからも自然に壊滅させられていったのだった。
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平安時代から中世の話として、自死した姫の後をおつきの女性たちが次々と追うという伝承のパターンがあるが、江戸名所図会など読んでいてもそういったパターンゆかりの名所が出てくる。今も残るものとして、東京都世田谷区、中世の鷺草伝説(実際は江戸時代のローカルな小説で知れ渡った)に基づく常盤塚がある。吉良殿の子を身籠った常盤姫を妬んで、結果死に追いやった十二人の側室の処刑された塚なるものを伴っていた。配置は比較的広範の中にバラバラであったという(但し近所の幹線(村境)沿いに別途きちんと配列されていた、いわゆる十三塚と、常磐伝承の塚が混ざっている可能性がある)。
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こういったものに祟り話はつきものだ。転じて信仰の対象となってもいた。常盤塚は辛うじて現存するが他は壊滅している。常磐はほど近くの駒留八幡神社(若宮八幡=身籠っていた胎児を祀るようになった)境内に弁財天として祀られた。その脇に、まさに民間信仰の対象となっていた用水路の小橋「常盤橋」の石の欄干が残されている。橋のはたに江戸名所図会にも記された「もうひとつの常盤塚」があったが、不動明王像をいただいたこちらもまた子を祀ったものとされていた。

同じ境内に集められた祠の中に女塚社というものがあり、それ自体は新しく一切の伝承の痕跡はないが、その名からどちらかの塚のものであった可能性がある。
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常盤塚近辺の塚から瓦器を合わせたものに女性の櫛のようなものが入ったものが出たと聞いた。女性の髪をそのような形で使うという点、伝説を裏付けるというよりは、伝説を生み出した元となるもので、典型的な呪法がなされた証拠のように感じる。
https://flic.kr/s/aHskBGYEd1

常盤塚はかなり変則的な配置図を残しているが、もっと明確に十三塚の様相を伝えるものとして、東京都下では神奈川県との境目に平尾十三塚というものが唯一現存している「とされている」。しかし、ここは江戸時代に既に伝承を失い、土地争いのさい区界として利用されたとの記録が唯一のものである。もっとも区界と決める以前にここは完全に尾根筋で、もともと区界となるべきシチュエーションにあり、江戸時代わざわざ測量を行って小さな塚の並びで決めるような場所ではないような気もする(ちなみに鎌倉僧が地下に潜り入滅したという入定塚が僅かに折れて離れた同じ尾根筋に現存し、こちらは入場窟と思われる石組が出ている。こういう入場窟は中世から近代まで全国に多くあり、その末尾の僅かな修験者のご遺骸が現在信仰の対象のミイラとして認知されている)。多摩ニュータウンを端緒とする大規模宅地開発によって田畑から山林から丸坊主にされ改造されていく中、ここは一度すべて草木を取り払い空中撮影にて、まさに親塚を伴う立派な十三塚の姿が残されている。

だが区界どころか「県境」が十三塚の「正中線」に置かれた(これは厳密にはどうなのかわからないが資料上そうなっている)点が問題で、所有者の問題もあったのか、現在見ることのできる東京都側は、フェンスに覆われた完全にまったいらな斜面地の芝生である。資料によってはしっかり東京都側壊滅とある。上方にもう一つフェンスがあり、そのすぐ向こうが尾根となっており、残存しているとされる神奈川県側となるが、野放図な竹林となってしまっている。十三塚のような小規模な塚(子塚は高さ30センチとかそういう小規模なものが多い)だと、ここまで枯葉に覆われ、地表面も竹笹に覆われズタズタにされてしまうと、残っていたとしても親塚の痕跡と、現在道路で寸断されている崖面の僅かな変化くらいのものだろう。いずれ、ここは東京近郊の十三塚としては実に残念な結果になってしまっている。
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https://www.flickr.com/photos/38136682@N02/albums/72157665981812204

平尾近辺についてはこちらが詳しい。>
http://www.inagi.info/hirao.html

それでは東京近郊で十三塚を見たい、しっかりした典型例を、となると千葉県柏市に向かうべきだろう。個人所有だそうだが(元は集落共同管理の忌み地のような場所であった模様)史跡指定を受けている。近年各塚上及び周囲に生えていた木々が刈られその怪しげな雰囲気や、塚一つ一つの存在感が損なわれたきらいがあるが、平尾とほぼ同規模か、少し小さい十三塚を一覧にすることができる。藤ヶ谷十三塚である。親塚を中心に、両翼に六ずつ、端になるとかなり小さくなるが計十二の塚が配置され、それが一直線に見渡せる。なかなかの奇観である。周囲は山林のままで、一見平らな土地で起伏が無いが、近くを幹線が通り、位置的に区界であることは感じ取ることはできる。個人宅地内であること、山林内であることから実見はしなかったが、平尾同様、念仏塚という親塚と同規模の塚が30メートルほど離れた場所に置かれているとのことである。これを見ると確かに何かの呪法は行われただろうし、それが最初にのべたたぐいのものであったという想像も無理無いものに思える。まあ、そのての呪法は密教系だとすると、念仏塚の「念仏」との関係はわからないが。。
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https://www.flickr.com/photos/38136682@N02/albums/72157666114314943

十三という数にこだわらず、もう少し中世の祭祀遺構としてしっかりとした墳丘群を実見したいなら、再び多摩の話になるが川崎は長尾の五所塚をあげておく。きわめて見晴らしの良い丘陵の尾根筋に、くっきりとした大きな墳丘が五つ並んでいる。整備が繰り返され、雰囲気のよい公園だが、かつては平将門と戦って死んだ御所方の塚とされ踏み入ると祟りがあると言われた。ここはあまりに居住に良い場所だからだろう、上古からの遺跡が見つかっており、奥には長尾神社が並び、長らく生活と信仰の場であったと思われる。ただ、遺跡が出る前は単なる忌み地としてやはり十三塚的な扱いをされていたらしい(塚からは何も出土していない)。
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https://flic.kr/s/aHskvUeVCj

とうとつに終わる。

# by r_o_k | 2016-11-15 12:06 | 旅行 | Comments(0)

test

20161023押上(スカイツリー、法性寺柳島妙見堂(北斎縁))

# by r_o_k | 2016-10-28 09:42 | Comments(0)

圓通寺(三ノ輪)と彰義隊士の墓、小塚原の由来

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アルバムはこちら

円通寺
荒川区南千住1-59-11

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下谷の三寺のひとつで百観音堂で有名だったが倒壊。むしろ彰義隊の墓で知られる。上野戦争後、当寺の住職らが手をつけることの禁じられた彰義隊士の遺骸を敢えて集め荼毘に付し、官軍と揉めた末に公式に許しを得ることが出来ここに葬ったもの(都旧跡)。ちなみに上野の方の墓は火葬場跡で、元彰義隊士の一族の守ってきた供養墓である(区有形)。火葬に力を貸した寛永寺御用商人三河屋幸三郎が向島別宅に密かに建てていた「死節之墓」もここに移築されている(右横の「彰義隊之墓」五輪塔とともに区史跡)。明治中期には旧賊軍の唯一法要可能な寺院として信仰を集め、弾痕だらけの旧寛永寺黒門が移築され、それに護られるように多くの供養墓や石碑が建てられ、威容を放つ一角をなしている。供養された戦死者は266名という。一部大石碑の銘文を見ればわかる通り、榎本武揚と関係深い(居宅も近かった)。彰義隊士と共に葬られることを望んだ旧幕臣の墓もある。回向院(南千住)と同じ形の「よしのぶ地蔵」もある(ここが遺体発見現場)。

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遠く坂上田村麻呂開祖の伝承があり、源義家が奥州に向かう途中ここで吉兆を得、戦後に凱旋し討ち取った四十八の首を埋めたという四十八塚(首塚)が現存する。半面を柵越しに見ることができる(地蔵群裏の丸石群が首塚とのこと、中央上段やや右の傾いた赤石に「賊首之?」及び源義家の陰刻があるが後世のものだろう)。もとこのあたりは辺20キロ以上の広大な荒れ地であり、観音堂由来で観音原と呼ばれていたが、これより一帯を小塚原とも呼ぶようになった※。塚廻りにはもともと境内に散在していたであろう数々の丸石や石碑石仏が積まれ、永仁年間の青石板碑が四基、区文化財に指定されている。頂部に享保七年銘の石造七重塔があり由来が記されるが、立ち入り禁止(原文読み下しが公式サイトに掲載されている)。その裏に徳川家光縁の「鷹見の松」が生えている。少し樹勢が悪い。新編武蔵風土記稿によると江戸中期開山となっている。

柵内は声をかければ入れてもらえるとのこと。

上野の彰義隊士の墓>
上野彰義隊の墓由緒書DSC_0517
彰義隊の墓(上野・荼毘に付した場所、生き残りの一族により近年までこのように管理されていたが現在都公園化)Office Lens 20160921-230201
彰義隊の墓(上野・荼毘に付した場所、生き残りの一族により近年までこのように管理されていたが現在都公園化)Office Lens 20160921-230135
(現在)
P9210135

上野戦争遺跡 彰義隊の墓 DSC_0521


※小塚原(小塚ッ原)の名の由来については以下の説もある。こちらの方が有力とされる。

東京都荒川区南千住5~6丁目一帯の古名。江戸時代,現在の回向院付近に浅草刑場があり,幕末まで20万人が刑死したと伝える。飛鳥(あすか)明神(現素盞雄(すさのお)神社)がある。
(中略)
東京都荒川区南東部、南千住(みなみせんじゅ)にあった地名。この地の鎮守の飛鳥(あすか)明神社境内に瑞光(ずいこう)を発した石を埋めた塚があり、これを小塚といい、それが地名の由来で、小岩原、古塚原とも記した。(引用終わり)

kotobank.jp/word/%E5%B0%8F%E5%A1%9A%E5%8E%9F-65219

江戸名所図会に飛鳥明神社(飛鳥社小塚原天王社)が掲載され、現在の素盞雄神社(飛鳥明神も祀られている)とされる。瑞光石の塚の逸話が書かれ、小塚原の起源とある。これは現存し富士塚に転用された。千住大橋手前のこの社の箇所より通称コツ通りが南東に別れ僅か600メートルで小塚原刑場に至る(道の拡幅等はあったものの)。コツを骨とするのは後年の俗説として、「牛頭(ごず)が原」だったのではないかという説もある。「牛頭天王社」からきていると。江戸名所図会ではイコール素盞雄神社とされる。ただ、牛頭天王社については円通寺の由来石塔にも「牛頭稲荷」を造って鎮護と為す、との記述がある(江戸名所図会に円通寺や首塚が載っていないのは不思議だ)。ネットでは日枝神社という説も見られたが、歯痛社のこととすれば実地を見る限りとても広大な野原の名の起源とは言い難い小社であり、時代も新しい。
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素盞雄神社富士塚(瑞光石)
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日枝神社(本殿):周囲が完全に再開発入ってしまった、元参道と思われる先に小社があり歯痛社という(昔記事に書きましたね)
スサノオ神社などのアルバムはこちら

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小塚原刑場近辺:延命寺(回向院と常磐線で分断)首切地蔵より元の位置方面をのぞむ(写真のJR貨物線・日比谷線鉄路下にあったが、各々工事時にも大量の骨が掘り出されている)
# by r_o_k | 2016-08-19 16:34 | 旅行 | Comments(0)

20160131水木しげるサンお別れの会

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20160131水木しげるサンお別れの会
# by r_o_k | 2016-01-31 14:00 | 写真 | Comments(0)

ブログ

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すいません、ここツイッターまとめブログみたいになってたのですが、とても面倒くさいので、いまだに読んでいただけているかたはツイログ見てください。右欄にはツイッターがもろ表示されてますのでこちらで生存確認をしていただけるとうれしいです。コメント欄開放しました、いまさら。



私のいろいろなところについてはこちらをご覧ください。。



ちなみにこのブログについてはこちらをご覧くださっても。

# by r_o_k | 2016-01-22 12:45 | ゴタク | Comments(0)

※ト・リ・セ・ツ 〜このブログについて

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はじめましてのかたはじめまして。岡林リョウと申す者です。音楽系のところからきたかたはお久しぶりです、「おか」です。

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ここはかつてニュース系・オカルト系・雑談bbs・映画&アート&漫画系サイトなどで扱ってきたバラバラの話題について、一箇所にまとめてしまおう(ようはさばき分けるのがめんどくさいので)と意図して作ったブログです。

従って現在はわたくしのメインブログとなっております。

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外薗昌也先生赤い日記


# by r_o_k | 2016-01-21 12:58 | ご紹介 | Comments(0)

2014年4月27日までのつぶやき

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4/9
「 イタリア語で「停止」という意味。音符や休符に付けて、長さを延ばして演奏することを指示する音楽記号は何でしょうか?」→フェルマータ。なぜかこの文章でうちのサイトを検索してくる人がいて、そもそもなぜ検索されるのかもよくわからん。
posted at 17:07:43
いつも頭がボーッとしてくると背後に人の気配を感じる会議室がある。。前は黒い影が走り抜けていたが今日は白と黒のマダラのものがすぐそばにうずくまっていた。。温もりまで感じた。。
posted at 20:56:14
食屍鬼ジャパン
posted at 22:53:33
4/11
「夢見村にて」読了。夢見村の方は少し錯綜していて読みづらいところもあったが、悪魚の方は妖怪ハンターのテイストで楽しめた。
posted at 20:35:53
4/13
佐野実、周富徳死去って。。
posted at 18:41:44
4/25
ツイッターやらなければやらないですむ。うーん。
posted at 13:14:00

 
# by r_o_k | 2014-05-01 15:13 | 純粋日記 | Comments(0)

2014年4月6日までのつぶやき

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3/18
暑い。
posted at 18:57:28
「怪談少年」読了。うーーーーん。過去作品のパロディとか今に始まったことじゃないけど、スラップスティックで終わってしまったのは勿体無い。絵はペン画が多くて読みやすかった。
posted at 21:59:51
3/19
鯛靴
posted at 19:47:22
ビッグフットなう
posted at 20:30:07
ビッグフットと異星人はアメリカの病。。
posted at 20:35:50
嗚呼鯛靴
posted at 20:51:04
72年クライバーンコンドラシンのラフマニノフ2番。仰々し過ぎて早々に聴くのやめたが、60年代の録音もあるのね。。クラシックに飽き飽きしてきたので何か聴きたい別のもの。
posted at 23:00:50
Stingのラストシップ、2枚買ったのに一度も聴いてない。なんかもう暗くて。。
posted at 23:01:40
3/20
給料入ったのでスーツ2着買って浪費感に打ちのめされる。しかしあと革靴買わなければ。。消費増税ガッデム
posted at 18:06:21
眠くてしようがないねえ。。
posted at 21:59:31
3/21
布団を干していたら雲行きが怪しくなり取り込んでから買い物へ出かけるが街はうるさくてウンザリして帰宅してミヤネ屋でも見るか。
posted at 14:20:58
3/22
いいともの後番組がバイキングなのにバイきんぐが起用されてない哀しみ
posted at 22:21:15
 
愛車遍歴、再放送や総集編多すぎだー
posted at 22:51:32
3/23
物理乱数発生器とソフトウェア乱数発生機の性質の違いがいまいちわからん。。ソフトウェアによるものは擬似乱数を発生させるだけなのか?
posted at 00:11:57
3/24
Google先生の履歴が表示される・・・実験者効果、Xファイル 911、擬似乱数生成器、タイノエ、松尾伴内・・・松尾伴内って何で調べたんだろ?
posted at 22:40:19
3/25
五色の舟(漫画版)読了。うわー。難しい題材。原作どうなってるんだろう。ラストびっくりした。
posted at 21:21:19
文字だけでなくビジュアルで見せられると見世物モノはぎょっとする迫力がある。残酷さが奇妙に灰汁抜きされた幻想譚で、綺麗な顔で描かれているからそう感じたのかもしれないが、いっそう為していることの異様さが引き立つ。前半で掴まれ過ぎて後半の魔展開についていけなかったふしもある。五色の舟漫
posted at 21:49:49
変態見世物史という本が山の中腹あたりに埋もれているが、昭和初期の本だからまさにこの時代のものなんだな。
posted at 21:51:46
レンドルシャム事件なつかしい。
posted at 21:32:13
3/26
全身ぼーっとして腹下してる。こういう風邪なのかもらしい。
posted at 10:12:41
オレグ・カガン、アクトオブキリング デビ、ブルームーン 今日の検索履歴は比較的まともだなGoogle先生
posted at 20:49:21
3/27
トリハダスクープなんたらという番組、昨日他の番組でやってた9.11偽生還者の話をまたやってる。さすがに連日同じネタって。。
posted at 19:54:36
3/28
年度末ヒー
posted at 19:45:54
3/29
オールスター感謝祭はおもしろいな。
posted at 22:37:15
五分咲き東京。 http://fb.me/6vGj1Wr5j
posted at 22:58:36
3/30
一転して雨模様。。
posted at 10:19:22
さっきまで快晴だったのに雷雨 目まぐるしく変わる天気
posted at 20:18:49
大食い見てたら日曜が終わってしまった
posted at 22:35:24
3/31
明日から「笑ってる場合ですよ」かー。。
posted at 20:08:33
4/1
虚ろ舟の女とかけっこうマニアックな。 RT Japan Cryptid & Humanoid Legends - A FOREIGN WOMAN IN THE HOLLOW ... http://ow.ly/vg6jW
posted at 09:55:16
 
# by r_o_k | 2014-04-07 15:31 | 純粋日記 | Comments(0)

2014年3月17日までのつぶやき

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3/4
アメリカからの荷物がやっと届いた。はらはらさせやがって。
posted at 11:05:06
3/7
げ、雪
posted at 14:36:23
3/8
ディスコグラフィーなんてうっかり見たらまた買ってしまう。。ディスコグラフィーは危険物だ。。
posted at 00:09:25
コンドラシンは秘蔵音源が多分すごいたくさんあるので、手を出すのはやめたほうがいい。。
posted at 00:15:03
飲み会帰りの風はつめたい。自分でも沈んでるのがわかる。このメンツも年取った。
posted at 21:34:26
爪が割れる。
posted at 22:10:25
3/11
ホリエモンにゴーストライター?それは別にいい気がする
posted at 07:51:09
あと一時間半くらいで黙祷。
posted at 13:21:40
3/13
暴風雨うるさいな
posted at 21:05:30
ひどいもんだねー パワースポット:聖地に怒り、柵設け「禁足」も - 毎日新聞 http://smar.ws/vEK7A #SmartNews
posted at 21:45:49
3/14
朗読劇「赤異本」観劇後、帰宅途中。写真に異変は無かった、というかカメラが動作せず困った。
posted at 22:57:43
3/15
食べ物紹介ばかりの回はつまらない。途中下車の旅
posted at 10:27:43
舞台「赤異本」を池袋の寺の本堂に見に行った。闇の中での朗読劇。怪談の季節じゃないけど、音を効果的に使ったなかなか面白いものでした。 http://fb.me/6y8BTPtnb
posted at 11:34:05
3/16
腹が壊れがち
posted at 10:40:32
さいきん安いピザが流行ってるけど、やっぱりそれなりの値段がするピザの方が美味しいとおもうよ。。
posted at 10:45:19

 
# by r_o_k | 2014-03-18 17:02 | 純粋日記 | Comments(0)